#084 個人面談(転生者の無難)
高さ三十センチ弱のキューブチェアに座りながら、目の前にはスズカの後頭部。
度重なる頭突きによって爆発してしまった髪に櫛を入れていく。
おさげを作っていたヘアゴムを取り、肩にかかる髪のもつれを少しずつ解きながら、毛先から根元へと徐々に遡りながらブラシをかける。地肌とキューティクルをできるだけ傷付けないように優しくゆっくりと、ミオさんからの教えを忠実に守る。
「(すーちゃん、痛くない?)」
耳元に口を寄せて小声で聞くと、スズカはくすぐったそうに首を竦める。
そして振り向くと、僕に耳を寄せて欲しいと手招きして、再び両手で筒を作りながらこしょこしょ話。
「(いたくない。まーくんにかみやってもらうのすきぃ)」
にへらと表情を崩したスズカは、もっとやってと正面へと向き直る。
僕はスズカのご希望通り、再び櫛を入れていく。
「続いてマコトくんですが……」
その傍らでは、八代家が面談中。
平日は仕事の母上に代わって戸塚家でお世話になっているため、その辺りの事情もふまえて引き続き戸塚夫妻にも同席してもらっている。
「年少さんとは思えないほどしっかりされてますね。入園時点からそうでしたが、身の回りのことに関しては文句の付け所がありません。……私たちが手を貸す隙がないです」
リコ先生が付け加えた一言で、大人たちが失笑している。
「授業も遊びもそうですが、まずは一歩引いた位置から他の子がやることを見ていることが多いですね。どうすれば上手くできるのかを観察しているんじゃないかと思います。賢い上に器用なので、大抵のことはすぐにできるようになってしまいますね。その後はスズカちゃんと同じようにお手本になってくれたり、難しそうにしている子のサポートをさりげなくしてくれています」
「交友関係は……すでにご存じだとは思いますが凄いですね。お友達も多いですし、他の学年の子ともスムーズにコミュニケーションを取れてます。気配り上手で優しくて頼りがいもあるので人気者なのも頷けますね。他の親御さんからの評判も良いです。ちなみにお子さんに幼稚園であったことを聞くと、必ずと言っていいほどマコトくんの名前が出て来るそうですよ? あとやんちゃな子の手綱を握るのが異様に上手で……。ただどちらかと言うと、リーダーみたいに皆の中心にいるよりも端っこにいる方が好きみたいですね。最初だけですが……」
「年少さんとは思えないほど細かいところまで気が回りますし、他の先生からも評判が良いですね。私たちも何かと助けられているので……ありがとうございます」
軽く頭を下げた先生二人に、母上たちもそれに応える。
ミオさんが同類が出来たと喜んでいるようにも見えないこともない。
しかし意外と見られてるんだね……
先生の手を煩わせることがほとんどなかったから、他の子と比べると接している時間はだいぶ短かったはずなのに。
評価を評価するのはどうかと思うが、僕にしては無難な範囲ではないだろうか。
もしかしたら親の前だから言葉を選びに選んでいる可能性も捨てきれないけど。
一応は、上手く周りに合わせながら過ごしてきたつもりだ。
ご近所から神童という噂が流れてきて、だいぶ焦ったからね。
そりゃまぁ前世というか、大人の余裕で調子に乗ることもできるだろうが、自分で自分の首を絞める物好きではない。
今の僕は転生をしているだけで、ゼロから成長して得たものは少ない。過度に期待をされてもそう遠くないうちに応えられなくなる可能性が高いのに、今から上限を見せるような勇気は僕にはない。
さすがに子どもたちを冷たくあしらうのはどうかと思って、なんやかんやとしているうちに、お友達関連はおかしいことになってしまったが……
ともかく今はまだ、力を蓄える時期ということ。
人脈も力の一つだ。
そして隠せるものでもない。
スズカの髪を梳かし終わり、新しく三つ編みを作りながら、自分にそう言い聞かせる。
「それとマコトくんにも心配事が一点だけ……。気を使える子なので、何かあるとどうしても他の子のことを優先させてしまうんですよね。幼稚園では誰かに甘えたり、わがままを言ったりすることがないので。良い子ではあるんですが、我慢をしていないかと……。ご家庭ではどうでしょうか? うまく発散できてれば良いのですが……」
リコ先生からの指摘に、ミオさんと母上が顔を見合わせ、そして僕へと視線を移す。とりあえずスズカと同じように首を傾げておくか。
確かに園児になるのは色んな意味で大変ではあるけど、一年も経てばだいぶ慣れてきた。別に無理をしているつもりはない。
それに僕には癒しがある。
「そうですね……。戸塚家にいる時は、似たような感じかもしれないですね。スズカのやりたいことを一緒にやっていることが多いので……。ただ本人的にはそれが好きみたいですが……」
うん、好き。
スズカを見ていると癒されるからね。
三つ編みおさげもとっても可愛いし。会心の出来じゃないだろうか。
ただ着せ替え人形になる遊びだけはちょっと……
「家でも何か我慢している様子はないですね。幼稚園での話もよく聞きますが、話し辛そうにしていることもなかったですよ」
そう母上から聞いて、ひとまず安心するリコ先生。
「マコトは外では甘えてくれることが少ないので……」
「そうなんですか?」
「えぇ、家にいる時は結構甘えんぼうになりますね」
「お母さんは特別なんですねぇ……」
リコ先生が意外な一面を見たと言わんばかりの表情に。
どちらかと言うと母上のスキンシップに応えているだけなんだけどね。
寝起きのハグとか、行ってらっしゃいのチークキスとか。まぁ……嫌いじゃないけど。
それに他の誰かに甘えようとしても、たぶん止められるんだよね。
「むふぅ♪」
「うッ……」
スズカのブロックを突破しない限りはさ……
その後、母上もいくつか普段の幼稚園での様子を聞いたりした。
そうして戸塚家の面談と合わせて三十分と少し。
年度末の個人面談は終わった。
最後の方でリコ先生が、僕らがどんな環境で過ごしているのかを質問して、それらを必死にメモしていたのが印象的だった。
読んでいただきありがとうございます。
 




