#055 戸塚家の新たな家族
ミオさんが帰ってきたことにより、戸塚家の雰囲気は一気に明るくなった。
別に今までが悪かったということではないが、それだけミオさんの存在はスズカやミツヒサさんにとって大きいということなんだろう。
だがトイレから戻ってくると、三人は静まり返っていた。
まぁ何となく察しはついているけどね。
スズカは戻ってきた僕に対し、「しぃーっ」と人差し指を口元に当てて静かにするようにと求めてくる。たぶんミオさんからそう言われたんだろう。相変わらず可愛らしいね。
寝室へと続く引き戸。
その先にいる子たちに対する配慮なんだろう。
いよいよご対面だ。
産後のお見舞いに行ったときはさすがに会うことはできなかったので、スズカも僕も”はじめまして”になる。
スズカはわくわくがおさえられないようで、先ほどから僕の手をにぎにぎとして落ち着かない様子だ。
いつ会えるかと楽しみにしていたのだから当然なのかもしれない。
立派なお姉ちゃんになりたいとお勉強やお手伝いを頑張ったり、ミオさんやミツヒサさんとの約束事を守ったり、お行儀良くしたりと張り切っていた。
ちょっと寂しくなって甘えんぼになったりすることもあったが、まだ見ぬ妹たちの存在は、スズカにとってすでに大きな存在となっている。
かく言う僕も少しばかりドキドキしている。
たぶんこれが新しい家族ができる感覚というものなんだろう。
血のつながりは無くとも、戸塚家と過ごす時間は母上に負けず劣らず。スズカに至っては言わずもがな。
「ふーちゃんもきょーちゃんもおねんねしてるから静かにね?」
ミオさんが小声でそう言いながら、ゆっくりと引き戸を開ける。
その先には昨日までは無かった物、そして懐かしい物が鎮座していた。
スズカが使い、そして僕が引き継いだものだ。
一緒に中に入って遊んだりお昼寝したり。
スズカが乗り越えようとするのを、必死に掴んで止めたりしたこともあったっけ。
スズカとの思い出はここから始まったと言っても過言ではない。
そんな思い出の詰まったベビーベッドは、再び戸塚家へと戻り現役へと返り咲いていた。
スズカはそんなベビーベッドを懐かし……む様子もなく柵にしがみつき、隙間から新たな住民を覗き込む。まぁ幼児に思い出に浸れって言うのも難しいものがあるよね……
気を取り直して。
僕もスズカと一緒に覗き込む。
そこにはまだ髪も生え揃えていない赤ちゃんが二人。
一つのベビーベッドに二人並んで眠っていた。
戸塚家は初めての場所だというはずなのに、安心しきった様子ですやすやと。
寝相が左右対称なのは、さすが双子と言うことなのだろうか。
同じタイミングで手や足がピクピクと動いたり寝返りをうったりしている。
顔立ちは……どちらかというとミツヒサさんに似ているのかな……?
ところどころミオさんにも似ているような気もする。
スズカはそんな双子を交互にじっと見つめている。
その表情からは何を考えているのかはよくわからないが、お姉ちゃんになったということを実感しているのかもしれない。
「「あぁーぅ」」
「!?」
少し動き出したかと思ったら、突如として声を上げだす双子。
その様子にピクっと驚くスズカは、どうすればいいのかとミオさんを見上げる。
そんなミオさんは「大丈夫だよ」とスズカの頭を撫でながら、視線の高さを合わせて一緒に双子の様子を見守る。
おそらくこれは”寝言泣き”。文字通りただの寝言のようなものだ。赤ちゃんが何かを求めて声を上げているわけでは無いので、すぐにまた静かに眠り出す。
そして、スズカは再び双子の妹――楓華と杏華をじっと見守り始める。
僕の手を掴んだまま……
◇◇◇
双子が泣き出してミオさんが授乳を、そして僕らもおやつタイムということでリビングに戻ってくるとそこには母上がいた。
「おかーさん、おかえりなさい……?」
「ただいま」
あれ、なぜここに母上が?
時計を見てもまだ四時過ぎだ。
「お仕事はいいの?」
「今日はミオの帰宅パーティーだからね。お昼からお休みもらったの」
どうやらそういうことらしい。
ミオさんの帰宅日を事前に知らされていた母上は、ミツヒサさんと共にミオさんを迎えに行って、それからは帰宅祝いの準備を進めていたらしい。朝家を出るまではいつも通りだったので、全然気が付かなかった。
おやつのプリンを食べ終えると、授乳を終えたミオさんもリビングにやってきた。ミオさんがフウカ、ミツヒサさんがキョウカを抱いて。
「起きちゃった?」
「うん、完全に」
母上は寝室からベビーベッドを引っ張ってきて、リビングに双子のスペースを作る。キャスターがついているので移動は楽ちんだ。
寝かされた双子は、手足をバタバタと動かしていてご機嫌なようだ。
母上が二人にそれぞれ指を伸ばすと、フウカとキョウカはその指をきゅっと掴む。
「すーちゃんとまーくんもやってみる?」
羨ましそうに見ていたスズカと僕に、ミオさんが提案してくる。
コクリと頷くスズカは、母上に抱えられながら妹たちに指を近付ける。
「おねぇちゃんですよ~。はじめまして~って」
ミオさんがスズカを紹介するように双子に声をかける。
そしてスズカの小さな指を、これまた小さな手で握るフウカとキョウカ。
「はじめまして……!?」
思っていたよりも握る力が強くてびっくりしたようだ。
姉妹の初めての触れ合いに、ミツヒサさんはその様子をすかさずビデオカメラを回して記録に残し始める。
「かわいい……」
指が離れたスズカは壊れ物を扱うかのように、優しく双子を撫でる。
良い姉妹になりそうだ。
「マコトおにいちゃんですよ~」
「はじめまして~」
続いて僕も指を出してみる。
フウカとキョウカはその指をきゅっと掴んで、ぶんぶんと楽しそうにその腕を振り始める。
「二人ともまーくんが気に入ったのかな~?」
ミオさんの何気ない一言に、約二名ほどピクリと反応する。
「マコト……」
「むぅ…………?」
ミツヒサさんからは羨ましそうに、そしてスズカは自分の抱いた感情がよくわからないといった様子で。
……たまたまだよ。
とにかく、戸塚家に新たなメンバーが加わった。
ふーちゃんときょーちゃん。
二人が成長する姿が楽しみだね。
読んでいただきありがとうございます。




