#064 吉倉家
スズカと母上としりとりをしながら、車に揺られること十数分。
僕らはとある住宅街の一角に来ていた。
表札には漢字とアルファベットで”吉倉”。
改めて言うまでもなく、我が友ユウマの家だ。
実を言うと、何回か遊びに来たことはある。夏休みの時は週一ペースだったし、それ以外でも最低でも月一で来ている。来慣れたもんよ。
そんな吉倉家だが、大豪邸……とまではいかないまでもかなり広い。
まず目に入ってくるのは道路に面しているシャッター付きガレージで、横並びで四台が格納できるようになっている。
今はシャッターが閉まっていて見ることはできないが、向かって左からイタリア、日本、ドイツ、ドイツと並んでいたはずだ。以前から変わっていなければ。
そしてバイクも一台。プールの授業の際にもお世話になったあのメーカー。ほんと色々作ってるよね。
ちなみにユウマが好きなのは日本のやつだって。やったね日本。今から10年くらい前の車でニュルがどうとか。
そんなガレージの前にもいくらかスペースがあり、母上の車もそこへ停められている。
その価格差を気にしたら負けだ。僕にとっては母上もスズカも乗っていない車はただの車だ。……ちょっと意味は分からないが。
憧れは……まぁ僕だって男の子だし? 無いと言ったら嘘になる。
気を取り直して。
スズカが母上に抱えられてチャイムをプッシュ。そしてインターフォンのカメラをじっと見つめている。
僕はと言うと、向こう側から見たいと思いながらその様子を見守る。
『――はい、どちらさまでしょうか』
「……とつかすずかです。あそびにきました」
「は~い、ちょっと待っててねぇ~」
スピーカーから発せられる優しそうな女性の声に、スズカが受け答えをする。
うん、よくできました。
確かこういうインターホンって録画できるんだよね?
……
そんなことを考えていると、ガシャリと電子ロックが解除される音がして、門が開かれる。
「いらっしゃい」とナナコさんに出迎えられ、木目調の柵に囲われた敷地に足を踏み入れる。
そうすると、ようやく吉倉家の全体像が見えてくる。
左手から正面にかけて、ガレージから屋根続きの家屋。正面部分の家屋は三階建てだ。
落ち着いたトーンの和モダンな外観で新築のように綺麗だ。実際ユウマと同い年ということなので新しい。
今はクリスマスと言うことで、景観を崩さない程度にイルミネーションで飾られてもいる。
そして右手にはテニスができそうなほど広い庭があり、一面に芝生が敷き詰められている。
奥の方にはゴルフネットが設置されている。最初見た時は弓道の的かと思ったのは恥ずかしいのでここだけの話。
これがユウマの家だ。
……ヤバくね?
初めて遊びに来た時は、開いた口が塞がらなかった。
なんでも、吉倉家はユウマの祖父の代から不動産業を営んでおり、今はシンジさんが取締役を引き継いでいて、いわゆる社長さん。
ちなみにナナコさんは宅建士という職業らしい。名前は聞いたことあるけど、何してるのかはよく知らない。確か国家資格が必要な職業だったはず。そういえばまだちゃんと調べてなかった。帰ったら電子辞書。
ということで、ユウマ、社長のご子息だった。
まぁ何となく育ちの良さと言うか、雰囲気は漂ってはいたんだけどね。
ユウマが「おとーさんね、お家持ってるんだよ」って教えてくれたけど、まさか土地転がしてるとは思ってなかった。
普通はマイホームだと思うじゃん? ユウマを子どもに持つ年齢だったら、それくらいでも十分凄いと思うじゃん。実際はミツヒサさんよりちょっと上らしいけど、売り物として持っているとは思わなんだ。
これが生まれながらにしての勝ち組というやつなのかもしれない。
そして現在、その親友ポジションを得ていると思われる僕も、中々の強運の持ち主ではないだろうか。
やはり持つべきは友人。このご縁は大切にしたいところだ。
残念ながら人生はそうそう上手くいくものではないけれど。
でも別に社長の息子だから仲良くしているわけではないよ?
初めて遊びに来るまでは知らなかったし?
他の友達とも仲は良いし?
説得力はないかもしれないが。
それにユウマと仲良くなった経路は別にいる。
その子ももう来ているはずだろうし、早くお邪魔しようじゃないか。寒いんだから。
なんて思っていると、玄関がひとりでにガラリと引かれる。
そこから顔を出したのはユウマ――
「すーちゃんとまことくんきたよぉ!」
――ではなく後藤家のしほちゃん。
しほちゃんはスズカと僕の姿を確認すると、ほんわりと笑顔を見せる。
なぜしほちゃんが吉倉家から出て来るかというと、今日のクリスマス会に招待されている内の一人だからだ。
後藤家はここから徒歩5分ほどの場所にあるご近所さん。
それぞれのお姉さん方も仲が良いので、僕ら以上に頻繁に遊びに来ているはずだ。
スズカと僕のような、いわゆるご近所幼馴染の関係だね。
そんなしほちゃんの声に反応したのか、ユウマが走ってきて顔を出す。
「まこと! すずかちゃん! まことのおかーさん、こんにちは!」
元気よく丁寧な挨拶に、僕ら三人も挨拶を返す。
「――まこと、はやくきて! たすけて!」
「ぉお……?」
そしてユウマが何やら急いだ様子で僕の手を引く。
「助けて」とは穏やかではないが、ちょっと待っていただきたい。
お前とスズカに手を掴まれ両手を塞がれていては、いくら僕でも靴が脱げない。僕はお前と違ってスリッパじゃないんだって……
「ユウマ、ステイ」
「すてい……?」
「……待って。靴を脱がせて」
「あ、うん、ごめんね?」
「いいよ」
ユウマから解放された僕は靴を脱ぎ、きちんと揃えてから広い玄関ホールに上がる。スズカはニット帽も取って母上に預けている。
「お邪魔します」
「……ます!」
「まことはやく」
「……先に手洗いうがいをさせて」
急いでいるようだが、しっかりとやることはやらないとね。
そして僕らは、すでにクリスマス会を楽しんでいるであろう子どもたちが待つリビングへと向かった。
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