#059 調査手段
自分の誕生日なんて数字の羅列でしかない。
何度も書いたり入力したりするだけで、毎年来るその日に何があるわけでもない。
仕事は休みにならないし、定時に帰ることができるわけでもない。
休日でも体力の回復スピードが上がるわけでもないし、プレゼントに仕事を貰うことも。……それは誕生日に限ることではないか。
仕事ばかりしていると、親しかった友人もいつの間にか離れて行って、誕生日を祝うこともなくなる。
だから自分の年齢が上がっていることも忘れていて、記入した満年齢を書き直す羽目になったこともあった。
仕事で年齢ってどうでもよくないか?と、その時本気で思った。
何だろうね。初めて一緒に仕事するときに、最初に年齢聞いてくる人。
そんなことよりまずスキルを聞くべきじゃないのか? 年齢で仕事を任せる気か? 呼び方でも気にするのか? 知らないなら年上も年下も”さん”でいいんだよ。そこに拘る人に限って、年下上司に対して揚げ足ばっかり……
おっと、話が逸れた。戻そう。
忘れた頃にやってくる災害と誕生日。
やっかいだね……
――と前世では思っていた。
もちろん今は違う。
祝ってくれる人がいる。
喜んでくれる人がいる。
だから、自然と楽しみになってくる。
正直まだ祝われる側は慣れない。
単純に照れくさいし、どんな反応をしたら相手が祝って良かったと思ってくれるかと考えてしまって難しい。
そして、祝ってもらえるとそのお返しもしたくなる。
大切な人の誕生日を大切にしたくなる。
誕生日に自然と「おめでとう」と言いたくなる。
スズカの誕生日も。
母上の誕生日も。
ミオさんの誕生日も。
ミツヒサさんの誕生日も。
そして、ふーちゃんときょーちゃんの誕生日も。
他にもたくさんいる。
……まぁ、お年を気にされている方も居られるとは思うので、慎重にならねばならないが。
というわけで、本日は僕の誕生日。
そして、今年の誕生日は偶然にも土曜日。
朝から母上と一緒に戸塚家にお邪魔していて、みんなでお祝いついでに遊ぶ予定となっている。まぁ祝う以外はいつも通りってことだね。
ちなみに、お友達を呼んでのお誕生会はやらない。
自慢じゃないが、お誕生日会を開くとばら組の子たち全員が来ようとする。
幼稚園ではその月毎に誕生日の子どもをみんなで祝う会みたいなのがあるため、お互いの誕生日が何月なのかがすぐにわかるようになっているんだけど――
僕の誕生月に近づいたある日のこと。
目ざとい子に「まことはおたんじょーかいやるの?」と聞かれ、僕が何か答える前に「いきたい」と他の子たちも群がってきた。
まるでアイドルだね。人生最大のモテ期かもしれない。男女問わずだが。
来たがってくれるのは嬉しいけど、さすがに全員を家に呼ぶのは難しい。保護者の都合で全員とは行かないまでも、どう見ても定員オーバーだ。普通のアパートの一室に子どもが最大20名に保護者が付き添う。
かと言って、どこかで会場を借りるのもどうかと思う。幼稚園児が集まるとなるとファミレスあたりになるのかな。
うん、さすがにそこまでは……。
数人だけを呼ぶのももちろん考えた。
ユウマやしほちゃん、ジュンあたりとは他の子たちよりも親しい間柄だ。
親同士も仲が良いみたいだし。
でも彼らだけを呼ぶとなると、友達を選んでいるようで申し訳なくなってくる。
他の子たちに秘密にするのも心苦しいし、たぶん無理だろうし。
……考えすぎか?
それにやるとなると、我が家がホストだ。母上が大変。
場所の準備やらお返しのお菓子の準備だったり……そして片付けも。
スズカは必ず参加(できなければ日を変える)なので戸塚家も協力してくれそうだけど、双子のお世話もあるので手を煩わせるのは心苦しい。それに騒がしくなると双子への影響も……
そういうわけで、お誕生会はお隣さんだけとやることになった。
***
みんなでバースデーソングを歌ってくれて、恒例となっているミオさんの手作りケーキをちょっとだけ食べる。残りはおやつに。おいしかった。
食べ終わると、母上が綺麗にラッピングされたプレゼントをどこからともなく取り出し、祝いの言葉と共に僕の目の前に差し出す。
「まーくん、四歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとう。開けてみていい?」
「もちろん」
形は直方体。箱か何かに入っているものだろう。
そして、大きさの割に軽……いや、そこそこ重さを感じる。
いったいなんだろう。四歳の誕生日にもらえそうなもの……。
今回は母上に何が欲しいか直接聞かれることは無かった。その分普段の行動を観察されていた気がした。気のせいかもしれないけど。
うーん。
図鑑……とかではなさそうかな。
それにそういったものは戸塚家と共有してる。スズカと一緒に見ることがほとんどだから、大人たちで相談して順番に買ってくれる。それゆえ、プレゼントにはおそらく選ばれない。
知育玩具系……にしては箱の小さい気がする。
となるとデジカメ……じゃなくて携帯ゲーム機かな? 最近3Dになって新しくもなったし。できれば大きいやつの方が見やすくて好きなんだけど……
などと予想しながら、ペリペリと丁寧にラッピングを広げていくと。
「これは……」
辞書だね。
夏休みに口が滑ったときのを覚えていてくれたみたいだ。覚えられていたと言った方が正しいか。
僕は辞書が入った箱の裏側を見る。
収録されているのは国語辞典から始まり、英和、和英……。
100を超えるコンテンツに加えて文学作品にクラシック。……クラシックって何だ? 音楽か。え、聞けるの!?
辞書は辞書でも電子辞書だった。
うん、非常に嬉しい。
たまに英単語とか思い出せなくて、でも調べる方法が無くてモヤモヤしてたんだよね。
ネットで調べるという感覚が染みついてて忘れてたけど、学生時代は電子辞書が最先端だった。収録されているナンプレを授業中にやってて、先生に指されて慌てたりとかしてた奴もいたっけ。
おっと、問題集も入ってる。これで自分の実力も試せるね!
英和とか和英だけじゃなくて、英会話表現とかも入ってるのが素晴らしい。
これは非常にありがたい。
感謝の気持ちを伝えねばッ!
――と思ったけど、四歳って電子辞書がどういうものなのか知っているものなのだろうか? ここで素直に喜んだら、知ってるってことになるよね?
スズカが隣から僕の手元を覗き込んでいるけど、首傾げてるから四歳児の知るところではないだろう。
四歳の誕生日プレゼントに電子辞書を贈っちゃう母上だからなんとかなるかな?
というかこのチョイスって僕の普段の行動が原因だよねやっぱり……
気を付けないと……
それともネタ……だったりするのかな。
ミオさんも一枚噛んでいるような表情してるし……
「おかーさんありがとう。でもこれってなにするもの? ゲーム?」
「言葉の意味を調べられるものだよ。日本語だけじゃなくてまーくんが好きな英語だってどういう意味かを教えてくれるんだよ?」
「すごいね!」
「あとで使い方教えてあげるね」
「うん、ありがとおかーさん! 大切にする」
「どういたしまして」
こうして僕は、電子辞書という調査手段を手に入れた。
読んでいただきありがとうございます。
次話も誕生日回が続きます。もう少々お付き合いください。
母上からだけじゃなく、戸塚夫婦とすーちゃんからのプレゼントもあるので…




