#048 避難訓練
夏休みも終わった。
平日は習い事、休日は母上やミツヒサさんに遊びに連れて行って貰ったりと、特別変わったことは無かったが、楽しい夏休みを過ごした。
幼稚園という他人の目がある場所に行かない日が続くと、やはり気が緩んでしまう。余計なことを口走りかねない。お口にチャック。気を引き締めていかねば。
気を引き締めるといえば現在、避難訓練中。
今回は地震を想定した訓練で、子どもたちは机の下にもぐっている。
先生方は子どもたちと一緒に体勢を低くして頭を手で守っている訓練するグループと、子どもたちを指導するグループに分かれて避難訓練に臨んでいるようだ。
子どもたちも慣れた様子。
それもそのはずで、避難訓練は月に一回は必ずある。
その想定内容はいくつかあり、地震だけでなく、火災や竜巻、不審者の侵入というものまであった。
子どもたちが避難訓練の重要性を理解しているのかどうかはわからないが、先生の指示に従うことだけは覚えた。
まぁ幼稚園児だ。素直に指示にしたがってくれるだけで十分。ちょっとやんちゃする子もいるが、先生に注意されてすぐ大人しくなっている。
もちろんスズカもしっかりとやっている。
机の下に潜り込んで、僕にぴったりとくっついて。
幼いながらも、真剣にやらなければならない雰囲気を感じ取っているのか。
だから、口元がもにゅもにゅとしているのは、大目に見てあげて欲しい。
「むふぅ」が無いのは残念だが、見逃してあげて欲しい。
……おっと気が緩んでいる。真面目にやらねば。
スズカの命がかかっている……という想定なのだから。
まず初動対応。落下物から身を護るために机の下に隠れているわけだが……。
前世で机の下に隠れるのは本当に正しい対応なのか、なんて耳にしたことがあるような気もするが、専門家でもないからその辺りはわからん。とりあえず身を低くして頭守って先生の指示に従うしかなかろう。
「みなさん、机の下から出てきて防災頭巾をかぶりましょう!」
リコ先生の指示が飛ぶ。
いつものような優し気な雰囲気はない。その声からも真剣な様子がわかる。
この避難訓練、最も真剣にやるのは先生方だ。まぁ当然と言えば当然なんだろうが。
子どもたちが避難の練習をする、というものではあるが、先生方が子どもたちにちゃんと避難指示が出せるかどうかの練習でもある。
子どもを預かっている立場ということで、責任やらなんやらと、色んなものが圧し掛かっている。そういった背景もあるようで、先生方は真剣に取り組んでいる。ついこの間の大地震も記憶に新しいのでなおさらだ。
先生の指示に従い、僕は椅子に備え付けられている座布団モードの防災頭巾を取り外し被る。便利なものがあるよね。最初見た時は防災頭巾とは気付かなかった。
上手くできない子たちは先生に手伝ってもらいながら被せてもらう。
僕もスズカがちゃんと被れているかどうかをチェックして。
うん、可愛く決まってる。
じゃ、なくて。
ちゃんと被れてる。
「みなさん、ハンカチをお口にあてて、静かにお外に出ます」
子どもたちはポケットからハンカチを取り出して口元を塞ぎ、リコ先生に誘導される。
他の先生方が窓の近くに立って、子どもたちを危険な場所に近寄らせないように避難経路を確保し、教室後方にあるドアからぞろぞろと出ていく。
年少組は一階に教室があるため、すぐにグラウンドに出ることができるようになっている。
そういえば前世では避難訓練で廊下に整列させられてたけど、あれって大丈夫だったんだろうか。最もガラスとか降ってきそうな場所な気がするんだけど……。
それはさて置いて。
グラウンドに出ると、他のクラスや学年が避難してくる様子が分かる。
年中組や年長組は教室が二階にあるため、いくつか設置されている避難用滑り台を使い、滑って降りて来る。
普段から遊びながら滑る練習をしているためか、子どもたちは怖がる様子もなく使えていた。
その光景を、年少組の子どもたちは羨ましそうに見つめている。
こら、君たち。
楽しそうとか思っちゃいけない。避難の訓練なんだから。来年になれば遊べるようにもなるから。
全学年がグラウンドに整列し、恒例の静かになるまでのタイム発表の後、園長先生の話を聞く。
本来なら避難所に行くんだろうが、陽ノ森幼稚園は避難所として指定されているため、グラウンドに集まるだけだ。
もちろんハザードマップは頭の中に入っている。スズカが通う幼稚園だからね。
自宅側もぬかりない。洪水と津波と土砂災害の危険性は低かった。一時避難場所も第一指定避難所もインプット済みだ。
だがハザードマップを手に入れるのは苦労した。
子どもが見たがるもようなものでもないし、母上たちに不審がられないようにするにはどうすればよいのかと……。
この時初めて自由にネットができる環境が欲しいと思った。
クリスマスか誕生日のプレゼントにパソコンとかスマホとか……。
……。
さすがに無理か。
家に母上が使ってるノートパソコンはあるのだが、しっかりとパスワードが掛けられているので使えない。
パスワードを盗み見ろって?
それこそ無理だ。
だって指紋認証。指紋をスキャンしているところを盗み見たところでどうしようもない。
コップについた指紋からどうにかできないだろうかと、その方法を調べようと思った。
……。
調べたくてもネットは使えないんだよね。
そもそも指紋認証をハックしようとか考えちゃいけない。いけないんだよ。不正アクセス行為は母上が悲しむ。
だから図書館に連れて行って貰って資料を……
「――まーくん、きょーしつもどる」
「え? あ、うん……戻ります」
気付けば園長先生の話も終わっており、スズカに腕を引かれて教室へと戻る。
話は逸れたが、ハザードマップは母上に見せてもらった。「テレビで言ってたんだけど、はざーどまっぷって何?」って無邪気に聞いてみたら普通に見せてくれたよ。
そんでもって、印刷して壁に飾ってくれた。いつでも地図が確認できるようになって一石二鳥だね。
読んでいただきありがとうございます。




