#097 今日のまーくん
本日二話目の投稿になります。ご注意ください。
「――おはよーございまーす」
十時ギリギリにピロンとスマホをかざし、出勤時間を記録するのは明るいショートボブの愛嬌のある女性。
名前は高梨未里さん。
ちょっとおっちょこちょいな面もあるけど、サバサバしていて取っつきやすく、社内のムードメーカー的な存在の一人だ。
そして唯一同じ部署であり、私の教育担当でもある。
学年的には二つ下ということだけど、年上の私にもフランクに接してくれる。気を使わなくていいのでありがたい。
ミオにどことなく似ていると思っていたら、どうやら新入社員の頃にミオにお世話になったらしく、尊敬しているうちに似てきたらしい。
年も近く共通の知人もいて、なおかつ仕事も一緒で席も隣ということもあり、仲良くなるのに時間はかからなかった。
「ふぅ……、間に合った……」
「おはようございます。危なかったですね」
「週明けはきつい……。なんでコアは十時なんでしょう……。十時半にならないですかね……」
調子のいいところもミオに似ている。
きっとそうなったら十時半ギリギリに来て、また似たようなことを言い始めるだけだろう。前例がそうであるからして。
「アカリさん。”今日のまーくん”お願いします!」
「はいどうぞ」
「ありがとうございます! これを観ないと一日が始まらないんですよね……」
スマホを取り出し音量を絞り、席に着いたミサトさんに動画を見せる。
まだ始まって一週間だけど、出社していの一番、これが彼女の日課と言ってもいい。
”今日のまーくん”
名前の通り、朝八時前くらいに某局でやっているあれのまーくん版。
”今日の”と付いてはいるがもちろん撮影日は違う。そのあたりは大人の事情ということで。
苦手な野菜を顔をしかめながらも頑張ってちゃんと食べる姿や、お手伝いで洗濯物を畳む姿(もちろん畳むものは選んでから撮っている)、すーちゃんといちゃいちゃする姿。
自転車に乗って散歩に出かけて、一時停止線で止まって右見て左見て右見て、安全だとわかって発進しようとするけど不安になってもう一度首を振り始める姿。
ほっこりしたり癒されたり、思わず笑ってしまうような動画の数々から選りすぐりの一本を見せる。
彼女はミオとメールをやり取りする仲で、以前からまーくんの存在は知っていたらしい。
写真を見たがったので合わせて動画も見せてみたら、子どもらしからぬ雰囲気と行動に虜になってしまった。まーくんも罪づくりな男の子だね。
今回流れる動画ももちろん、相変わらずの寝ぼけ眼のまーくんの姿。何度見ても可愛らしい。いつまでも眺めていられる。
そのまーくんは床に姿勢よく座っており、目の前に広がるのは経済新聞。
一枚一枚眺めてはページをめくる。
間違えて二枚めくってしまったのなら、前のページにしっかり戻って右上から左下に目線を動かしていく。
ちなみにまーくんは撮られていることに気付いていない。
私が身支度をしている最中、テレビを見てるのかと思っていたらこうなっていた。こっそりと、しかし素早くバレないようにカメラを構えたのは言うまでもない。
そして動画は、まーくんに気付かれる前に終わる。
気付いた時の表情も見てみたいけど、警戒心が上がってもらっては困る。いやでも警戒してきょろきょろと落ち着きのないまーくんも見たい気が……
ちなみにこの後、新聞はきちんと元の場所に戻されていた。
「――ぷふっ……」
”今日のまーくん”を見終えたミサトさんは吹き出しそうになって口元を押さえる。ツボに入った模様。
「ちゃんと読んで……ふっ…………飛ばしたらちゃんと戻って…………ぷひッ…………四歳児ッ………………」
我慢しようと意識して、逆に酷いことになっている。
男性社員から笑われている。
仕事中に何やってんの、と言われそうだけど、そのあたりもこの会社は緩い。
メリハリを大切にしている社風で、きちんとやることやるのであればこれくらいは許されるようだ。逆に言えば、実力主義ということだけど。
「ふぅ……。ちなみに彼は書いてあること理解してるんですかね? 流石に漢字はまだ無理ですよね?」
「う~ん、どうかな……」
私が読んでいる姿を真似しているだけのようにも見えるけど、実際のところはわからない。
「……まーくんだし、読めてもおかしくないかな」
「ミオ先輩もですが、アカリさんの親バカ具合は常識が見えなくなっているんじゃないかと心配になります……」
「…………」
素直に答えてみたら心配されてしまった。
ならば明日はまーくんが英語で話す動画を見せることにしよう。
せっかく勉強しても使わないと身に付かないということで、最近は今日あったことを英語を使って教えてもらったりと、私生活の中で使う機会を作っている。
想像以上にまーくんの英会話能力が高くて、私も一緒に勉強しないと危なくなってきたのは余談。子どもの成長はびっくりするほど早い……
彼女もそれを見れば、子育てに常識なんて通用しないことを理解してもらえるだろう。明日が楽しみになってきた。
「よしっ! 今日もまーくんに負けないように頑張りましょう!!」
新たな日課を終え、気合を入れるミサトさん。
そんな彼女に私は預かっていたものを渡す。
「あ、これ社長から渡してくれってお願いされてたやつです」
「わー……」
書類の束を見て一気に萎えてしまう彼女。決済整理やらなんやらと、ここでも四月が忙しい時期なのは変わらない。
それでもミサトさんは仕事となればちゃんとやりきる。そのあたりはミオの教育の賜物なんだろう。
「先輩頑張って」
「……アカリさんに先輩って言われるのはなんだか小馬鹿にされてる気がします」
「そんなこと……ないよ」
「ミオ先輩もかなわないって言ってたし……」
私の方こそ、ミオにはかなわないんだけどね……
そんな感じで、新しい職場には面白い先輩もいて、なかなか楽しいです。
まーくんは今頃新しいクラスにいる頃かな……
楽しいクラスになるといいんだけど……、ミオの予想は結構当たるんだよね……
読んでいただきありがとうございます。
次回もミサトさんには出てもらう予定です…
話が作れればですが…




