#054 戸塚家の再会
運動会から二週間弱。
スズカと僕は幼稚園の授業を終えて、帰りのバスに揺られている。すっかり慣れたいつも通りの毎日だ。
だがスズカはどこか寂しそうな様子。
それもそのはずだ。
ミオさんは出産、そして産後の入院でしばらく家に帰ってきていない。
ミオさんと会ったのも、産後翌日に一度だけ。
ミオさんが会いたいということでスズカと母上とで面会に行ったっきりだ。
スズカも会いたそうにしているが、産後で体力が落ちているところに双子のお世話やら何やらで大変そうなので、負担にならないように会いにいくのを我慢している。
ミツヒサさん曰く、「すーちゃんに会いたい~。まーくん手伝って~」とボヤいているそうだが我慢している。ミオさんのため……
「……きょうママかえってくる?」
大好きなママと長く会えていないということもあって、スズカはミオさんの帰りを首を長くして待っている。毎日のようにミオさんが帰ってるかどうかを気にしているのだが、あいにくと僕も退院予定日は知らない。
「帰ってきてるといいね」
「………………むふぅ」
とりあえずスズカの頭を撫でておく。
そろそろこれではぐらかすのも限界な気がしているので、早めに帰ってきて欲しいです、ミオさん。
◇◇◇
バスが停留所に着き、いつも通りミツヒサさんのお迎え。
最初の頃はお母さま方に囲まれて居心地が悪そうだったけど、今では慣れた様子で一歩引いた位置で聞き役に徹している。徹せられているとも言う。
まぁなんだかんだで色々と情報も得られるので、悪いことばかりではない。大変そうではあるが。旦那の愚痴とか……
「おかえり、すー、マコト」
「「ただいま」」
そんなミツヒサさん。いつも通りのやり取りだが……
「……どうしたマコト?」
「ううん、なんでもない」
……うん、ミオさん帰ってきてる気がする。
表情に出さないように普段通りを装っているようだけど、逆に不自然で何か隠してますと言っているようなものだ。スズカは特に気にした様子はないけど、僕は騙せないよ? 伊達に幼稚園児を演じているわけではないのだよ!
だが空気を読んで、ここは黙っておこう。
母娘の感動の再会に水を差すなんて、そんな無粋なことはできない。
スズカに気付かれないようにしないと。
「……まーくん、どーしたの?」
「えっと……、どうしてそう思ったの?」
「まーくんなんかいつもとちがう……」
「……」
表情には出してないはずなんだけどな……
これが女の勘というやつなのだろうか……
「……今日もすーちゃんが可愛いなと思って」
「………………むふぅ」
取ってつけたような誉め言葉に、素直に照れ始め誤魔化されてくれるスズカ。チョロくて心配になるが今日ばかりは助かる。
というわけで、道草も早々に真っすぐ帰宅。
ここ最近はミオさんが家にいなくて寂しくないようにと時間をかけて帰ることが多かったが、そう言うことなんだろう。
ミツヒサさんが開ける玄関をくぐり、スズカは脱いだ靴を綺麗に揃える。
ミオさんの靴は見当たらない。スズカを驚かせるためにしまって隠しているのだろうか。今の段階で、まだスズカは何一つ気付いた様子はないが……
――カタッ
奥のリビングから物音がした。
「!?」
その音に敏感に反応したスズカは、何かに気が付いたようにリビングへと走り出す。
が、滑りながら急ブレーキをかけ、Uターンして洗面所へ。
うん、帰ってきたらまず手洗いうがい。ミオさんと約束したもんね。偉い偉い。
踏み台を出してあげて手洗いうがいを済ませたら、今度こそリビングへ。
なぜ僕がここまでスズカの様子がわかるかって?
スズカが手を放してくれないから引きずられているんだよ。我ながらUターンで転ばなかったのが奇跡だ。
そして――
「ママ!」
「あらすーちゃん、おかえり。まーくんも」
スズカが僕の手を放し一直線にミオさんの元へ。
だがスズカはミオさんに抱き着く直前にまたもや急ブレーキ。ついこの間までお腹の子に配慮して抱き着いたりできないことを思い出しているのかもしれない。
そんな娘の気遣いを察したのか、ミオさんの方から――
「すーちゃん会いたかったよぉ~」
「ふみゅっ……。……ママくるしい」
ギュッと抱きしめあう母娘。スズカも苦しそうにしながらも嬉しそうにミオさんに強く抱き着いている。
スズカは気遣いができる賢い子だが、甘えたい年頃であることには変わりない。ミツヒサさんや母上が寂しくないように甘えさせていても、やっぱりミオさんには敵わないんだろう。
そんな感動の再会を感慨に浸りながら見ていると――
「まーくんもおいで~」
「え……」
「まーくん、くる」
「う、うん……」
甘えたい年頃はとっくに卒業している僕は気恥ずかしさを覚えながらも、ミオさんとスズカに呼ばれて一緒にギュッと。
「ミオさんおかえりなさい」
「ママおかえり!」
「ただいま」
しばらく抱擁をしていると、一人寂しそうにしている方が……
「みーくんもおいで~」
「え……」
「パパ、くる」
「う、うん……」
僕と全く同じ受け答えで抱擁の輪に混ざるミツヒサさん。
家族団らんって感じで良いね……。
……。
「……トイレ行きたい」
そう言って一人抜け出す僕。
空気読めと言われるかもしれないが、子どもだから許していただきたい。
ちょっと思うところがあってね。
ほとんど家族扱いだけれども、やっぱり僕は戸塚ではなく八代なんだよね……。この場にいない母上がなんか仲間外れな感じになる気がして……
ミオさんもミツヒサさんも、そういうつもりはまったく無いんだろうけど、いろいろ考えてしまうよね。考えすぎなのかもしれないけど。
というわけで、戸塚家にミオさんが帰ってきた。
新しい家族と共に。
読んでいただきありがとうございます。
双子の名前どうしよう…




