#067 聖夜はぐっすりと
吉倉家での楽しいクリスマス会もお開きとなり、見慣れたアパートの部屋へと帰ってきた僕たち。
立派な家も羨ましいとは思うけど、やっぱり我が家の方が落ち着くんだよね。
まぁ、今いるのは戸塚家だけれども。
間取りは一緒だし、起きてる時間は戸塚家の方が長い気がするし、第二の我が家と言っても過言ではない。
一旦自宅に戻り、お風呂を済ませた僕と母上は、戸塚家にお邪魔している。
僕は寝巻代わりのスウェット。母上も似たような感じだ。
戸塚家もお風呂を済ませたようで、揃って可愛らしいパジャマ姿だ。
もちろんミツヒサさんは可愛いの対象ではないが。ミオさんも可愛いというよりはセクシーと言った方が正しいかもしれない。
せっかくのクリスマスなので、軽めの晩御飯を戸塚家と一緒に取り、今はまったりとした時間を過ごしている。
長い夜を楽しもうじゃないかということで、寝落ちしても大丈夫なようにやることを済ませて遊んでいるわけだが――
「すーちゃんもうお布団行く?」
「……ぅぅん……もうちょっと……まーくんと……いっしょにいたい……」
ミオさんの問いかけに、スズカは半分閉じかけている目をこすりながら答える。必死に眠気と戦っているようだった。
そして、反対側の手ではしっかりと僕の手を握って離さない。
かく言う僕も、かなり前から睡魔に襲われていた。
今日一日で結構遊んだからね。
午前中も幼稚園から出された冬休みの宿題の縄跳びを一緒にしていた。
ジュンと違ってお昼寝もしていないから、いつもより早い時間に眠たくなってくるのもしょうがない。
クリスマスの夜に、子どもたちをさっさと寝かせるための大人たちの作戦に、まんまと引っかかってしまったようだった。
「……まぁ……くん…………」
うつらうつらと船を漕いでいたスズカがコテンと僕の膝上に倒れ込み、そのまま夢の世界へと旅立つ。
無防備な寝顔を見せてくれるスズカの頭をひと撫でした僕は、繋いだ手をゆっくりと解いてミオさんへと視線を向ける。
それだけで察したミオさんは、スズカを起さないように抱き上げ、布団へと寝かせる。
そろそろ良い子は寝る時間か。
まだ午後7時にもなっていないが、サンタさんを迎えるためにも早めに寝ることにしよう。
僕も母上に手を引かれながら家に帰り、すでに敷かれている布団へと潜る。
布団の中が自分の体温でだんだんと温まり、母上が優しく頭を撫でてくることもあって、瞼がどんどん下がってくる。
「今日は楽しかった?」
「……うん、……楽しかったよ」
「来年もまたみんなと一緒にクリスマス会やろうね」
「…………うん」
「……おやすみ、まーくん」
「………………おやすみなさい、……おかーさん…………」
心地よい声を聞きながら、僕も夢の世界へと旅立った。
***
そして目が覚めた。
首だけを捻って時計を見る。
どうやら早く寝てしまった分、いつもよりも早めに起きてしまったようだった。
隣では母上が静かな寝息を立てている。
そんな母上を起さないように、寝転がったままゆっくりとあたりを確認する。
去年もそうだったからね。
12月25日の朝と言えばアレだろう。
クリスマスプレゼント。
子どもっぽいと思われてしまうかもしれないが、朝起きて枕元にプレゼントが置かれている状況はワクワクせざるを得ない。そのプレゼントが何であれ。
それに、母上が僕のことを想って用意してくれたものであるのだから嬉しくないはずがない。
枕に頭を預けたまま、右見て左見て、もう一度右を見る。
横断歩道を渡る時と一緒だね。
そして何もないことを確認して……
……あれ?
ないの……?
……もしかして、今年は良い子にできていなかったのだろうか……
思い当たる節は……ないこともないけど……
隠し事とか結構しているし……
何とも言えない感情を抱き、天を仰ぐように両手を頭の下へと潜り込ませようと動かすと、途中で何かにコツッと触れた。
予想していなかった現象にとっさに手を引っ込め、顎を持ち上げて頭上を見る。
そこには赤色でラッピングされた箱が置かれていた。白の水玉模様が、どこかクリスマスっぽさを演出している。
その存在に妙な安堵を覚えながら、クリスマスプレゼントを観察する。
その大きさは、僕の丸めた体がすっぽりと収まるくらい大きかった。
僕が入れる……?
……
……スズカが入ってたりしないよね?
いくらミオさんでも、まだ幼い愛娘を箱に入れて、お隣に住む男の子の枕元に置いていくことはしないよね?
洗濯籠の中に入ってミツヒサさんに持ち上げてもらって遊んでることがあったけど、さすがにないよね? 洗濯籠壊れてミオさんに怒られたし。
……
僕は目を閉じて、耳を澄ませる。
シーンとした中、母上の静かな寝息だけが聞こえて来る。
頭上から人の気配はしない。
試しにコンコンと箱をノックしてみるが、うんともすんとも言わなかった。
その代わり、母上が寝返りを打つ。
……
……僕はいったい何をしているんだ?
スズカが入っている訳ないだろう。
やるなら逆だ。
なぜかそう思った僕は、とりあえず布団を被り直した。
しばらくすると、隣で母上がごそごそと動き出す。
母上の無防備な寝顔を眺めていると、目を覚ました母上とバッチリと目が合う。
「…………おはよう……まーくん」
「おはよう、おかーさん」
母上はゆったりとした動きで、僕の頭に触れながら挨拶を交わす。
「……今日は早いね。……プレゼントが楽しみで、目が覚めちゃった?」
その問いに、とりあえず頷いておく。
実際は違うが、否定するのもどうかと思うので。
そんな僕の答えに気を良くしたのか、母上は僕を母上の羽毛布団の中へと引きずり込む。習慣となっているおはようのチークキスをしながら、母上の温もりに包まれる。
「……プレゼント開ける?」
「いいの?」
「もちろん。サンタさんが今年一年良い子にしてたまーくんにって、プレゼントしてくれたんだもん」
「…………」
「……どうしたの?」
「もうちょっとこのままゴロゴロしてたい……」
……まぁ焦ることはないよね。
布団の外は寒いし。
そして、しっぽり……はなんかいかがわしいな……がっつり……じゃなくて、ほっこり……でもなく……
あっ……まったりとした朝の時間を堪能した僕は、いよいよプレゼントの前に。
母上に見守られる中、ペリペリとラッピングを丁寧に剥がしていく。
そして現れたのは、やはり段ボール箱。
ノックした時の音と感触で分かっていたが。
その段ボール箱のラベルを見ると、何が入っているのかは一目瞭然だった。
「……自転車?」
「うん、そうだね」
補助輪付きの自転車だった。
実を言うと、ランニングバイクはすでに持っている。
一昨年のクリスマスプレゼントがそうだった。
ただスズカが普通に走る方が好きなのか、邪魔という感想を抱いてしまったようで、そんなに出番が無かった。それでもちゃんと乗れるが。
ただ最近は、ユウマの家で自転車に乗って遊んでいるしほちゃんたちを見たせいか、その様子を羨ましそうに見ることが何度かあった。
そんな背景を想像しながら、僕は母上に感謝の言葉を――
「ありがと、おかーさん!」
「どう…………違うよまーくん。サンタさんにお礼言わなきゃ」
「……そうだった。サンタさん、ありがとうございます」
母上に指摘され、とりあえずベランダの方を向きながら頭を下げた。
読んでいただきありがとうございます。




