#090 クラス発表
去年度と同様、窓際に押しつぶされながらマコトはバスに揺られていた。
新年度となりバスに乗るメンバーが変わったため、バスが通る道も変わった。
と言っても、都会ではないが言うほど田舎でもない住みやすい街並み。自然と人工物がいい具合に入り混じった風景は、前世の知識があるマコトにとって、特に目新しいと思えるものでもなかった。
何度か子どもたちを回収するために停まりながら、バスはおめかしをした幼稚園に到着する。少し手を加えてそのまま入園式の装いにできそうな飾り付けたちが、進級する子どもたちを迎えてくれた。
迎えられた子どもたちは、えっちらおっちらとお道具箱を抱えながら幼稚園バスから降りる。
先にバスから降りたマコトは、一段一段足元を丁寧に確認しながら降りてくるスズカに、何かあってもいいようにスタンバイ。今の小さな体でどこまでできるかはわからないが、転んだときは身を投げ出しても下敷きになる覚悟はできている。
だが学年でも上位に入る運動センスを持つ天使。危なげなく地上へと降り立つと、マコトとともに玄関口へと向かう。
「すーちゃん、重くない? 大丈夫……?」
「……だいじょうぶ」
抱えるようにお道具箱の入った手提げを持つスズカにマコトが声をかける。
かけたはいいが、マコト自身も割といっぱいいっぱいではあるため、もし否定の言葉が返ってきた場合は頭を抱えることになるのだが、彼ならおそらくどうにかするのだろう。語尾に力がないのは気のせいだ。
先生に誘導されて、下駄箱に続く玄関にできているいくつかの列のうち、新年中さんが並ぶ最後尾につく。
(幼稚園児にもできるのになぁ……)
前世では電車を待っている際に何度割り込まれたことか。
列からはみ出したりと元気な子もいないわけではないが、先生の言いつけを守り、順番だけはちゃんと守って並ぶことができている同級生たちに感心するマコト。感心すると言うよりも、残念な大人に呆れていると言った方が正しいか。
その列の先頭には、玄関のガラス扉に貼りだされたクラス名簿。
そこから子どもたちは自分の名前を見つけ出し、園舎の中に吸い込まれていく。
クラス名簿の前に子どもたちが好き勝手に集結し、混乱するのを防ぐための交通整理。躾に力を入れている陽ノ森幼稚園に通う子どもたちであっても、子どもは子ども。過度な期待をして問題が起こってしまっては、子を預かる幼稚園として立場がない。親に手を引かれていない幼稚園児への対応としては、妥当なところだろう。
「すぅ………………、ふぅ………………」
はやる気持ちを落ち着かせるため、息を深く吐くマコト。
気になるのはもちろん新年中クラス。
年中も年少の時と同様、全部で三クラスある。
その内容次第で、今後一年のモチベーションが決まるのだ。
(スズカと一緒のクラスになれますように……!)
一人、そしてまた一人と新しいクラスを知り、先生に導かれながら幼稚園の中に消えていく子どもたちを見ながら、去年の今頃とまったく同じことを考えているマコト。
しかし、その祈りは去年と違い真剣そのもの。
年中組のクラス分けはバランス重視。
まずは幼稚園に慣れるため、顔見知りで集められる年少さんや、進学する小学校ごとに分けられやすい年長さんとは違う。どれだけご近所さんであろうとも、スズカと一緒のクラスになれる可能性は基本的に三分の一だ。
先月の合同個人面談では意図せず仲良しアピールをすることになったが、それが幼稚園側にどう捉えられているのかはマコトにもわからない。
セイコが指摘していた”スズカの自立”という点について、マコトも思うところがないわけではないが、すぐそばでスズカの成長を見守りたい気持ちもある。
そして何より、心の平穏を保つためには癒しが必要不可欠。幼稚園児の相手をするのは大変なのだ。ズボンを脱がされかかった記憶もまだ新しいゆえに。
そんな内心ドキドキのマコトとは反対に、いつも通りご機嫌な様子のスズカ。
彼女にとって、マコトのすぐそばが自分の居場所。マコトと違うクラスになることなど、微塵も頭に浮かんでこないのだろう。
そんな二人の前から、とうとう子どもたちがいなくなり、順番が回ってきた。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
「二人とも進級おめでとうございます」
「「ありがとうございます」」
文字通り首を長くして待つ子どもたちを抑えていた先生に挨拶をする。
「あそこに貼ってある名簿から自分のお名前を探して、何組か確認してください。確認ができたら、靴は下駄箱に入れずに手に持ったまま、新しい教室に移動してください」
説明を受けたマコトとスズカは、お道具箱の入った手提げを一旦置き、クラス名簿の前へと移動する。
そして顎を上げ、横にずれながら自分の名前を探していく。
(えっと……、スズカは……)
自分の名前よりも、まずスズカの名前を探すマコト。
五十音順に並んでいるため、丁度真ん中あたりに視線を彷徨わせる。
「あった!」
するとスズカが声を上げる。
”とつか すずか”
その名前は2組――通称”ひつじ組”にあった。
「まーくんは……」
仲良く手をつないだままの二人は、そのまま視線を横にスライドさせ、”やしろ まこと”の六文字を探す。
(焦るな……)
妙にうるさく鳴る心臓に言い聞かせるように思考する。
つなぐ手に思わず力が入りそうになる。
(八代は”や”、後ろの方だから焦る必要はない……)
視界の端にぼんやりとは見えている。
だがそこへすぐに視線を合わせることができない。
合わせてしまえば、後戻りができない気がして。
それでもゆっくりと、そしてマコトの視線は名簿の端までたどり着く。
「………………」
何度も見返す。
それが間違いでないことを確認するために。
「…………………………oh…………」
最後にマコトはそっと目を閉じる。
現実を受け入れるために。
ひつじ組に”やしろ まこと”の名前はなかった。
読んでいただきありがとうございます。
 




