#049 頑張る理由
秋と言えば、皆は何を思うだろう。
読書の秋。
食欲の秋。
芋堀の秋。
コスプレの秋。
仕事の秋。
残業の秋。
休日出勤の秋。
……最後の方は秋に限らずか。
幼稚園と言えば、秋のイベントはやはりこれだろう。
「いちについてー……」
三人の子どもが横一列に並び、半身になってスタート姿勢。
「よーい……」
足と手の位置が左右それぞれ交互になるように、腕を引き替える。できていない子は、それとなく先生に修正される。
……。
子どもたちは笛を口に咥える先生をチラチラと見ながら、スタートの笛の音を待つ。
――タッ!
一人の子が待ちきれなくなり、先生の合図を待たずに飛び出してしまう。
「はい、止まって止まって~」
他の子たちもつられて飛び出してしまうが、同様に先生に止められて、スタート地点まで戻るように諭される。
全員が揃ったところで、再び先生がスタートの合図を始める。
「いちについてー……、よーい……」
……。
――ピィッ!
気持ちの良い笛の音が通る。
それに反応した子どもたちがスタートを切る。ビクッと一瞬体を強張らせ出遅れたり、多少のフライングとその辺りはご愛敬。
飛び出した子どもたちは、その小さな体をめいっぱいに動かして、グラウンド半周――30メートルの距離を駆け抜ける。
そんな子たちに、座って順番を待っている子と走り終わって待っている子たちで声援を送る。
「「「がんばれーーー!」」」
声援を受けた子どもたちは走って走って走る。
すぐ前を走る子とぶつかりそうになりながら。
勢いあまって前につんのめりそうになりながら。
体力が尽きてしまったのかペースを大きく落としながら。
半分ほど走ったところで、次に走る三人がスタートラインにスタンバイ。
その間も、走っている子どもたちはトラックの反対側のゴールを目指して頑張っている。
「「「がんばれーーー!」」」
10秒ほどで、先頭を走る子が両手を上げて、ゴールテープを切る。だが最後の子がゴールするまで応援の声が止むことはない。
「「「がんばれーーー!」」」
最後尾の子がゴールラインまで走り切り、先生に「よく頑張りました」と褒められながらトラックの中へ誘導されて並んで座る。
それを年少組全員が終えるまで繰り返していく――
と言うわけで、現在、一週間後に迫った運動会の練習中。
入退場や園歌、体操、お遊戯、そしてかけっこと、夏休み前から徐々に始まっていた練習は佳境を迎えている。
近年の子どもたちの運動能力が下がっていると言われていた気がするが、陽ノ森幼稚園の子どもたちは例外なのだろうか。
まぁ登山が年に数回あるくらいだし、普段の授業からも運動に力を入れているということは知っている。かけっこだってスタートの体勢から本格的な指導だし、腕だけ振る練習だってしている。
「次の組~」
僕の前の組が走り出し、先生に呼ばれてスタートラインに立つ。
「つぎもオレがかつ!」
「むぅ……。まけない」
「…………」
まだ練習のはずだが、すでに白熱?している僕を除いた二人……。
走る子どもの組み合わせは、足の速さが同じくらいの子たちで構成される。何回かしている練習の結果から先生方が上手い具合に組み合わせを考え、何度も入れ替えが発生している。
そしてばら組の最も早い三人組。僕はその中にいる。
大人げないって?
そう言われても、体は子どもなのだから、わざわざ手を抜くのも逆におかしい。
それになにより――
「いちについてー……、よーい……」
――ピィッ!
笛の合図と共に、全員が一斉に飛び出す。
スタートは他の二人より僕が一瞬だけ早かったが、すぐに他の二人に捲られ三番手に。
トラック半周という短い距離、そしてコースの半分がカーブということもあり、抜きどころはほぼない。スタート直後の5メートルでの順位がそのままゴールの順位となるのがほとんどだ。
そもそも足の速さが似たり寄ったりの子と一緒に走っているので、簡単には追いつけないし、体力の配分なんてたった30メートルではあってないようなもの。運動が得意な子たちであれば、転んだりでもしない限りは抜き去るのは難しい。
そういうわけで見せ場もなく、あっという間にゴールラインを通過する。
「よっしゃ……、いちばんだぜ……!」
「ふぅ……、……つぎは、すーがかつ」
「はぁ……、はぁ……」
お察しの通り、僕より速いお二人がおられる。ジュンとスズカだ。
ジュンは普段から走り回っているからともかくとして、スズカもなかなかの俊足の持ち主。
女の子相手だからって手を抜いているかって?
……そうであればカッコも付いたんだろうが、割と本気で追いつけない。
この年齢で男女差はないと言っても良いだろう。
それよりも、誕生月が早い子と身長が高い子が速い傾向がある。
「むぅ……」
ぱっと見普段と表情はあまり変わらないが、スズカはジュンに負けたのを悔しそうにしている。普段勝負事に特に興味を示すことのないスズカが、こんなにも熱くなっているのには理由がある。
「ママだいじょうぶ?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとね、すーちゃん」
ミオさんは横向きに寝ころびながらスズカの頭を撫でる。
妊娠後期に入り、お腹も張り裂けそうなほどに膨らみ、体調が優れない日が続いている。一日のほとんどを横になって過ごしている状況だ。
平日はハルコおばあ様が家事のほとんどを代わりにしている。
ミツヒサさんも会社と交渉して、時短勤務や在宅勤務をしてヘルプに入るようにしているようだ。幼稚園バスの停留所への送り迎えも、夏休みが明けてからはミツヒサさんかハルコおばあ様がしてくれている。
我が家も申し訳程度にはなるがお手伝い――休日にミオさんのストレス発散に付き合ったり、スズカと僕の面倒をまとめてみてくれたり。
もちろん僕も”スズカが寂しがらないように遊び相手になる”というミオさんからの重大任務を請け負っている。……普段通りなんだけどね。
そして出産予定日がちょうど運動会の日付近になるんじゃないか、という話だ。
「すーちゃんの運動会、見に行けそうになくてゴメンね? 代わりにパパがすーちゃんの活躍を撮ってくれるから、ママは家から応援してるね」
「すーがんばったら、ママもがんばれる?」
「うん。すーちゃんが頑張ったらママも頑張れそう」
「ならすーがんばる」
――と言うことがあり、ミオさんを元気づけたいとやる気に満ち溢れている。とりわけ順位が着くかけっこに関して、ばら組絶対王者のジュンに勝つことを目標に頑張っている。
家でもミツヒサさんにかけっこのコツを教えてもらったり、公園まで出向いて走る練習をしたりしている。当然僕もご一緒に。
そんな頑張るスズカを見て、ミオさんも元気を貰っているようだった。
もちろん僕も母上とミオさんに応援されているので頑張りますよ?
運動会はかけっこ以外もありますから……
読んでいただきありがとうございます。




