#079 そして一人の男児は伝説となる
本日2話目の投稿になります。ご注意ください。
子どもは色んなものに恋をする。
お友達や先生に限らず、アニメのキャラクターやおもちゃにも。
そのお相手は同時に複数存在することもある。
穢れを知らない純粋な心だからこそ、好きという感情に区別がつかないのかもしれない。
小さな子が言う”好きな人”は”お友達”という意味でしかないように。
そして様々な知識を得て、心が成長するにつれて、異性を意識するようになったり、人と物の区別をするようになったりしていくことになるのだろう。
その良し悪しは置いておいて。
そんな成長途中にある幼稚園児であっても、好きの大きさは知っている。
お気に入りのお友達がいて、お気に入りの先生がいて、お気に入りのキャラクターがいて、お気に入りのおもちゃがあって。
そしてお気に入りの何かを取られると思えば、嫉妬してしまうのもごくごく自然な事だろう。
幼い心であれば、我慢することはまだ難しい。
それはスズカであっても例外ではない。
マコトが大好きなことに関して、誰にも負けることはないであろう彼女。
好きになったきっかけはぼんやりとした記憶の中だが、一緒に過ごす時の中でどんどん好きが大きくなっていく。
異性への想いという区別においてはまだ理解が曖昧な年頃なのかもしれないが、彼女が彼を好きな気持ちに偽りはない。
そんな彼に、チョコレートを渡そうと群がる女たち。
スズカがこの状況を見過ごせるのだろうか。
マコトに少なからず好意を持った子が近付いてくるこの状況を。
それが、普段からよく顔を合わせ遊んでいるお友達であっても。
そんなはずはなかった。
よく見れば、その姿はちゃんとマコトの傍にある。
彼の一番近くに――
「――ばいばい!」
「またね」
別れ際に女の子が手を振り、マコトもそれに応える。
三つの手を振りながら。
スズカはマコトの背中にべったりとくっついた状態で、ひょっこりと顔を出していた。
文字通り、腰巾着となって。
三つの手の内のいくつかは、彼女の手だった。
ある時はマコトの肩口に顔を乗せ、ある時は脇の下から頭を出して、別れ行くクラスメイトに手を振り返す。
(なんか懐かしい……)
最近はめっきりしなくなったその行為。
マコトを挟んだ”だるまさんが転んだ”。
春先から初夏にかけてよく見られた光景がそこにあった。
その姿はまるで、マコトにチョコレートを渡す相手を見定めているようにも見えないこともない。
(しかしこの状況は……)
色んな初めてに、マコトは内心戸惑っていた。
近しい人以外から好意を持ってチョコレートを渡されることもそうだが、女の子を背負いながら何人もの女の子からプレゼントを貰い、お返しをしているこの状況。
ぴったりと背に張り付くスズカの機嫌は良い。
まだバレンタインデーの意味を理解していないだけなのか、それともチョコレートごときで大好きなマコトが取られるとは思っていないのか。
そして、お菓子を交換した女の子たちもご機嫌になっていく。
(……わからんが……まぁいっか)
みんな笑顔なら問題ないよね、と深く考えることを止めたマコトは、また一人女の子からプレゼントを受け取り、そしてお返しをする。
無邪気に喜ぶ女児たちの心は、本人さえもはっきりとは理解できていないのかもしれない。
そうして対応した回数が二桁に乗ってしばらくして。
一人一人は一分にも満たない短いやり取りだが、人数が増えれば時間がかかる。
マコトの顔にもさすがに疲労感が見え始めていた。
学芸会を終えたばかりで、お昼もお預け状態。だからそれも仕方のないことだった。
――くぅ
可愛らしい音が聞こえてくる。その発生源を確認しようとするが、後ろから両側頭部をガッチリと掴まれる。
マコトは助けを求め、その状態のまま母親を見る。
その目が訴える内容を正確に読み取ったアカリは、近くでママ友とおしゃべりに興じている親友にアイコンタクトを取り、鞄の中からお菓子を取り出す。
「すーちゃん食べる?」
「……!」
それはスズカのお気に入りのお菓子だった。
皆さんご存じ、受験生のお供に大人気なあの赤い包装。
一時的にマコトから離れたスズカは、お礼を言ってお菓子を受け取り、慣れた手さばきで半分にぽきりと折ってから袋を開ける。
おおよそ半分に割れた小さい方を先に自分の口に入れもぐもぐと。
そしてもう一つは、
「……まーくん、あーん」
目の前に差し出されたお菓子に、マコトは素直に口を開く。
お気に入りのお菓子になった理由は言うまでもないだろう。
彼女にとって、一人で食べるよりも、二人で食べたほうが楽しいに決まっていた。
「ありがと、すーちゃん。おいしかった」
「……ん!」
小腹を満たしたマコトとスズカは、再びお返しに奮闘する。
「まことッ! はらへった!」
「そっか」
「どうすればいい!?」
「何故僕に聞く……?」
「まことならしってそーだもん!」
「……」
「まことー!」
「分かったって……ほらあげるよ」
「――おっと! とったどー!」
「はいはい、すごいすごい」
「これくっていいのか?」
「あぁ、サナエさんに許可もらったらね」
「かーちゃん、もらった! くっていい?!」
元気なクラスメイトに、無償で予備のお菓子の一つを投げ渡したり。
「まことくん、これあげるね」
「ありがと、アオイお姉ちゃん」
「どういたしまして」
「む……」
よく行くお友達の家で、よく会う年上のお姉さまから頭を撫でられたマコト。それを上書きするように後ろから髪の毛をぐしゃぐしゃにされたり。
「まことくん、あげる」
「ありがと」
「すーちゃんにも!」
「……しーちゃん、ありがと。…………おかえし」
「ありがとー!」
お友達同士で交換し合ったり。
クラスメイトやバス友、お友達のお姉さま方に囲まれ、一人の男の子は伝統を終えた。
一月弱はおやつに困ることはないだろう。
そして彼の記録と対応は、伝統の伝説として後世に語り継がれることとなる。
ママ友の情報網を侮ってはならない。
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