#007 別れと再会
辛い?時間を乗り越えた僕は、そろそろ我が家に帰らねばならない。
だがまだ戸塚家でのイベントは終わっていない。
最後のイベントが!
それは突然やってくる。
いやゴメン、ある程度時間は予想でき――
――ピンポーン
このチャイムが合図だ。
この音を聞いたスズカはぽけーっとした顔を少しだけ不安そうに歪ませる。
トテテテテと走って来て僕にくっついて離れない。
お腹に顔をうずめてきて、今回はにへらぁとは笑ってくれない。不安そうな顔だ。
スズカの心情を慮ればそんなことを言ってはならないのかもしれないが、それはそれで可愛い。すごく可愛い。頭撫でておこう。
そしてミオさんが玄関に向かう。ガチャリと玄関が開く。
ミオさんはパジャマだが問題はない。そういう相手だ。
「こんばんは。お疲れ様、アカリ」
「うん、こんばんは。今日もありがとね、ミオ」
母上様がお帰りになったようだ。そしてお迎えの時間だ。
「こんばんは、すーちゃん」
「こんばんわぁ」
「今日もまーくんと遊んでくれてありがとね」
「うぅん、まぁーくんとあしょぶのしゅき」
「ふふっ、ありがとね」
スズカと母がいつも通りの挨拶を交わす。
「まーくんただいま」
「おかえりなさい。おつかれさまです」
「ありがとね、まーくん。いい子にしてた?」
「うん」
母が僕の頭を撫でる。ホントは僕を抱き上げたいのだが、スズカがくっついていてできない。
すまない母上。天使が放してくれないのだ。
二人がちょっとした世間話をしていると、そろそろ帰る雰囲気になってくる。
その空気を察したスズカが僕を見上げて言う。
「まぁーくん、かぇりゅの……?」
「うん」
「じゃあちゅーして」
「うん」
――ちゅっ
「むふぅ! じゃあすぅーもちゅーすりゅ」
「うん」
――ちゅっ
「ありがと、すーちゃん」
「むふぅ……」
「またあした」
「うん、あしぃた!」
サラッと流したが、これが最後のイベントだ。
天使様からのキッス!
いや、ほっぺにだけどね!
ふへっ
おっと失礼。
こんな時でも僕の顔はポーカーフェイス。死んだ目。死んではないが。
子供にとって楽しい時間の終わりというものはとても辛い。
スズカも例外ではない。
僕が帰るタイミングになるとスズカは泣き出してしまう。
だがぎゃーぎゃー泣きわめくようなことはしない。
必死に泣くのを我慢しようとして、それでも溢れ出てくる感じ。
服の裾をギュッと握りしめて、じっと僕を見つめる。
可愛らしい顔で、涙流して、鼻水流して。
いつも大人しいぽけーっとしたスズカが、僕との別れが寂しくて涙をあふれさせる。
不謹慎だがその姿に心撃たれてしまった。
可愛すぎる。愛おしすぎる。
迷惑かけないようにと幼いながらに必死に我慢するんだよ? 二歳児なのに。
まぁ、その後僕に抱き着いてきて、僕の腹は涙と鼻水と涎で湿るんだけど。
ご褒美?
うん、まぁ、そこまで悪い気はしないよね。
むしろ罪悪感。
そこで取られた方法はキス。ほっぺにチュー。
ちなみにミオ様の提案だ。ありがとうございます。
帰るときにだけほっぺにチューをできる。
それをご褒美にすることで、別れの辛さを軽減しようという作戦。
それは見事にハマって、スズカは別れる度には泣かなくなった。
毎日毎日号泣は疲れちゃうからね。
といってもやっぱりまだ別れは寂しいようで、母上が帰ってくると表情が陰る。
元気を出すためなのか、スズカからチューをねだってくるようになった。
可愛い。健気。天使。
というわけで、スズカとの別れの挨拶をして僕は家に帰る。
ふへっ……
***
そして帰宅。今からは八代家タイム。
母上との時間を大切に。
「おかーさん、きょーもおつかれさま!」
「もぅ、まーくんったら。ありがとね」
「うん」
「ごめんね? まーくんと一緒に居られる時間が少なくて……」
「うぅん、だいじょーぶ。おかーさんがボクのためにがんばってるの、しってるもん」
「まーくん……」
「それに、すーちゃんもミオさんもよくしてくれるから!」
「……ま゛ーぐん」
なんと素晴らしき母子。
いえ、ほんとうに感謝してますよ? だから泣きそうにならないで母上!
ミオさんの助けがあるとはいえ、母は一人でボクを養っているのだ。
しかも今の時代、まだ会社の中で女性が完全に平等とまでは行ってないからね。法的にはそうでも実際問題。真面目で優秀だろうが、女性というだけでそう見てくる上がいるらしい。まったく嘆かわしい。しかもちょうど経済が……。
なので非常に感謝してる。
母にはあまり心配をかけたくない。
早く自立して稼ぐようになって母を助けられるようになりたい。
というか頭だけは動くので、いろいろ準備は進めているが。これはまたの話。
なので今は少しでも母の負担が減るように、心のケアができるようにするだけだ。
赤ちゃんが。中身30だが。
そういうわけで、今から晩御飯。
晩御飯だけは母と食べる。
夜遅くなる日はさすがに戸塚家のお世話になるけど、基本は家族で。
というか戸塚家にだって家族だけの時間は必要だろうしね。
お風呂? それはそれ、これはこれ。別に僕から提案したりねだったりしているわけじゃない。誤解しないでいただきたい。
今日どんなことをして遊んだとか、おやつに何食べたとか、スズカとの進展?具合?とか? え、なにそれ、聞くの?
まぁ楽しくおしゃべりしながら晩御飯を食べた。授乳もあったよ? ごちそうさまでした。
母も笑顔だったし良かった良かった。
僕はテレビを見ながら、母のお風呂タイムを待つ。
なんというか情操教育のアニメなんだけど、30のおっさんが見ても……と思わなくもない。
そうなると、お邪魔なドレミとかプリティでキュートなやつとかの方がハマりそうなのかもしれない。どうだろうか?
そして母が風呂から上がる。
ミオさんほど色気はないが、母親補正なのか好みのタイプ補正なのか、やっぱり母が好きだ。安心できる。
うつらうつらと母を待っていると、母は僕の頭を愛おしそうに撫でる。
「おやすみ、まーくん」
「おやすみなさい……おかーさん」
そして、温もりを感じながら目を閉じる。
赤ん坊の夜は早い。
読んでいただきありがとうございます。
次回⇒#008「とある休日」 2020/10/16 21:00更新予定
改稿履歴
2020/10/24 01:35 時代背景の整合性に不自然な点があったため、それを示唆する文章を修正しました。
2020/11/18 18:31 スズカの泣く描写の表現を変更しました。