#070 年始の八代
年が明けてからの二日間。
基本的にはお隣さん家でテレビを見ながら遊んでいただけだった。
外出と言えばちょっとした散歩とか駐車場で縄跳びくらい。一日一時間ほどだろう。
初詣とか初売りとか行かないのかとなりそうだけど、戸塚家も八代家もみんな人混み嫌いな人だし、何より外は寒いししょうがないよね。
ちなみに初詣は近所の神社に行く予定だけど、フウカとキョウカも一緒にということで人が引いた後日。
母上の正月休みも暦の都合上少ないので、ゆっくりしていただきたい。
それでも十分楽しい時間だった。
福笑いとかお手玉とかカルタといった正月遊びは一通りやった。
牛乳パックでめんこを作って、絵をかいたり写真をプリントアウトして張り付けたり。
スズカや母上を地面に叩きつけるなんて……と思ったけど、当人たちは笑顔で特に気にした様子はなかった。ちゃしぶ(絵)が強かった。
もちろん例のテレビゲームも。
ボウリングは相変わらずだったけど、ピンポンの対戦は白熱してみんな汗だくに。ミオさんがやはり凄くて、お胸がぶるんぶ……いえ、何でもないです。
去年よりも気持ちもスッキリと迎えることができた今年。
その三日目の午後。
スズカたちは一家揃って朝から実家に日帰り帰省中。
お見送りで見てしまったのだが、ミツヒサさんの車の中は、ジュニアシートにベビーシートが二つと凄いことになっていた。
そして例のごとくスズカがごねるかと思われたが、あっさりと出かけて行った。
幼稚園に通うようになったり、二人の妹を持つ姉になったりして、自立心が芽生え始めたんだろう。
スズカの成長を嬉しく思うのと同時に、どこか寂しい気持ちに。
いってらっしゃいのちゅーは必要だったけど、これもいつまで求められるか……
そういうわけで、今日は久しぶりに母上と二人っきり。
母上が明日から仕事始めなので家でまったり過ごす……のかと思いきや、僕は母上の運転する車に揺られている。
お昼ご飯を食べた後、「まーくんお出かけするよ~」とお声がかかり、一緒に余所行きの服に着替えた。
いつものように僕専用席に座ると、母上がハンドルを握り出発。
そして家を出て数分。
てっきり食料品の買い物にでも行くのかなと思っていたが、どこか様子が違った。
「おかーさん、どこ行くの?」
「う~ん、着いてからのお楽しみかな~」
母上の背中に問いかけてみると、はぐらかされてしまった。
後付けのナビを見ても目的地は設定されていないようだし、時々見える青い標識を確認してもピンと来ない。
まぁ着けば分かるか。
日帰りで帰って来れるところだろうし、それほど遠くないはずだ。
それに……
「まーくん眠たかったら寝てていいよ?」
「……うん、ちょっと眠たい。おかーさん、運転頑張ってね。……おやすみなさい」
いつもならお昼寝の時間帯ということもあり、知らぬ間に大きなあくびをしていた僕は、重くなっていた瞼を閉じた。
***
「あ、まーくん起きた?」
「……うん」
「そろそろ着くから、もうちょっとだけ待っててね」
目を覚ますと、僕はまだ車に揺られていた。
器用に頭だけをちょっとだけ横に倒し車の時計を確認する。
いつものお昼寝よりも幾分か短く、一時間ほど寝ていたようだ。
ホールド性が高く居心地の良いジュニアシートでも、走行中の車中ということで眠りが浅かったのかもしれない。
窓の外を流れる知らない風景を眺めながら、運転を続ける母上とたわいもないおしゃべりをすること数分。
ようやく目的地に着いたようだった。
そこはこじんまりとした木造二階建ての、少しばかり年季の入った雰囲気の一軒家だった。庭は車二台分の駐車スペースの奥に申し訳程度にちょこんと。
吉倉家の迫力に慣れ始めて、比較基準がおかしくなっている自分がいるのでアレだが、ごく一般的な一軒家だ。
両隣も似たような住宅が建ち並んでいる。
だが目の前にしている家は、僕にとっては吉倉家よりも身近で重要な場所。
なぜなら表札は楷書体でこう書かれていた。
”八代”
それが意味するところは明白。
「……おかーさんの家?」
「そうだよ。お母さんが子どもの頃に住んでた家だよ。あとお母さんのお父さんとお母さん――まーくんのおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいるところだよ」
そう言われて、もう一度家を見渡す。
母上の実家だった。
質問を肯定で返された僕は、妙に鼓動が早くなっていた。
生まれて初めての緊張。
スズカに抱き着かれても、ミオさんとお風呂に入っても、平常心を失うことが無かった僕が。
……ふぅ。
ドキドキの方向が違うね。
一旦落ち着こう。
何度もシミュレーションしてきたじゃないか。
遅かれ早かれ会う機会が来ると思って。
祖父母。
母上の父と母。
会ったことはないけど、正直僕の中で祖父母に対する印象は良くない。
ろくに知りもしないのに、そういった印象を抱くのは違うと分かっている。
しかし、母上が実家と電話で連絡をとった後は決まって落ち込んでいて、それでも僕に対しては事情を悟られないようにと気丈に振る舞おうとしている姿を見てしまったら。
今は母上も精神的に安定したのか、それほど深刻そうではないけど、僕が一歳になるころまではね。
母上と祖父母の確執は、会話の端々から何となく察している。
母上が片親で僕を産むことを決めて、その件でいろいろとすれ違ってしまって今に至っていると。
だがこれ以上詳しいことは知らない。
母上もミオさんも、おそらく事情を知っているであろうミツヒサさんも、この件に関しては僕の前で口にしようとしない。
デリケートな話なので、僕から聞くのも憚られる。
もしかしたら聞けば教えてくれたのかもしれないけど、母上の辛そうな表情を見るのは心苦しい。
母上にも祖父母にも、それぞれの視点からのそれぞれの意見があるはずなので、誰が正しいとか誰が違うとか言うつもりはない。
だけど、少なくとも僕は母上の肩を持つ。
僕のことを大切に思ってくれているのは知っているし、そのために頑張っていることも知っている。
そんな感じなので、正直なところ祖父母には会いたくない。
まだ会ったことも無いのに、苦手意識が明確にある。
僕にだって苦手な人がいないわけではない。
幼稚園の友達の親でも少なからずそういう人はいる。
でもそういう人からは逃げればいい。ご近所さんでもない限りはそうそう接点もないし、時間が経てば疎遠になっていくだろう。
だけど、祖父母に関しては違う。
住んでいる家は離れているけど、縁が切れることはない。
母上が実家に僕を連れてきたことからも、その関係をどうにかして良い方向に持っていきたいと思っているはずだから。
「まーくん緊張してる?」
そんな僕の心情を察したのか、母上がしゃがみ込んで目線を合わせてくれる。
緊張……と言っても間違いではない。
どうすれば祖父母にとって、良い孫という印象を与えられるだろうか。
母上と祖父母の関係を修復するのに、僕ができることは何だろうか。
表情を取り繕うことはそれなりに得意なつもりではあるけれど、上手く接することができる気がしない。甘えるのが下手という自覚もある。
「――大丈夫よ。お母さんが一緒にいるから」
眉間に皺が寄っているであろう僕を、安心させるように微笑む母上。
とりあえず、この場で立ち止まっていてもしょうがない。
今すぐ良い答えが見つかるとも思えない。
それに母上が大丈夫って言ってるんだから、そうそう悪いことになることもないだろう。
母上を信じているからね。
当たって砕けようじゃないか。
……意気込みの話ね? 本当に砕けたら目も当てられないことになりそうだから。
「うん、大丈夫」
「さすが、まーくんは強い子だね」
そう言いながら僕の頭を撫でると、母上は鞄から鍵を取り出し、慣れた手つきでカラカラと軽い音をさせながら玄関を開ける。
「ただいま」
「……おじゃまします」
そうして僕は母上に手を引かれながら、母上の実家に足を踏み入れた。
読んでいただきありがとうございます。
次回、マコトのじーさんばーさん登場…
ざまぁの有無は、まぁ今までの感じからご想像ください…




