#080 ファンクラブ
遅くなり申し訳ございません。
ちょっと長めです。
とある住宅街の一角。
幼稚園から帰ってきたばかりの子どもたちは、まだまだ寒さが残る空の下で元気よく遊んでいた。
もうすぐ幼稚園を卒業するグループは、広い庭めいっぱいに作られたコースを自転車で爆走中。コース上には緩やかな起伏があったり、片勾配があったり、木々の間を潜り抜けたり。
飽きもせずひたすら走る彼女たちの姿を見れば、休みの日にその父親たちが骨を折った甲斐があったというものだろう。約一名は比喩でなく。
幼稚園に通い始めてもうすぐ一年が経つグループは、交通事故に巻き込まれないように安全地帯で縄を飛ぶ。
幼稚園から渡された年少さんの目標を達成すべく、しかし楽しそうに遊んでいた。
そんな我が子の様子を窓越しに見守る母親たち。
子は耐えれても婦人方にはまだこたえる季節のようで、いつものようにお茶菓子を囲みながら世間話をしていた。
だがそこには見慣れぬメンバーが一組。
他の母親と同い年か少し下と思われる波川理恵と、彼女の膝上に抱かれている娘の芽衣。
近所の公園で遊んでいたところ、同じく公園に遊びに来ていた後藤家に声を掛けられ仲良くなり、そして来年度から娘が通う幼稚園が一緒だったということもあり、この度晴れて吉倉家のお茶会に招待される運びとなった。
その娘はと言うと、チラチラと窓の外を気にしていた。
試しに「お外で遊ぶ?」と聞いてみるものの、リエの服をキュッと掴みながら必死に首を振るあたり、まだ親から離れて遊ぶのは難しそうだった。
リエはそんな娘をあやしながら、先輩方の話に耳を傾けていた。
話題はやはり陽ノ森幼稚園の話。
その中でも今最も熱い男――
「えぇ、陽ノ森ではそこそこ有名人ね」
「そしてモテモテね」
「へぇ……、そんな子が……」
「陽ノ森は学芸会の日にバレンタインのチョコレートを渡すんだけどね、その子の周りは女の子ばっかりで……」
「ホント凄かったわよねぇ。誰が次に渡すかで、親同士が見合ってたのは笑っちゃった」
「へぇ~……」
それが子どもだとしても人の噂、それも男女の話となれば、前のめりに聞き入ってしまうのは仕方のないことだった。
だがそのおかげで、リエがママ友の輪の中にすんなりと入っていけたのかもしれない。
「ちなみにいくつ貰ったんですか?」
「う~ん、噂だとばらつきがあるのよね。二十個はさすがにって感じだったけど」
「一番有力は十八個っぽいわよ?」
「マユミさん知ってる?」
この中では最も早くから交流があり、噂の子の母親と親交が深いマユミに三人の視線が集まる。
「…………、二十二個」
興味津々な三人をからかうように間を置き、そして笑みを浮かべながらその数を口にする。
「……新記録ね。一気に十個以上も更新して」
「凄いわよねぇ……。たしかユウマくんも健闘してたわよね」
「九個でしょ? それでも十分凄いのに……」
「そんなに誰から貰うのよって感じよね」
身近――と言っても会ったことは無いのだが――にそんな人物がいることに驚嘆するリエ。
その容姿はさぞカッコいいんだろうな、とモテモテなその男の子の姿を頭の中で思い描こうとする。が、やはり会ったことがないため、いまいちイメージがまとまらなかった。
窓の外で遊ぶ子――中々に整った顔立ちで将来が楽しみな男の子に視線を向けながら。
「そんなにカッコいい子なんですか?」
「顔立ち悪くはない子よ? 表情は乏しいし、目つきは……アレだけど、落ち着いてて大人びてる雰囲気だし」
「子どもっぽくないところが何か逆に可愛い感じがする」
「うん、ちょっと分かる」
「ミオさんの髪の切り方もあるんじゃない?」
「そうそう、ミオさんってセンスあるわよね」
「あ、あと運動も得意だしね。子どもはそういうところを好きになるし」
「学芸会の踊りも他の子に教えるくらい上手よね」
ぽんぽんと言葉が出て来るのも、たまに遊びに来る彼の印象が、母親たちの脳裏に強く焼き付いているからだろう。学芸会から日が経ってないのもある。
しかし、彼の行動を間近で見ている彼女たちにとっては、外面だけが評価対象ではなかった。
「でも見た目っていうよりは中身じゃない?」
「そうね、優しいし」
「賢いし」
「頼りになるし……?」
「たぶん、ウチのおにいちゃんよりも……」
「それはちょっとレンくん可愛そうじゃない……?」
四歳の他所の子と十一歳の我が子を比較してしまう母。
実際は二十九+四歳(擬態中)と十一歳(素)なので、そもそも比べる方がおかしいのかもしれないが、そんな事情を知っているはずもなく。
褒め称えるばかりの母親たちに、リエはまた新たに疑問を持つ。
「……欠点とかないんですか」
その問いに、彼を知る彼女たちは逡巡する。
彼に欠点が全く無いわけではない。
だが、それが四歳児であることを踏まえると。
「……虫が嫌いよね。ユウマたちと土いじりするとき、微妙に距離開けてるし」
「あと物音とかに超敏感じゃない? ビビり気質だったりして」
「どうだろ……でも心配性ってところはあるかもね」
それと、と続けるマユミ。
「モテすぎて女に苦労しそうじゃない? お嫁さんいるのに」
「へぁ……?」
まさか出て来るとは思っていなかったその単語に、リエは相槌を打ち損なう。
「――って、お嫁さんいるんですか!? 許嫁って事ですか……?」
「そういうんじゃなくて……彼にべったりな女の子がいるのよ」
「一緒にいない状況は珍しいわよね」
「彼もその子が一番って感じだしね」
「ほぇ~……」
お気に入りのお人形さんを動かして遊ぶ我が子に視線を落とすリエ。
最近の子どもは進んでいると聞くが、まさか年少さんでそうなっているとまでは思わず、そして我が子と一歳差というその事実に驚嘆する。
「それでも、チョコレート貰えるんですか……?」
「まぁ子どもだしね。そういうのはまだ分かんないんじゃないかな。本命じゃなくてもあげるし」
「それでも……って子もいるかもしれないけど」
「ウチの子はそうよ?」
「ウチも上は」
「でもアレよね。たぶんどっちかって言うと、子どもじゃなくて親がってパターン……」
「どういうことですか?」
「子どもが渡したいって言う子もほとんどだろうけど、親がお礼代わりにって感じでしょ?」
「そうそれ!」
バレンタインにチョコレートを渡す義務はない。
そして年少さんであれば、まだ興味がない子もいるはずだ。
事実彼の交友は年少さんが中心。
そんな中でチョコレートが集まるその実態は……
「ファンクラブ会員かな」
「……」
お嫁さんに引き続き、あり得ない単語が出てきて無意識に口が開く。隙ありとそこへ娘が指を突っ込む。
「ふぁむ…………ファンクラブ……ですか……?」
「うん。まぁ正式にそういう会があるって訳じゃなくて俗称的な感じでね」
二十を超えるチョコレートを貰った秘密がそこにあった。
娘が作りたいと言わずとも、親が日頃の感謝を込めて作ろうかと提案することがあったとか。
そして、大人が幼稚園児にチョコをあげてはダメだという理由はない。子どもが娘だとは限らないのだ。ごく少数ではあるが。
「ちなみに彼と同じクラス――ばら組のほとんどの親が会員みたいよ?」
「ここに居る全員もね」
「……」
この場で自分一人が会員ではないことを知ったからだろうか。
「……入るには……どうすれば良いんですか?」
思わず入会方法を聞くリエ。
周りと一緒でなければ不安になるタイプは、マルチ商法に引っかかりやすいのかもしれない。娘さんのためにも気を付けていただきたいところだ。
「簡単よ? 子どもに対して、彼の名前を出して言うこと聞かせるだけ」
「……」
「例えば……『ちゃんとお片づけしないと、マコトくん遊んでくれなくなるかもよ?』とか『にんじん食べれたら、マコトくんが褒めてくれるかもよ?』って感じかな」
「……それで言うこと聞くんですか?」
「めっちゃ聞くのよこれが!」
「うん、我が家は最終手段に使ってる」
「うちの子は寝ぐせ付いてるところに『マコトくんに笑われちゃうよ?』って言ったら、毎朝欠かさず自分で髪の毛梳かすようになったわよ?」
「あ、それウチの子も」
「……」
実を言えば、これが子どもたちにとって彼の存在が大きくなる最大の理由だったりする。
もちろん彼の日頃の行いが、クラスメイトを始めとした子どもたちにとって居心地が良くて、興味深く、楽しいものではあるのだが、そこへさらに親たちの追撃。
躾の際に親が彼の名前を出すことによって、子どもたちは自然と彼を意識する。それこそ有名なアニメキャラクターに負けず劣らず。
そうして子どもたちが教育を受けた結果が、ひとまず良い方向に現れているだけなのだ。
ちなみにそれを一番最初にやり始めたのは、彼のお隣さんだったりするのは言うまでもないだろう。
「まぁ彼とあんまり遊んだことのない子に対しては効果ないんだけどね」
「そりゃそうよね」
当たり前だ。知らない名前を出されたところで、子どもは誰それとなるだけだ。
まずは子どもが彼と仲良くならなければ、会員にはなれないのだ。
だからリエはまだ、会員になることは出来ない。
そしてその後も世間話をする母親たち。
それを遮るように、遊び疲れたと子どもたちが窓を開ける。
「おかーさん、のどかわいた」
「しほもほしい」
「はいはい、ちょっとまっててね」
要望に応えるため、ナナミが飲み物を取りにキッチンへと向かった。
マユミはウエットティッシュを取り出し、子どもたちに手を拭くように渡す。
「あしたはまことくんとすーちゃんあそびにくる?」
「うん、来るわよ」
「まこととぼーるあそびしたい」
「明日が楽しみね」
「「うん」」
噂の彼を慕う子どもたちの姿を目の当たりにしたリエは、腕の中でうつらうつらする我が子もそうなるのかと思わずには居られなかった。
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