#086 修了式(年少)
遅くなり申し訳ございません。
予想以上に長くなり、分割します。
今年度も残すところ十日。
つい先日年長さんたちが巣立っていき、僕たちもいよいよ年少最後の日を迎えていた。
『修了式を行います』
朝一で体育館に集まり修了式。
卒園式に続き一応正式な行事なので、スピーカーから聞こえて来る声もいつもの優しい雰囲気ではない。
そんな空気に当てられてか、まだ袖に余裕のある園服の子どもたちは背筋を伸ばし大人しく座っている。そして園長先生の話を聞いているうちに、だんだんと姿勢が崩れて来るのはご愛敬。
それでも入園した頃よりは遥かに成長し、周りにちょっかいを掛ける子や逃走する子、泣き出す子、漏らしてしまう子なんかも、この一年でだいぶ減った。
スズカも僕を見るのではなく、前を向くことを覚えた。
ちょっと……いやだいぶ寂しくなったのはここだけの話。
きょろきょろと落ち着きが無かったりする子もまだまだ多いが、それでも皆確実に成長していた。
そんな僕ら年少さんとは違い、さすがは年中さん。格が違う。
背筋を伸ばしたまま、ちゃんと園長先生の話を聞いている。理解しているかはどうかは怪しいが。
その姿はもうすぐ最高学年になるのにふさわしいものなんじゃないだろうか。
だがばら組だって負けてはいない。
こういう時に騒ぐと、話が長引いて遊べる時間が減るということを知っているからね。他のクラスに比べて落ち着きの安定感は頭一つ飛びぬけている。
ちなみにこういう時に問題を起しそうなジュンも、ちゃんと大人しくしている。
奴は確かに元気は良いが、同時に聞き分けも良いから意外と扱いやすい。千数え切れるまでは静かなはずだ。他の元気な奴らも似たような感じだろう。
そしてばら組の皆の表情が死にかけているのは、決して園長先生の話が詰まらないとか退屈とか、そういうことではないはずだ。たぶん女の子グループの中心にいる、それはもう可愛らしいスズカの真似をしているだけだろう。そのスズカが誰のマネをしているのかは知らない。知らないったら知らない。
園長先生の話を聞き流し終わると、お次は合唱。卒園式でも年長さんに贈った歌を歌う。
大きく口を開き、元気いっぱいに声を出す子どもたち。
恥ずかしがりやな子も、お友達と一緒に歌えば何のその。僕もだいぶ幼稚園児に馴染んできた気がする。
それが終わると、皆勤賞の表彰だ。
一年間自由登園期間を除いて、欠席が無かった子の名前が呼ばれる。
ちなみに陽ノ森幼稚園では連絡帳が先生の手に一度でも渡ると出席扱いになるため、遅刻や早退をしても欠席にはならない。なので皆勤賞を取るために、風邪でもとりあえず幼稚園に来てすぐ早退ということも可能ではある。
さすがに良識ある親であれば皆勤賞を狙うためだけに、風邪の子どもに無理をさせたり、他の子どもにうつすようなことはしないだろうが。
年中さんはそれなりに数が多かった。
それでも一クラスに五人ほどだ。
年少さんは春先は初めての幼稚園に馴染めなかったり、そのストレスから体調を崩してしまう子もいたから、少なくなるのも仕方がない。
実際にばら組以外の年少組に皆勤の子はいないようだ。そして年少組の中で頭一つ抜けて出席率が高いであろうばら組からは二人。
『ばら組、今井純ちゃん』
「はい!!」
『戸塚鈴華ちゃん』
「……はい」
返事をして先生に導かれながら舞台へと上がっていく。
風邪を引かない子はとことんひかないし、その逆もしかり。まぁ絶対ではないんだろうけど。スズカはありがたいことに前者のようで、僕としても安心して見ていられる。
全十八名が舞台上に整列すると、表彰の言葉とともに、手作りメダルが首にかけられていく。回れ右をして舞台下の園児たちに向き直り礼をして、大きな拍手が贈られる。
その間、舞台上からいち早く僕の姿を見つけたスズカは、メダルを手にしながら遠慮がちに手を振っていたので、振り返しておいた。
離園する先生の挨拶や花束の贈呈もあった。
主に年中年長を受け持っていた先生方だったので、行事やバスの乗り降りの際にちょっと関わったくらいではあったが、お世話になったことには変わりない。ありがとうございました。
そして転園していく子たちへのお別れの挨拶。
こちらも深く関わったことのある子はいなかったが、朝の通園バスで一緒だった年少組の男の子が一人。スズカに構うので忙しく、席も離れていたので話したことはなかったが。
そうして三十分程度で修了式を終えると教室へと戻る。
先ほど表彰を受けた英雄は……というよりは皆勤メダルが人気者になっていた。見せて見せてとせがむ子どもたちのおもちゃになっている。
得意そうにして囲まれているジュンとは反対に、興味が無いと言わんばかりにメダルを生贄にして喧噪から脱出したスズカは、その様子を一歩引いた位置で見ている僕の横にいた。
あっちこっちから引っ張られているメダルは折れ曲がり、紐とメダル部分の接着部が辛うじて繋がっている。
「メダル嬉しくなかった?」
「……わかんない」
「そっか」
メダルともなれば大抵の子は喜び、そしてそれを壊されたりすれば面倒なことになるのだが、どうやらスズカにとってはあまり興味がないもののようで。
せっかく作ってくれた先生方には、心の中で頭を下げておこう。
それでも大切な思い出ではあるので、帰ったらミツヒサさんに頼んで直して、大切に保管しておいてもらおう。こういうのはどちらかと言うと、親の方が思い出に浸るために大切にするみたいだからね。
メダルが返され落ち着いたところで、教室でも修了式が行われる。長時間集中していることが難しい子どもたちのために、全体で手短に終えてから各クラスで一人一人行うようだ。
「ジュンちゃんはいつも元気いっぱいでしたね。かけっこも縄跳びもたくさん頑張っていて凄かったです。年中さんにあがっても、その明るさでで皆を元気づけてください」
「まかせろ!!」
リコ先生から修了メダルなるものを首にかけてもらい、修了記念品と共に修了カードをもらう。
首に掛かるメダルが二個に増えたジュンは、先ほどよりもさらに得意げな表情だ。
修了カードなるものはB5サイズの画用紙の上半分にベストショットだと思われる写真、そして下半分にはセイコ先生とリコ先生からのそれぞれのメッセージが書かれているようだ。
ジュンは拍手と共に園児の輪の中に戻り、そしてまた次の子の名前が呼ばれる。
「シホちゃんは絵本が大好きでしたね。絵本を一人で読むために頑張ってひらがなを勉強していました。これからも大好きな絵本をいっぱい読んで、お気に入りの絵本に出会えたら、また先生に教えてください」
「うん! いっぱいよんでね、りこせんせーにおしえてあげる!」
「スズカちゃん。スズカちゃんはよく先生のお手伝いをしてくれましたね。先生とっても嬉しかったです。お友達が困っている時も助けてあげられて、凄いと思いました。年中さんになっても、続けてくれると嬉しく思います」
「りこせんせー、ありがと」
頭を撫でられたスズカは、嬉しそうに僕の隣へと帰ってきて座る。そして修了カードの写真を見せて来る。
朝の自由時間に一緒に遊んでいる写真だった。
スズカが塗り絵をしていて、その後ろで僕が積み木をせっせと積んでいるところに、名前を呼ばれてカメラに気付いて二人の目線をゲット、という感じの。
「(まーくんとしゃしん)」
「(よかったね)」
そう言うと、スズカは満足そうに頷き、修了カードをまじまじと見て堪能する時間に入った。
そんなスズカをよそに、名簿順に子どもたちが次々と呼ばれ、そして僕の番。
「マコトくんはお友達のことをよく見ていて、とっても気が利いて、優しくて素敵でした。年中さんになっても、変わらず頑張ってください」
「ありがとうございます」
差し出された修了カードを、両手で受け取る。
写真はまさかの運動会のかけっこでのワンシーン。
こうして自分の姿を見せられると、ちょっと照れくさいね。
「ユウマくん。最近は休まず毎日幼稚園に来れるようになりましたね。よく頑張りました。先生も毎日ユウマくんの顔が見れて嬉しかったです。年中さんでは皆勤賞を目指して頑張ってください」
「うん! がんばる!」
そうして全員分を終える頃には、子どもたちの腹の虫が鳴き始める。
読んでいただきありがとうございます。
次回で年少最後の幼稚園になります。
おそらく二日以内には更新できるかと…




