#066 平常運転
「おじゃましまーす!!」
小一時間ほどテレビゲームをして遊んでいると、玄関の方から元気な声が聞こえて来る。
「よぉまこと!」
「こんにちは、ジュン」
ちょうどお手洗いに来ていた僕は、手を洗い終えてすぐのジュンと鉢合わせる。
「まず手を拭きなって」
「はんかちわすれた! おかーさん、はんかち!」
「ズボンのポケットに入っているでしょ」
「そーだった」
そう言われて思い出したジュンは、ジャージのポケットの中からタオル生地のハンカチを取り出し手をふく。
「ちゃんと拭かないと手痛くなるぞ」
「わかってるってー」
雑に水気を拭き取りがちなジュンに、ついつい小言を言ってしまう。
あかぎれになってしまってからでは遅いのだ。
「ほいっ!」
念入りにふきふきとしたジュンは、チェックをしろと手のひらを僕に見せつけてくる。
うん、問題ない。
……って僕はお前のオカンか。後ろに居るだろうに……
ちなみにスズカは言われなくてもちゃんとやる。ミオさんと「こうしようね」って約束して、僕もやってることは絶対に守るからね。ほんとスズカ偉い。
それに比べてこっちの子は……
「ほらジュン、手出して」
「ほい」
僕はポケットから取り出したチューブをぶちゅっと潰し、ハンドクリームをジュンの掌に出してやる。もちろん自分にも。
スズカのぷにぷにとした可愛らしいお肌を守るために常備するのは当たり前だろう?
それにカサカサした手だと、スズカが手を繋いでくれなくなるかもしれないだろう?
乾燥する季節には必須アイテムだ。
「ほんとマコトくんがジュンの傍に居てくれると助かるわぁ~」
サナエさんが感心した様子で、僕を褒めてくれる。
だが慢心はしてはならない。褒められるのは僕が子どもだからだ。大人になったらそれが普通なんだから。
「まことといっしょにいるのはたのしいからな!」
そしてジュンは相変わらず見当違いな解釈を。
まぁジュンのそういうところ、嫌いじゃないよ。見てておもしろいからね。
「それにしても遅かったね。何かあったの?」
「ヒーローはおくれてやってくるんだ。ますにーちゃんがいってた」
「お前はいつから何のヒーローだよ……」
「……きょうからまことのヒーロー?」
どうやら僕がヒロインらしい。ここはきゅんとしておくべきところか?
と言うかそんなにか弱いかな僕。確かにかけっこと縄跳びでジュンに勝てないけども……
「お昼寝して寝坊したのよ」
「あっ、かーちゃんいうなよ!」
背後からの援護射撃が直撃したジュンは、サナエさんに報復するために突進攻撃を仕掛けるが、頭を押さえられてあえなく失敗。
いくらジュンでも体格差がありす…………いえ、なんでもありません。
ジュンは寝起きは強いんだけど、起きるまでが長いからね。
今日も寝たまま車に放り込まれて、吉倉家に来る道中に目を覚ましたんじゃないかな。
服装もジャージだし……
と思ったけど、幼稚園以外でのジュンはジャージ姿しか記憶にないや。
クリスマスなのにと思われるかもしれないが、今日はジュンのお気に入りのジャージを着ているから、本人的には一張羅なんだろう。それに僕以上に服に興味なさそうだしね。現に今も「はらへったー」なんて言って、おやつを求めているくらいだ。
しかし遅れて来たことに関しては、ちょっと反省していただきたい。
時は午後三時前。
別に遅れているわけではないが、ジュンが来ていないから何時までもケーキを食べられないんじゃないかと、他の子どもたちが不安がっていたはずなのだ。ゲームに熱中してて、あんまり気にした様子はなかったけども。
だが良い機会だ。遅れて来ると損する事があるのだとこれを機に……
「……すまんジュン、すでにケーキは……」
「――!?」
ケーキという単語に反応したジュンが、サッと血の気の引いた顔で振り返る。
いつも元気いっぱいのジュンが、いつになく不安そうな表情をしている。
「……え、もうないの…………?」
想像以上にショックを受けていた。
食べることが大好きなジュンにはダメージが大きかったようだ。
ちょっと大人げないことをしてしまったのかもしれない。「もうない」とは一言も言ってはいないが。
「……あるって。ちゃんとジュンが来るまでみんな待ってたから」
「ほんとーか……?」
「ほんとほんと。僕がジュンに嘘ついたことないでしょ?」
「それもそうだな! びっくりさせんなよ!」
「ただ次は待てるかわかんないからね……?」
「おう!」
今まさに嘘をついている最中なのだが、純粋無垢なジュンは何一つ疑うことなく僕の言葉を信じたようだ。
ここまで素直だと、変な人に騙されないか心配になってくるんだが……
同じ感想を抱いているのか、サナエさんも頭を抱えている。
先ほどまでのどんよりした雰囲気が霧散したジュンは、現金な様子で僕と肩を組んで一緒にリビングへ。
戻ってくると、すでに母親たちによってケーキの準備が始まっており、子どもたちは待ちきれないとばかりに良い子にテーブルの前に座っていた。
「お! すげぇ! ケーキだ!」
「――みゅ!?」
ケーキの存在を目視したジュンが、一目散にテーブルへと駆けていく。
もちろん肩を組んでいる僕も引きずられる。
「――ジュン、ステイ」
「すてい……?」
「落ち着けジュン。ケーキは逃げないから……」
ジュンと一緒に、テレビ前のローテーブルを囲むように座る。
反対側にはもちろんスズカなんだけど――
「えっと、どうしたのすーちゃん?」
「……なんでもない」
「そっか」
取り分けられたケーキが用意されるまで、おぶさるように抱き着いてくるスズカだった。
ケーキを美味しく食べ終えると、そろそろ帰る時間を意識し始めるのだが、その前にとあるイベントを。
3×3のマスが描かれた紙を渡される。
中央のマスを指で押し込んで後ろに倒す。他のマスにはおそらく50以下の数字がランダムに一つずつ書かれている。
イベントの定番、ビンゴゲームだ。
短い時間で終わらせることができるよう、5×5マスではなく3×3マス。
ナナミさん主導の元、母親グループで企画されていたようだ。
ちょっと良い縄跳びとか、文房具セットとか、お菓子が詰まったクリスマスブーツといった、高くても千円くらいの景品が用意されている。
そして、ローテーブルの上にはガラガラと回して玉が出て来るビンゴマシーンが鎮座している。
一般家庭にあるものなのかとも思ったけど、吉倉家を一般家庭の括りに入れてはいけなかったね。
そうして始まったビンゴゲーム。
子どもたちで順番に、ガラガラとビンゴマシーンを回す。勢いよく回し過ぎて玉を飛ばす奴もいたが。
番号があるないで一喜一憂したり、先にビンゴした子に欲しいものを選ばれないように祈ったりしながら、楽しい時間は過ぎていく。
もちろん僕は遠慮して……
と思っていたけど、全然ビンゴにならなかったとだけ言っておく。早い段階で4つまでは開いたんだけどね……
まぁ、スズカが欲しいものを手に入れられたようなので良しとしよう。
読んでいただきありがとうございます。




