#076 バレンタイン事件
今年もやってきましたバレンタインデー。
海外では男性から女性にプレゼントを贈るのが一般的なようだが、ここは現代日本。
ハグやチークキスが身近すぎて、おやっ?と思うことも多々あるが、毎日お風呂に入っているので間違いはないはず。
そういうわけで、幼稚園から帰ってきて現在。
戸塚家のキッチンでは、母娘がお菓子作りをしている真っ最中だ。
チョコレートの甘い香りが強く漂うその空間は男子禁制の場。
近付こうものなら、「女の子の楽しみを奪っちゃだめよ?」とミオさんに窘められ、「まーくん、めっ!」とスズカにもお叱りを受ける始末。
その「めっ!」が聞きたくて、デジカメを手に二回ほどふらふらと覗きに行ってしまったが、これ以上は本当に鬱陶しがられる可能性があるので控える。
僕は聞き分けが良い子だからね。
大人しくミツヒサさんに見守られながら、フウカとキョウカと遊ぶことにしよう。
遊び相手になってくれている二人は、そろそろ生後四ヶ月。
まだ完全に首がすわりきっておらず寝返りは打てないが、右に左にと首を動かしてきょろきょろとすることが多くなった。
そして、手に握ったモノは何でも口に持っていこうとする。
「アー、ウゥー!」
「ウック、アーァ!」
「二人ともご機嫌だね~」
その標的となっている僕の両手の指。
ゆっくりと揺さぶり口に持っていかれないように注意しながら、二人の成長と反応を楽しんでいたところ――
「で、マコトは何個チョコレートもらえたんだ?」
「エッ?」
ノートパソコンを開き片手間で仕事しているミツヒサさんに、今日の成果を問われる。
「お前のことだから、幼稚園でたくさん貰えたんじゃないのか?」
去年と違って、今年は幼稚園に通い始めた。
人間関係は何倍にも広がったし、女の子の知り合いもたくさん増えた。
客観的に見ても、それなりに親しく思ってくれている子も多いとは思っているけれども――
「一個も貰ってないよ?」
「そうなのか?」
「うん」
意外そうにするミツヒサさん。
まぁ確かに、”一個も”と言うのは驚きかもしれないが、これにはちゃんと理由がある。
「幼稚園でチョコレート渡しちゃダメって言われてるから」
「あっ、そう……」
決してお返しが大変だからとか、スズカから以外は受け取らないとか、そういう僕の都合によるものではない。
わざわざ幼稚園から注意喚起のプリントも配られているからね。
色々とあるんだよ。
陽ノ森幼稚園には……
だからまだね。
それにスズカと母上から貰えれば、それ以上は別に……というのが本音ではあるけれども、貰えたら貰えたで嬉しいのもまた然り。
我ながら男って単純だよね……
***
しばらく遊んでいると、可愛くラッピングされた大小二つの小箱を持ったスズカがやってきた。
どうやら完成したようだ。
そして僕のドキドキは自然とMAXに。
なぜかって?
そんなの決まってる。
ミオPがビデオカメラを片手にスタンバイしてるから。
もうね、何かあるとしか思えないんだよ。
僕の予想していない展開が。
こういう時のミオPの静かな笑顔が怖い。
……
やられる前にやるべし。
表情を引き締めて――
――キリッ
「みゅふぅ……」
……勝った。
いや別に勝負しているわけではないけど、とりあえずミオPに一矢報いることはできたんじゃないだろうか。
ミオPの悔しがる表情を見たくてをちらりと視線を動かすと、その手はサムズアップ。
どうやら僕のアドリブは高い評価を得たらしい。
……釈然としない。
そんな中、どうにか気を持ち直したスズカが大きい方の小箱を差し出して――
「……むふ…………まーくん、……すーをたべてください!」
「ありが……、…………?」
……
え?
今何と……?
受け取ろうとして、その手が固まる。
そして場の空気も固まっている。
平然としているのは言い放った本人のみ。
……
……まぁ、待て。
一回冷静になろう。
手渡すものがある状態で、”自分を食べてください”はどう考えてもおかしい。
一部の大きなお友達が想像するような卑猥な意味ではないだろう。
さすがのミオさんだって、そんなことはスズカに教えていないはずだ。
ミオさんがミツヒサさんに言うことはあるかもしれないが。
とすれば何だ。
もしかして例のアレだろうか。
バレンタインのチョコレートに、自分の一部を入れちゃうやつ。
……
僕はどこで道を間違えさせてしまったんだ……?
――と色々と考え込んでいると、スズカが再び口を開く。
「……まちがえた」
「……」
「すーががんばってつくったので、たべてください!」
「……ありがとう」
良かった。
何が良かったのかは上手く説明できないが、本当に良かった。
僕が余計な事しちゃったから、スズカが動揺して言い間違えちゃったんだね。
反省。
「パパにも、はい!」
「ありがとう」
僕に続いて、ミツヒサさんもスズカからプレゼントを受け取る。
……箱の大きさなんて、気持ちの大きさを表すとは限らないんですよ?
向けられる視線から逃れるように、僕は隣に腰を下ろしたスズカに一言断ってからプレゼントを開ける。続いてミツヒサさんも。
そこにはチョコレートクッキーが入っていた。
そして僕は箱の大きさの意味を知る。
ミツヒサさんの方を見れば、一口大の大きさのクッキーが何枚も。
そして、僕の方には大きな一枚のクッキーが。
”すーをたべてください”は、あながち間違っていなかったのかもしれない。
手形付きのチョコレートクッキー。
僕はデジカメを取り出し、記念にと写真を撮る。
念のために言っておくが、事件現場の証拠を残しているわけではない。
先ほどまで握っていた双子たちの手より倍近く大きくて、スズカの成長を実感させてくれるプレゼントだった。
ありがとう、スズカ。
そしてこれからも、すくすくと成長していって、いつか同じセリフが聞けたらなぁ……なんて思わなくもない。
その後、この大きなクッキーをどう食べようか悩んでいたところ、スズカの手によって容赦なく砕かれ、三日間に渡っておやつになりました。
あとミオさんが作ったガトーショコラ一切れもスズカと分け合い、夜は母上が買ってきてくれたお高そうな生チョコも……
そんなチョコレート尽くしで、バレンタイン当日は幕を閉じた。
読んでいただきありがとうございます。




