#077 隠れる場所を作った結果
二月の第三土曜日。
幼稚園が休みのこの日、マコトは本番に望んでいた。
「すーちゃん緊張してる?」
「うぅん、へーき……」
ふるふると小さく首を振るスズカ。
それに合わせて、今日のために可愛くセットされたおさげ髪が揺れる。
彼女にとって初めての体験になるということで気に掛けるも、強がりでも何でもないその答えに、マコトは心の中で小さく笑みを浮かべる。
「まーくんきんちょーしてる」
「そうかな?」
「はじまるまで、てーつないでてあげる!」
「……ありがとう」
逆に本番に弱いと自覚ありのマコトが気を使われる始末。
そんな自分を情けなく思いながらも、優しい気遣いができる幼馴染に感心する。
(まぁ、緊張とはちょっと違う気もするけど……)
良い年齢になったことのある彼にとって、今日という日はかなり気が重かった。
何が行われるかは、彼らの装いからも見て取れるだろう。
マコトの小さな体を包むのは、白いシャツに水色の不織布。
対するスズカは、白いシャツに桃色の不織布。
さらにはマコトとスズカの周りには、赤緑黄その他と色とりどりのばら組の子どもたち。
少々安っぽくはあるが、普段とは違ったその装い。
そんな彼らの目の前には緞帳。
その向こう側には、四百席近くある観客席。
そこには彼らの家族が、我が子の姿をその目に焼き付けようと、幕が上がるのを今か今かと待っていることだろう。
そう――
学芸会。
彼らは、幼稚園から程近くの文化ホールの舞台に立っていた。
地域や施設によってはお遊戯会とも表現されるその行事。
マコトはそこに、観客ではなく演者として参加している。
これこそ、マコトの様子が少しばかりおかしい理由だった。
一つ先に断っておきたいのは、彼が決して学芸会を子どものお遊びと見下していて、そこに参加することを恥ずかしいと思っているわけではない。
先生方が考え教え、子どもたちが一生懸命に練習する姿を間近で見てきたマコトは、そんなことは一ミリも思っていない。
ではなぜ気が重いのか。
(悪目立ちしませんように……)
彼が常に考えていることは世界平和……も、もちろん頭の片隅にはあるだろうが、一番は親しい人物たちの安寧。
自分の行動が変に注目を集めて話題になったり、果てはメディアに取り上げられたりして、他人の目を気にする生活になるなんてことは絶対に避けなければならないこと。
だから、できるだけ目立ちたくない。
すでに手遅れになり始めている、とおっしゃる方も居られるかもしれないが、それでもまだ、その本性が白日の下に晒されるような事態には至っていない。
初めて大勢の大人たちに見られることになった運動会では、マコトよりも目立つ子どもたちがいた。
さすがの彼であっても、体の成長度合が大きく影響する運動能力は、幼稚園児の域を出ることはない。
しかし、学芸会。
マコトたち年少組の演目はダンス。
クラスごとに行われる演技は、大人たちの視線を集めやすい。
そして残念ながら、マコトの踊りは幼稚園児のそれではなかった。
常日頃、頭だけでなく体の使い方を意識しているマコト。
将来動ける体を作るために、今の段階から適度な運動とストレッチを欠かさない。
そして今世では必修科目となっているからと、密かに練習していたダンス。
前世で時間を持て余していた際に、手を出してみてしまったせいなのか、はたまた今世の体にセンスがあったのか。
正確にリズムを刻み、正確に動き、正確に止まる。
さすれば、目立つ。
園児の輪の中に入ると、ものすごく目立つ。
単純で揃った動きをするため、その差がはっきりと目立つ。
もちろんマコトもそのことは分かっていた。
だから最初の練習では手を抜いた。
抜いたつもりだった。
初っ端で匙加減を間違えたと感じたマコトは、必死に周りに合わせた。
そしてその踊りは、すぐさま園児の輪に溶け込んでいたはずだった。
日頃の行いもあったのかもしれない。
そんな彼に皆が言う。
「まーくん、なにしてる?」
と幼馴染。
「マコトくん、ちゃんとやろうね?」
と副担任。
「マコトくん、調子悪い?」
と担任。
「まことだせぇ!」
と元気っ子。
「まことくん、へたになった……?」
とクラスメイト多数。
そんな周りの声に、あっさりと心が折れたマコト。
それならばと、彼は方針転換を図る。
(木を隠すなら森を作ればいい……)
そう考えたマコトは、ひたすらクラスメイトのダンス力向上を目指した。
苦手な子にはマンツーマンで教えたり。
得意な子にもマンツーマンで教えたり。
家に帰っては嫉妬に燃えた幼馴染にマンツーマンで教えたり。
教えて褒めて、出来て褒めて、とにかく褒めて。
影の人気者だった彼が能動的に動けば、その影響力は計り知れない。
そうしてマコトが久々に本気を出した集大成が、遂に披露されようとしているのだ。
(ダンスが上手なことは悪いことではない……)
正直やり過ぎたとは思っていた。
だが今更後悔しても何もかもが遅い。
『――続いては、ばら組によるダンスの披露です――』
場内にアナウンスが流れ、ブザー音が鳴り響く。
そして、マコトたちと観客席を仕切っていた緞帳が上がる。
そして数分足らず。
ばら組の発表が終わり、大きな拍手の中幕が降りる。
子どもたちの表情は様々だった。
練習通りにできたと満足気な子もいれば、振付を間違えてしまったと不安になる子。
先生たちに「よく頑張ったね」と褒められ励まされながら、控室へと戻っていく。
「ふぅ…………」
マコトは長く息を吐く。
彼も不安になっている子の一人だった。
その心の内は、他の子たちとは毛色が違うものではあったが。
「……まーくんてーつなぐ?」
「よろしくお願いするよ」
「~♪」
幼馴染の気遣いに、癒しを感じるマコトだった。
その頃、観客席では。
「ばら組凄かったわねぇ……」
「うん。年少さんとは思えないくらいしっかり揃ってたね」
他の年少組との違いに感心する大人たちが居れば――
「端っこにいた子。涼しい顔して一番上手じゃなかった?」
「ダンススクールにでも通ってるのかしら……」
一部の子に注目し、その姿を冷静に分析している大人もいた。
しかし大多数の大人たちの注目は、幸いにもばら組全体の演技に向いていた。
舞台中央で、有り余る元気を生かした大きな踊りをしてくれた子がいてくれたお陰もあって。
その後も大きな問題が起こることもなく、学芸会はそのプログラムを消化していく。
プログラム後のイベントを目指して……
読んでいただきありがとうございます。




