#081 雛の野望
ひなあられがおいしい。
ここ最近は甘いお菓子が続いていたので、こういうしょっぱいお菓子がいつも以上に美味しく感じる。
ちなみにこのひなあられ、関東と関西で味付けが違うとか。
もしこれが関東側の味付けであれば、僕がこれほどひなあられを好むことはなかっただろう。うまうま。
ということで、雛祭り。
それは女の子の健やかな成長を願う行事。
八代家にはあまり縁のない行事ではあるが、お隣さんにはそれはそれは可愛い女の子がおられる。
初子、そして娘のためにと奮発した戸塚家には、なんとフルメンバーが揃っている。飾りつけが大変でそれなりのスペースを占有しているが、こうして見ると中々壮観である。
だが今年の雛祭りは去年までとは違う。
戸塚夫婦の頭を悩ませたのは、フウカとキョウカの雛人形をどうするか。
え、もうあるじゃん?と思っていたのだが、どうやら雛人形は一人一人形が基本らしい。知らなんだ。
だがスズカに買った雛人形と同等の物を用意すれば、戸塚家のリビングは雛人形に占拠されてしまう。
そういった事情で二人目以降に雛人形を用意するのが難しいのであれば、立雛やつるし雛、市松人形といった選択肢もあるそうだ。
だがやはりフウカもキョウカも自分の雛人形があった方が嬉しいだろうし、すでにある雛人形と差を付けたくはない。
過ごした時間は異なれど、スズカもフウカもキョウカも等しく大切であるからして。
と思ってはいるものの、やはりそこは大人。
現実と折り合いを付けなければならない。
スズカのおもちゃも増え、ベビーベッドも復活し寝室とを行き来するため、それほど戸塚家に余剰スペースはない。
季節外れの服や滅多に使わない道具類は八代家に置き場を間借りするほどだ。
僕も母上も家にいる時間が少ないから全く気にしてはいないし、むしろ戸塚家にお邪魔することが多いので、そこは持ちつ持たれつ。
実を言うと、雛人形も仕舞う場所は八代家の押し入れだったり。
家であれこれ悩んでいてもしょうがないので、妹たちの雛人形をどうするかは姉に決めてもらおうではないかということになり、ついでにみんなでお買い物、と年明けからしばらくしてスズカとミオさん、母上と一緒に売り場へと見に行った。
そうして最初に出会ったのは”市松人形”。
「すーちゃん、これどう?」
「……」
ミオさんに抱っこされ、市松人形と見つめ合うスズカ。
怖くはないのだろうか。
市松人形やその作り手には申し訳ないのだが、やはりというか何というか、そのリアルさが妙に不気味に感じてしまう。
正直これが暗い部屋にあると、ビクッとしてしまう可能性があるので、僕の精神と膀胱の安寧のためには避けて欲しいところだが……スズカ!
「!」
さすが生まれながらの幼馴染。祈りが通じたのか、スズカが僕の方を見る。そしてじっと見つめて判決。
「……むふ…………まーくんのほうがかわいいからいい」
「そっかー」
ミオさんがなるほどと頷き母上も同調。
選ばれなくて良かったが、その理由がよくわからない。そして複雑な気持ち。可愛さが何処にあるのか、そしてカッコいいではない……。だがまぁ好意的な判決ではあるので文句はないさ。
「今度まーくんにこんな感じの服着させてみる?」
「うん」
ちょ……!?
気を取り直して、お次は”つるし雛”。
雛祭り文化に詳しくない僕からすると、このつるし雛がどんなものか分からなかった。
言葉から想像するに、雛人形がテルテル坊主のように吊るされてるんじゃないかと思っていたが、良かった違ったようだ。
何というか、赤ちゃんの時、頭上をくるくるしていたおもちゃに似ている気がしなくもない。その和風版。
ただちょっと繊細そうなので赤ん坊のおもちゃには向かないか。見て楽しむには良いのかもしれない。
そんな人形ではない飾りのつるし雛に、どうやらスズカも首をかしげているようだった。
「……ママこれなに?」
「これはつるし雛って言ってね……、……どんな意味だったっけ?」
ど忘れしちゃったとミオさん。そこへ我が母上が助け舟。
「衣食住に困らないように、っていう願いを込めて飾るものみたいよ?」
「そうそうそれ。さすがアカリ」
「いや、ここに説明あって……」
「……」
母上が隅っこにあったポップを指さす。
まぁちょっと陰に隠れてたしね。僕も言われてその存在に気付いたし。
「いしょくじゅーってなに?」
「お洋服、食べ物、住むところって意味よ。その三つに困らないようにってお願いする飾りなんだって」
「……ママとパパがいる?」
おぉ、スズカが現実的で賢い……
それらが今誰から与えられている物なのか、そして誰に願えばいいのかを理解しているとは。
大人が言えばただのすねかじりではあるのだが……おっとなんだか心が苦しい……
密かに一人苦しむ僕をよそに、ミオさんはちょっと嬉しそうにしつつも未来を語る。
「すーちゃんたちも大きくなったらママたちみたいにならなきゃ」
「そっか……」
スズカは素直に頷くも、いまいちその状況はイメージできていないようだった。
四歳児に生きる難しさを分かれというのも難しいだろう。だが今はそれで良――
「……でもまーくんいるよ?」
「すーちゃんはそれで大丈夫かもしれないけど、ふーちゃんときょーちゃんはどうしよう?」
「? まーくんいないの?」
「ぷっ…………そうね! まーくんいるから大丈夫ね!」
「うん!」
「まーくん、責任重大だね」
――くないね!
母上もちゃっかり乗っちゃって!
頼りにされるのはまんざらでもないけど、全員も養う責任は……
というか、スズカの頭の中はどういう未来予想図になっている……?
………
まぁミオさんも母上も本気ではないよね。子どもの言うことだし。うん、スズカも面白いことをおっしゃられる。あとミツヒサさんがこの場にいなくて良かった。
「じゃあいっかー」
「いっかー」
ミオさんは笑いを堪えながら、僕らはつるし雛の売り場を後にする。
そして最後に来たのは雛人形の売り場スペース。
雛祭りに飾るものと言ったらやはりコレというイメージ。
しかし思ったよりも色んな種類がある。
一段、三段、五段、七段と複数あれば、本格的な造形からデフォルメされたもの、そのサイズも様々だ。
中には白い子猫や、世界的にも有名なネズミのキャラクターが仮装しているものまで。雛人形は厄除け人形のはずだが、良いのだろうか。売れれば良いか。
「……これ?」
その中でスズカが指さしたのは、やはりと言うか今戸塚家に飾っているのと同じく、七段の雛人形だった。
「う~ん、ちょっとスペース的に難しいかな~」
「……むずかしい?」
「これをあと二つ置いちゃうと、家の中で遊ぶ場所がなくなっちゃうよ? まーくんと遊べなくなっちゃう」
「それはだめ」
スズカがイヤイヤと首を振り、一通り見渡す。
そして「あれがいい」と指さす。
小さく、そしてデフォルメされた親王飾りの雛人形。
コロコロしていて、リアル寄りの雛人形よりだいぶ可愛らしく感じる。
だがスズカがこの雛人形を選んだ理由は違ったようで。
「これだすのかんたん……?」
「「「……」」」
スズカとしては、雛人形を飾り付けるのが大変だと感じていたようだった。
確かに出すのも片づけるのもこちらの方が楽ではある。
八代家と戸塚家を往復して、箱やら何やらを散らかしながら作業しなくて済む。
さらに言えば、掃除するときに一部の飾りが行方不明になる危険性も少ないだろう。
ミオさんは値札を見て、ちょっと考えるようなそぶりを見せる。
「あとまーくんににてる?」
「これにしよっか」
「うん!」
何がどう似ているのか、そしてなぜそれが決め手になるのかと色々とツッコミを入れたいところではあるが、とりあえず決まった。
こうして、戸塚家には新たな雛人形がやってきた。
テレビ台の両脇にちょこんと飾られた、フウカとキョウカの雛人形。
どちらもデフォルメされ、人数も一緒ではあるがちょっとづつ違う。表情だったり、服の色合いだったり。それが、二人の個性のようにも見えた。
そんな雛人形を、ベビーベッドの柵の上に乗せて遊ぶスズカ。
幼いながらも妹たちの健やかな成長を祈っているのかもしれない。
僕はそんな三人を見ながら、ひなあられを口にする。
三人が元気に育ってくれるように願うだけじゃなく、自分自身に何ができることを考えて。
……三人を養う件については、聞かなかったことにして。
読んでいただきありがとうございます。
 




