#052 初めての運動会3
お昼の時間となり、幼稚園の至る所でお弁当を囲む親子の姿が見て取れるだろう。トラックを除いた校庭だけでなく、教室や体育館も開放されている。
かけっこの順位が何番だったと自慢げに話したり、それを親がよく頑張ったと褒めたり、はたまた一番になれなかったと悔しがる子を慰めたり、お遊戯が素晴らしかったと称えたりと、がやがやと賑わっている。
親が来られない子供に配慮して、親子別々に昼食を取ったり、お昼前までに運動会自体を終えてしまうところもあると聞いたことがあったけど、楽しそうにしている子どもの姿を見ていると、こうやって親や他の家族と一緒にお弁当を囲む機会が無くなるのもちょっと寂しいかな、とも思ってしまう。
世の中難しいね。
「まーくん、ご飯粒ついてるよ?」
そう言って、母上は僕の口元からひょいとご飯粒を取ってそのままパクリと。
……。
うん、やっぱり親子の触れ合いは大切にしないとね。
そんなやり取りを微笑ましそうに見る他の親たち。そんなに見つめられると、さすがに恥ずかしいんだけど。
「……むぅ」
そしてそんなやり取りを羨ましそうに見つめるスズカ。申し訳ないけど、そんなに頻繁に起こることでもないし、狙ってご飯粒つけれるほど器用じゃないんだ。だから僕がおにぎりを食べるところを凝視しないで欲しい。
僕たちは校庭の隅の方でお弁当を囲んでいる。5家族で。
僕と母上の八代家と、スズカとミツヒサさんの戸塚家。
そして親同士が一緒に観戦していた後藤家と吉倉家。そしてジュンが母親の手を引いてきて今井家が加わった。
だいぶ大所帯になったね。
ちなみに後藤家と吉倉家には年長さんになる娘さんがそれぞれいる。
後藤家、しほちゃんの姉はヒナお姉さん。帽子をかぶるのに邪魔にならない程度の位置に作ったツインテールを肩下まで垂らしている、おっとりした子だ。
そして吉倉家、ユウマの姉はミユお姉さん。はきはきとしたしっかり者のようだ。ショートボブの髪を揺らしながら、ユウマにお節介を焼いている。仲睦まじい姉弟のようで。
後藤家と吉倉家は家が近いらしく、ヒナお姉さんとミユお姉さんは同じクラスで仲も良いということもあって、よく家に遊びに行き合う仲なんだとか。
ユウマがだいぶ羨ましい状況に……。
お節介焼の姉であるミユお姉さんに、その友人であるヒナお姉さん、そしてその妹はしほちゃん。見事に女の子に囲まれている。
「ユウマよ、好きな子はいるんかね?」
他の人に聞こえないように男同士の内緒の話。
「……すきなこ? まことはすきだよ?」
オーケイ、まことちゃん、ね。……そんな子知り合いにいたっけか?
まぁ、まだ恋も男女も理解してない年少さんに聞いたのが間違いだったね。ユウマよ、お前が誰を好きになろうが自由だが、僕は絶対そっち方向には行かないからな。ちょっと距離を置くべきか……?
「まほほー、はにははひてんはー?」
「何言ってるか分かんないよ。まず飲み込め」
口いっぱいに頬張っている状態でしゃべり出すジュン。お行儀悪いですよ?
……それにしてもよく食うなコイツ。いつもの給食の倍くらいの量を平らげてるが、大丈夫か? 午後からもまだ運動会は続くんだぞ?
「……マコトー、なにはなしてんだー?」
ごくりと飲み込んで、先ほどの質問を繰り返すジュン。
だがその質問にはちょっと答えられない。男同士の秘密だ。
「秘密だ。な? ユウマ」
「え? うん?」
ユウマの肩に手を置きアイコンタクト。だがユウマは首を傾げており意図が伝わってない模様。こうなれば話題転換。
「それよりそんなに食べて大丈夫なのか? お腹痛くなるぞ?」
「だいじょーぶだ。もんだいない」
本当に大丈夫か? 時間は戻らんぞ?
僕の心配を他所に、尚もお弁当に手を伸ばそうとするジュン。
本当はお父さんも来る予定だったのだが、気合が入りすぎて家を出た瞬間にぎっくり腰になったためこの場にはいない。今井家のお弁当は皆でつまむタイプだったため、ジュンはお父さんが食べるはずだった分まで手を付けていた。
見かねたサナエさんがひょいとお弁当を取り上げる。
サナエさんは肝っ玉母ちゃんって感じの人だ。プロレスをやっていると言われても納得してしまいそうなくらい存在感がある。やはりやんちゃ兄弟の母はこうでないとやっていけないのだろうか。
「ジュンちゃんは元気いっぱいですね」
「本当はスズカちゃんみたいなおしとやかな子になって欲しかったんだけどねぇ……。うちの男どもが末っ子で娘だからって、変に可愛がるもんだから」
母上は先ほどからサナエさんと話が弾んでいるようだ。男の子を3人も育てた先輩お母さんということもあってか、色々と聞いている。苦労したこととか教育方針のこととか。
ちなみに今井家の教育方針は放任主義らしい。
親が率先して動くと親の言うことが届くうちは優秀かもしれないけど、大人になって自立したときにそういう子は挫折しやすいからって。子どもがやりたいことをやれるように背中を押して、金銭面とか環境とかを整えるくらいで十分ってさ。
ジュン、お前良いご両親を持ったな。
だがその母はジュンの言動に頭を抱えているが……。
「誰に似たんだか……」
まぁ、ジュンはジュンらしく生きればいいさ。
どこかで自然と自然な形になっていくだろう。まだ幼稚園年少さんだ。先は長い。……長過ぎる。
「マコトくんがうちの子の手綱を握ってくれると良さそうなんだけどねぇ……」
サナエさんが僕を見ながらそんなことを言い出す。
「スズカちゃんがいるから、うちのジュンじゃ勝てそうにないかねぇ……」
そして、僕の隣にぴったりとくっつき、もきゅもきゅと両手で持ったおにぎりを頬張るスズカに視線を移す。
女性としての魅力度が高いミオさんの英才教育を受けているスズカだから、そうそう勝てる子は出てこないんじゃないだろうか。大丈夫、ジュンの魅力は別のところにあるさ。元気なところとか。
「スズカちゃん、マコトくんのこと好き?」
「……(こくり)」
スズカはいつものように人見知りを発動するも、僕の名前が出てきたからか、サナエさんを見る目が変わる。……僕の名前が出てきたら変な人に付いて行っちゃいそうで怖いね。
「可愛いねぇ。ジュン、アンタもスズカちゃんを見習ったらどうだい」
「スズカとしょーぶすればいいのか?」
「何で毎回勝負することになるんだい……。はぁ、ミズキあたりの影響かね……」
サナエさんはいつも通りのジュンに頭を抱える。
あとジュンの勝負癖?の原因が誰か分かったね。今井家次男坊か。
「スズカ! マコトをかけてしょーぶだ!」
「!?」
ジュンがぴしっと指をさし仁王立ちでスズカに宣戦布告?をする。
堂々とやると絵になるね。
それに反応したスズカは、僕の腕をひしっと抱きしめて離さない。
「まーくんモテモテだねー」
母上が冗談めかして言う。
幼児の恋愛なんて、大人になれば忘れてしまうし、おままごとのようなものかもしれないが、今を生きる乙女には深刻なようで……
小さなお口をめいっぱい開けて「ふがーっ」と威嚇をし始めるスズカ。
この前戸塚家で見た動物番組の子猫の威嚇を思い出す。
……か、可愛いね。
ジュンもそれに対抗するように、四つん這いになって「うがーっ」と真似をする。こっちもこっちでなんか似合うね。
しばらく威嚇しあっている幼女たち。しほちゃんも巻き込み、いつの間にやら三つ巴に。そしてユウマも参加して四つ巴?に。
「まーくんは参加しなくていいの?」
「う、うん。大丈夫」
見てる方が面白いしね。
……だから残念そうな顔しないでよ母上。やるしかなくなるじゃん……
読んでいただきありがとうございます。




