#046 夏休みの考え事
エアコンが静かに唸る中、スズカはというと声をぶつけて遊んでいる。
「あぁ~、ぁ~、ぁ~、ぁ~、ぁ~、まぁ~、ぁ~、ぁ~、くぅ~、ん……」
手入れの行き届いたスズカの髪の毛が、ふわりと扇風機の風に揺れる。
小さい頃に同じことよくやったなぁなんて感慨に浸りながら、僕はその風景をぼーっと眺める。
……子どもって可愛いなぁ。ロリコンと呼ばれる方々の気持ちが……いや好みでいえば母上……おっとこれではマザコンに……?
僕をどこに向かわせようとしておられるのですが女神様!
……。
「あぁ~、ぁ~、ぁ~、ぁ~、ぁ~……」
…………。
とまぁ、そんなことは置いておいて。
夏休みになった。
そして、また幼稚園に通わない日々が始まった。幼稚園に通う前の生活が戻ってきたような毎日。
もちろん母上はお休みではないので、僕は戸塚家でお世話になっている。
陽ノ森幼稚園では夏季保育も行っているようだが、八代家も戸塚家も利用はしていない。
ミオさんが双子の妊婦ということもあり、幼稚園に行った方が負担は軽いんじゃないかとも思うが、ミオさんたっての希望だそうだ。
夏休みに入る前、幼稚園の先生方から「夏休み、幼稚園に来る気はない?」とよく聞かれたが、何と答えればよかったのだろうか。
僕としては母上とミオさんが相談して決めたことに異論はない。
それに、八代家としても出ていくお金が少ないことに越したことはない。戸塚家だってミツヒサさんが頑張っているが、冬前には二人の子が増えるのだから同様だろう。入ってくるお金は急には増えないのだから、出ていくお金を工夫しなければ。
それにミオさんの負担面に関してはハルコおばあ様もいる。
やはり親子というか、雰囲気はどこかミオさんに似ている。ミオさんが似ているのか。
ハルコおばあ様、と呼んではいるが、とてもおばあ様とは見えないほど若々しい。年齢に関しては怖くて聞けていないが、逆算しておそらく50歳前後――
「――!?」
どこからともなく殺気が……。これ以上この話はやめておこう。誰も得をしない。
ハルコおばあ様はミオさんと一緒にお昼ご飯の準備を始めているはずだが……。
気を取り直して、そろそろやることやりましょう。
夏休みの宿題だ。
幼稚園で宿題が出るのか?とも思ったが、ちゃんと出た。
毎日天気とその日の出来事を自由に書く”お天気日記”。
保護者が決めたお手伝いをやれたらシールを貼っていく”お手伝いシート”。
あとはコピーして使えるひらがなと数字の練習プリント。
最後のはともかく、幼稚園の夏休みの宿題は初日にすべて終わらせるという暴挙ができない。
まぁ、やるかどうかについては親の裁量に任せられているようだが。
「すーちゃん、そろそろ一緒に勉強しよっか」
「うんやる」
真面目なのでちゃんとやりますよ? スズカといっしょにひらがなプリント。
スズカはすでにひらがなを覚えて書けるようにはなっているが、書く速さや字の綺麗さに関してはやはりまだまだ幼稚園児。
字を書く習慣が少なくなりつつある社会ではあるが、書く機会がなくなるわけではないから、ちゃんと練習しておかねば。
ほら、退職届とかさ?
字が汚いと、なんか締まらない気がするんだ。
というわけで、スズカと一緒にプリントに向かう。
スズカは黙々とひらがなを書く。僕もスズカの様子を横目で気にしながら練習。
……僕もちゃんと練習するよ?
ひらがなの練習というよりは、手の動かし方の練習だ。頭でわかっていても体が付いてこないと話にならないからね。
そして何よりもスズカのやる気を損なわないため。
勉強は一人でやると辛いかもしれないが、一緒にやれば楽しいからね。
とまぁそんな感じで夏休みに入り、勉強やら運動やらお手伝いやらと、幼稚園児らしい生活を送っている。
やることと言えばもう一つ。
何というか、そろそろ本気を出してもいいんじゃないか、と思う頃だろうか。
転生した直後は意識もままならず、覚醒しても転生したことに混乱し、その上生きることに疲れ気力もなく、どうとでもなれと思っていた。
だが、八代家の状況を知り、戸塚家と出会い、大切な人たちができて、少しでも平穏な毎日が送れるように頑張りたいと思うようになった。
前世の知識を使って貢献できないかな、なんて。
で、まず何をやったかというと情報収集。
いきなりおっぱじめる訳が無いよね。短絡的すぎる。
新聞やニュース、大人たちの会話から情勢やら流行やらを、自分の知識と照らし合わせた。
もったいぶるのもどうかと思うのでサクッと結論。
たぶん一致している、だ。
なんとも曖昧な答えだと思われるかもしれないが、正直なところ、10年以上も前の出来事なんて正確に覚えていない。
一社会人として、最低限の時事程度は知っているつもりだったが、網羅できているわけでもない。というか当時はまだ学生……。
そういえばそんなこともあったなぁ、という感想を抱くのが精一杯だった。むしろ70年以上前で学校の教科書に載っていそうな出来事の方が思い出せるくらいだ。
ネットで調べることができない凡人の知識なんてそんなものだろう。
政権は交代していたし、とある有名社長は逮捕されていた。オリンピックのあの人も技も流行語に選ばれている。世界的金融危機も起きたようだし、大きく変わっているところは無いように思える。
で、だ。
過去が一致していると仮定するとして、はたして未来も一致していくのだろうか。
答えは否。
3年間ほどの短い人生だったが、なんかいろいろと変わっとる。
まず、男子サッカーワールドカップ。二大会連続で決勝トーナメント進出を逃した。
みんなで優勝国の予想合戦をしたが、呆気なく外れた。
そして日本人の大好きなリンゴがかじられたマークのスマートフォン。その二代目が日本3大キャリアのうち、2つのキャリアから発売された。
前世でわざわざ契約先を変えた身としては、なんとも複雑な気分に。もっと早く取り扱って欲しかった。
他にもいろいろと……。
もちろん記憶の通りに予想した結果となる未来もあるが、違うところも確実に出てきた。
……。
女神様の言葉の通りだったよ。
チートはないんだね。
むしろこうなってはリスクの方が大きい。
中途半端な知識で株なんてしてみろ。
ちゃんと分析して予測が立てられないなら、結局いつ上がるかも暴落するか分からない。損して終わるのがオチだ。
というか我が家にはその辺りに強いお方がいるので、そもそも僕の出る幕がない。
当たるかどうかわからない災害の予言なんてしてみろ。まず子どもの戯言で終わる。
聞いてもらえたとしても、外れれば笑いごとで済むかもしれないが、当たればどうだ。救われる人はいるのかもしれないが、メディアに注目され、「なんでもっと声を大にしなかった」とかで誹謗中傷の的となり、周りの人たちに多大な迷惑がかかる。次の災害の予言もしろなんて言われても困るだろう。運良く当て続けられたとしても、どの道10年ちょっと先までしか知らない。
それに、スズカが可愛くて注目されてストーカーされて誘拐なんてされた日には悔やんでも悔やみきれないだろう。
行動すれば、良くも悪くも少なからず他人の人生に影響を与える。
前世でも、僕の行動が元上司の人生を大きく変えてしまった。
だから僕は憶病になっているのかもしれない。
前世の知識があったばかりに、大切な人たちを不幸にしてしまうことに。余計な事をしてしまってはいないだろうかと。
僕がやりたいことは世界平和でも人命救助でもない。
そういったのは、どこぞの物語の主人公たちに任せよう。残念ながら僕は器用に何かを成し遂げられるほど、知識や知恵がある人間ではない。
女神様に言われた通り、現実を見よう。
「まーくん、おわった!」
「よくできたね、えらいね! すーちゃん」
「……むふぅ」
「お昼ご飯のお手伝いしに行こっか」
「うん、すーもおてつだいする!」
前世の知識を使ってズルしようとせず、大人しく真面目に生きようと思う。
みんなが笑顔で過ごせるように、今の僕ができることをやるだけだ。
読んでいただきありがとうございます。
賛否両論ありそうで書くべきか迷いましたが、この作品の方向性の説明回です。
知識に酔った俺TUEEEE展開はおそらくありませんが、妙に賢い子どものほのぼの日常ラブコメ?を楽しんでもらえたら幸いです。
改稿履歴
2020/12/10 13:44 サブタイトル修正しました。
2020/12/10 13:55 幼稚園の先生からの問いかけに対するマコトの思考を修正しました。
2020/12/10 14:28 前世の出来事がマコトの思考に影響するよう修正しました。




