#051 初めての運動会2
前話のサブタイを修正しました。本文の変更はありません。
スズカとジュンによるかけっこ最後の直線。
(幼)女による意地の戦い?のため、残念ながら僕はその戦いには参加できそうにない。後ろからその様子を見守ろう。決して追いつけそうにないと諦めているわけではない。
スズカとジュンは、その小さな体から精一杯の力を振り絞って懸命に走る。
親御さんも先生方も、どちらが勝つのかと手に汗握っていることだろう。
その刹那、観客たちからどよめきが走る。
「すーちゃん!?」
ゴールまで残り数メートルといったところ。歩数にすれば10歩もないだろう。
早く走りたいという意志が強く出た結果、上半身だけが先へ先へと急ぐこととなり――
「みゅぐぅ……」
スズカはバランスを崩して、前のめりに転んでしまった。
スズカが転ばないように助けなければという本能と、二次災害にならないように避けなければという理性がせめぎ合い、中途半端な反応をしてしまった僕。
足元に転ぶスズカを目の前に、ぶつかったり蹴ってしまうようなことだけは絶対にダメだ、と本能と理性がとっさに意見をまとめ、どうにかスズカを避けることには成功した。
だが、僕もそのままバランスを崩してゴロゴロと。とっさに前世で齧った合気道の知識と幼稚園で学んだマット運動を融合させ受け身を取り、その勢いのままゴールラインを越えて止まる。
『――あぁ……! スズカちゃんが転んでしまいました。大丈夫でしょうか……』
僕は慌てて振り返り、スズカの様子を確認する。実況が僕にノータッチなのはこの際どうでもいい。スズカはうつ伏せのまま倒れたままだ。
「すーちゃん!」
「…………」
僕の心配そうな声に反応したのか、ムクリと立ち上がるスズカ。
膝が擦りむけていて痛々しいし、体操服はお腹から土で汚れてしまっている。
だがスズカはそれらを気にした様子も、泣き出す様子も、不貞腐れる様子もなく再び走り出す。
土が付いた前髪から覗くスズカの表情は、いつもと変わらないようにも見える。
しかし毎日のように一緒にいる僕には分かる。泣き出したい気持ちを必死に我慢していることくらいは。
今すぐ駆け寄りたい気持ちでいっぱいだが――
「すーちゃん、あと少しだよ!」
スズカは口を引き結んでこくりと頷き、トテトテとゴールを目指す。
その走る姿に転ぶ前までの力強さはない。幼稚園に入る前に何度も見てきた、親を求めるようなそんな走り方。
ミオさんを元気づけるために頑張りたいと言っていたスズカにとって、このかけっこは特別なものだ。沢山練習もしてきた。
だから、自分で立ち上がり走り出したスズカを、僕は最後まで見守ってあげたかった。
「頑張れすー!」
「すーちゃん頑張れー!」
保護者席の方からスズカを応援する声が聞こえて来る。それにつられ、応援の声が広がる。
スズカは温かい声に背を押されながらにゴールラインを超え、拍手に迎えられる。
そしてそのまま僕に手を伸ばし抱き着いてくる。
「……ま゛ーぐん」
「すーちゃん、よく頑張ったね」
「……(こくり)」
ひっくひっくと顔をうずめてすすり泣くスズカ。悔しい気持ちがひしひしと伝わってくる。思わずもらい泣きそうになるが、視界に入ってきた先生を見て次の行動に移る。
「お怪我の手当しに行こっか」
「……(こくり)」
雰囲気を壊すようで居心地悪いが、この場に留まり続けると後続がスタート出来ない。運動会は地味にタイトスケジュールだ。それになんだかんだと転ぶ子は他にも出ているため、先生方も慣れた様子で怪我をした子たちの対応をする。
なので僕は保健の先生にスズカを預けようと――
「マコトくんもね?」
「え?」
「キミもなかなか派手に転がっていたからね?」
……ということで、スズカと一緒に連行される。
そういえば僕も転んでたね。受け身をとったつもりだったけど、右手の掌の皮が剥けているのを自覚して、じわじわと痛みが……。
◇◇◇
手当を終えて。
スズカは両膝に傷が綺麗に治ると話題の絆創膏を張っている。
上の体操服は土汚れが払っても落ち切らなかったので、救護テントまで様子を見に来たミツヒサさんから予備の体操服を受け取り着替えた。
僕も痛みに耐えながら手を洗って絆創膏を張ってもらった。地味に痛くて地味に動かし辛い。
だが我慢。男の子だし、何よりスズカが変な気を使わないように、何てことなさそうにしなければ……。
僕たちは走り終わった子たちの元には戻らず、そのまま救護テントの傍で年少組全員が走り終わるのを外から見学しながら待つ。
スズカの頭を撫でながら……。
ミツヒサさんがスズカをあやそうと抱っこしようとして、拒否されてスズカが僕にくっついてきた時の表情と視線は……。久々に背筋に冷たい汗が流れたね。先生も苦笑いしてたよ。去っていく背中も哀愁が漂って……。午後に見せ場があるから元気出して欲しいです。
しばらくしてスズカも落ち着き、退場してきた年少組に合流する。
「スズカ、マコト、だいじょーぶか?」
ジュンが心配そうに話しかけて来る。
勝ったのに素直に喜べない状況になってしまって……スズカが悪い訳じゃないけど申し訳ない……。
「大丈夫だよ、ほら。次はすーちゃんも僕も負けないから、今は喜んどけ」
「……お、おう! つぎもまけねーから!」
こういう時、ジュンが単……素直な子でよかったと思うよ。
その後、年中組と年長組のかけっこを外から応援しながら見る。
ただかけっこと言っても、ネットくぐりや跳び箱、平均台、畳で作ったと思われる壁……といった障害物競走。パルクールもどきって感じ。
ちょっと面白そうと思ってしまった。ジュンを始め、遊具大好きっ子たちは興奮しっぱなしで立ち上がって応援している。ちょっと落ち着いてほしい。
それらが終わるとお遊戯。
陽ノ森幼稚園の運動会の名物の一つだ。
自分たちでポリエチレンテープを割いて作ったボンボンを手に、某ネズミさんのマーチに合わせて、何度も練習して覚えた振付を学年全員で踊る。
スズカの怪我が心配だったが、気にならないくらい可愛らしく踊っている。
ちなみに年中組はボンボンと旗を使ってより豪勢に。
そして年長組は鼓笛隊。名物と言われる所以はここにある。
幼稚園児のお遊戯だと思って見てはいけない。某アイドルグループのヒット曲に合わせて、60人近くの子どもたちが演奏して踊る。なかなか壮観だ。
再来年にはこの子たちが鼓笛隊をできるのか……とちょっと不安にもなるが、多分できるようになるんだろう。年少組だってこの半年ちょっとでだいぶ成長したしね。
スズカも表情は相変わらずだが、口を半開きにさせながらその光景を見つめている。
「まーくんまーくん、あれすごい……」
「そうだね、凄いね」
かけっこで転んでしまったことを忘れ、年長組のお遊戯に圧倒されるスズカに、僕は思わず頬が緩む。スズカもこうやって色んな経験を積んで、成長していくんだろう。
こうして運動会午前の部は終わっていく。
……そろそろお腹すいたね。
読んでいただきありがとうございます。
改稿履歴
2020/12/20 00:26 サブタイインデックスを修正しました




