#093 新しいクラス
「あぁーーーっ……!」
「おっしゃ! またかったー!」
「ジュンの二連勝だね……」
新しいクラスメイトが揃うまでの短い自由時間。
教室内で待つようにと指示があったため、マコトたち元ばら組の四人は指を使ってゲームをしていた。
正式な名前はわからない。
人差し指を正面に向かって立てた両手を見せて、「これやろ」と口を開けば意図が伝わり、いつの間にか始まる不思議なゲーム。
ルールはいたって単純だ。
最初はそれぞれ両手に人差し指を立てて”一”とする。
順番に他人の指にタッチして、タッチされた人は相手が立てていた指の本数だけ立てる指の数を増やす。”五”を超えた場合はその分だけ繰り越して指を立てる。
それらを繰り返していき、足してちょうど”五”になったらその手は使えなくなり、両手とも使えなくなると脱落する。
そして最後まで残っていた人が勝ち、というもの。
分身や移譲といったゲームをより複雑にするルールもあるが、皆でやるにはまだ難しいのでは?ということで取り入れてはいない。
ばら組でこのゲームが流行り始めたのは年明けから。
もともとはマコトが家庭内で遊んでいたのだが、それを知ったシホとユウマが一緒にやるようになり、あっという間に広まっていった。
子どもは興味を持てば覚えるのも早いもので、二週間もしないうちにばら組全員が遊べるようになって今に至る。
「ねぇねぇ、もういっかいやろっ!」
「つぎもおれがかつ!」
「……」
小躍りしているジュンに対し、ユウマとコタロウがリベンジさせろと準備万端。
シンプルゆえに飽きず、早々に決着がつくため、早くも八戦目だ。
ちなみに勝率はユウマとコタロウが同率で、今しがたジュンが勝ったことで彼女が一歩抜け出していた。
そして我らがマコトくんはというと――
(なす術がねぇ……)
手加減をする余裕もなく、全員から立て続けに数を増やされしまい、あっという間に片手を失う。
他の誰かを増やせば”五”にできる状況にもかかわらずそれを見逃し、なぜかマコトの数を増やしにかかる三人。
ただではやられまいと誰かの片手を道連れにしてみても、親の仇と言わんばかりに集中攻撃を食らい、やはり真っ先に脱落した。
(お前ら……)
一番になることよりも、マコトの手を使えなくさせることに喜びを感じる三人。
そこに悪意はない。
ただただ純粋なだけ。
これが人気者の定めなのである。
何度かゲームを繰り返し十回戦目を終え、それでも一勝もできなかったマコト。
普通の子どもであれば拗ねてしまうかもしれないが、彼は不満を漏らすこともなければ表情に出すこともない。
もうちょっとゲームに参加させてくれても、と思わなくもないが、相手は子どもで、所詮は暇つぶし。勝敗にこだわりもない。
彼にとっては皆が楽しそうに平和であれば、それに越したことはないのだ。
十一回戦目が始まると真っ先に脱落したため、三人がゲームを続ける姿を後目にマコトは視線を上げる
(そろそろかな……?)
密度が増してきて、騒がしさが増す教室内。
新しく教室に入ってくる子も途絶え、人数的にほぼ全員揃っているようだった。
「はーい、うさぎ組のみなさん、ちゅーもーく!」
手をたたきながら、先生が子どもたちの視線を集めようとする。
その声に反応した子どもたちは、遊ぶ手を止め先生に向き直り指示を待つ――
「うはははははははは!」
「まてぇー!」
「あのね、こんどはおねえさんやりたい」
「へん、しんっ!」
「あ、はなみずでた!」
「きったねー! ばーりあ!!」
――のは元ばら組であればの話。
マコトらを含めた半分ほどは大人しく先生に注目している。
しかし残りは半分は静まる気配がない。久しぶりの幼稚園だからなのか、年中に上がったからなのか、実に楽しそうである。
(ばら組って凄かったんだなぁ…………)
なんとなくそう思ってはいたものの、幼稚園児の現実を目の当たりにしたマコトは苦笑いを浮かべる。
ばら組だった子どもたちであれば、早く静かにした方が後々遊ぶ時間が増えることを知っているため、驚くほどすぐに静まり返る。先生の呼びかけに気付けなくても、お互いに注意しあう環境ができていたくらいだ。
(ローズレンジャーがいれば……)
その筆頭であった五人がこの場にいないことが悔やまれる。
そんな彼らは彼らのクラスで、早速その力を発揮していたりするのは余談である。
ふとこの場にいる優秀な元ばら組の面々にマコトは視線を向ける。その反応は様々だった。
ユウマはなかなか静かにならないクラスメイトたちに、自分が悪いわけでもないのに何故かおろおろとし始める。
普段から我関せずで一人の空間に入りやすいコタロウも、予想外の様子に面喰っているようだ。
そしてばら組では騒がしい側であったジュン。自分は犯人ではありませんよ、と言わんばかりにお口を両手で塞いでいる。
「静かにできない子は年少さんからやり直しかなぁ~?」
軽く脅しを入れたり、無言の時間を作りながら、慣れた様子で子どもたちを鎮める先生。
この程度でうろたえるようでは、幼稚園の先生などやっていられない。
「今から体育館に向かいます。今から名前を呼んでいくので、呼ばれた子から順番に並んでください」
ようやく静かになった教室で、先生の指示に従いながら列を作る。
名簿順に並ぶため、マコトの前にはコタロウ、後ろにはユウマだ。
仲の良い友人から一人離されたジュンではあったが、数を数えるのに集中しているため周りは気にならないようだ。
新しく友人が作れるか心配にはなるが、彼女の得意分野である体育が始まればすぐに人気者になるだろう。焦る必要はない。
列を成すだけでもざわざわとし始める新年中クラス。
他の二クラスでも似たような状況ではあったが、ばら組の比率が低いうさぎ組は少しばかり目立つ。
それでも一年間幼稚園に通い躾を受けた子どもたち。
特に問題もなく体育館へ移動し、ようやく始業式が始まる。
読んでいただきありがとうございます。
改稿履歴
2021/07/05 20:46 サブタイトル変更




