#044 夏の授業
「暑い……」
思わず声に出さずにはいられない。
”暑いと言うから暑い”と言うけれども、暑いと言わなくても暑いので言ったところで暑いんだから暑い……って僕は何を言っているんだろう。暑さで頭がおかしくなっているのか。
さて、何回”暑い”と言ったでしょうか……。まぁ数えるまでもないよね。
皆さんお気づきの通り……。
……皆さんって誰だ? 一回冷静になろう。
仕切り直して。
何時まで続くんだと思われた梅雨も気づけば終わり、とうとう夏がやってきた。
幼稚園の近くに山があるためなのか、蝉の鳴き声がやけに大きく聞こえる。
教室に迷い込んでくることもしばしば。そして子どもたちに弄ばれて……。
ちょっと蝉に優しくできそうな気がしてきた今日この頃。
暑い。
いや熱いと言った方がしっくりくる気がする。子どもの体温は高いせいかとにかく暑く感じる。
ちょっと動くだけで、すぐに汗だくになってしまう。
幼稚園の教室には扇風機が一教室あたり三台以上設置されていて風通しはいいが、それでも暑いものは暑い。
こういう時はやっぱりあの授業が待ち遠しいよね。
昨今、施設の有無や維持、責任問題とかで授業がないところもあるとのことだが、陽ノ森幼稚園にはちゃんとある。
プールだ。
今日は待ちに待った初プールの授業だ。
皆で並んでプールのある園舎屋上へ。
この時期は、日差し避けと視線避けネットが張られている。
まずは空き教室でお着換え。
先生と一緒に、各自プールバックから確認しながら用具を取り出す。バスタオルに水着、帽子。みんな忘れ物はなさそうだ。
ちなみに水着は、男女共に園指定の紺色のスクール水着(幼児用)だ。ワンピースタイプの女の子はちょっと着辛そうで、先生に手伝ってもらっている。
決してパンイチとかじゃないよ。男はそうだが。
そしてスクール水着と聞くとアレだが、男物の短パンだってスクール水着。
誰しも一度は着たことがあるであろうスクール水着。
……。
これがスクール水着の現実?
……話を戻そう。
幼稚園ではまだ男女で別れて着替えない。思い返せば前世でも小学校低学年までは一緒だった気がする。
それまではあのテルテル坊主になれるあのバスタオルを使用している。
だがまぁ、それを使ってるのはほんの数人だ。
ほとんどがすっぽんぽんで着替えてる。まだ小さいから羞恥心なんてものはない。
ちなみにスズカはちゃんと使ってる。
淑女のたしなみということで、バスタオルをかぶったまま着替えるのもミオさんと一緒に練習していた。
「…………!?」
スズカは僕と目が合うと、その視線から逃れるように先生の陰に。
…………。
……いや、弁解させてほしい。
見てた僕が悪いんだけどね。ごめんなさい。
だけど昨日も一緒にお風呂に入ってたから……。
どこに羞恥心があるのか分からん……。
「……まーくん、おまたせ」
「え、うん……」
着替え終わったスズカがやってくる。
「ごめんね?」
「……?」
何のことかわからないと首をかしげるスズカ。
そんな表情も可愛らしい。
サイズが少しばかり大きいのか、肩の部分に余裕がある。
年少さんの授業でそんなに激しく動き回ることはないだろうし大丈夫だとは思うけど。……大丈夫だよね?
水着姿のスズカもとっても可愛いのでいつまでも眺めていられるのだが、残念ながら僕に幼女趣味はない。男はこの先もない。
強いて!強いて見させてもらうならリコ先生なんだが……。
上はラッシュガードを着用して露出はなし、下は陸上とかでよく見るランパンっぽいショートパンツ。
いやビキニとかはさすがに無いと思ってたけどね。
子どもの相手をするのにビキニとかポロリ必然。うん、子どもたちは気にしないだろうけど、男性の先生もいるし。
くっ、なぜ……。その美脚は素晴らしいけれども! ぴったりとしたシルエットも素敵だけれども!
ワンチャン競泳水着くらいならと……。他の先生方も似たような装いで……。
「まーくん?」
「……なんでもないよ、すーちゃん」
気を取り直して。
塩素の匂いが懐かしい。
まずはプールサイドというかプールの脇に整列。
プールは後付けの常設タイプで、小学校とかによくあるタイプではない。
目測で10メートル×5メートルくらいか。側面にはブランドロゴも入っている。というかプールも作ってるんだね。楽器やらバイクやら幅広過ぎる……。
リコ先生の号令の元、準備体操をしっかりと済ませ、シャワーやら消毒やらして、いざプールへ。
子どもたちはわくわくといった様子で順番に並んで、プールの階段を登る。
僕も同じように列に並び、プールへと入る。
あぁ、気持ちいい……。ちょっとぬるい気もするが、ずっと浸かっていたくなるそんな感じ。
そして僕に続いてスズカが入ってくる。
スズカはまだプールには行ったことないが、家のお風呂で水遊びとかよくしている。水に対する恐怖心なんかはない。
入ってきたスズカは、そのままワニさん歩きを始める。
「~♪」
やっぱり気持ちいいよね。
だが、後続が来ない。
「しーちゃん大丈夫?」
「おみずこわい……」
フルフルと首をふるしほちゃん。
階段に座り込んでしまう。
足は付く深さなんだけどね。
スズカがワニさん歩きをやっていることからも、水深は膝が浸かるくらいで浅い。
だけど、みんながみんなすんなりプールに入って来れるわけじゃない。
初めてのプールだ。お風呂と違ってこんなに広い水を目の前にしたら、恐怖で足がすくむ子だっている。
飛び込んで怒られている子もいるが。あれ? 奴はいないのか……?
「すーちゃんと僕が両側から支えてあげるからさ、入ってみない?」
「しーちゃんてーつなぐ」
「うん……」
しほちゃんはスズカと僕に手を引かれて、「えいっ」とプールに入る。目をつぶったら逆に危ないよ!
「……はいれたぁ!」
恐る恐る目を開けるしほちゃんは、自分がプールに入れていることを確認すると笑顔を見せる。
先生も拍手で「良く入れたね」と褒め、それにつられて子どもたちもで拍手を始める。
しほちゃんはちょっと恥ずかしそうにプールの奥へ。
僕とスズカが手を放しても何てことなさそうだ。
そして意外というかなんというか。
「……ジュン、もしかしてお前もか」
「こ、こーにーちゃんがぷーるはきん?のそーくつ?だって……」
……コウさん。菌の巣窟って……。
間違ってないだけに質が悪い……。
一応塩素消毒はされれるし、プールに入る前にシャワーを浴びて足の消毒も済ませている。完全ではないだろうけども。
「……あぁ、まぁ……お風呂とかと一緒だって」
「おふろはかーちゃんがいるし……」
「……」
「……」
……。
え、それで大丈夫なの? かーちゃんが一緒というだけで!?
……ジュンのかーちゃんは菌に勝てるらしい。凄いね。
「……まぁ、先生もいるし、ジュンもそろそろ勝てるよ」
「ほんとか?」
「あぁ、ジュンなら勝てる。かーちゃんの子だろ?」
もう説得力とか皆無だけど。
「おぅ! やってやるぜ!」
ジュンのような子はこれでいいんだ。もうわからん。
「どーだまこと! はいれたぜ!」
「おめでとー」
ジュンが両こぶしを突きあげてドヤ顔をする。
一応ぱちぱちと拍手しておこう。あっさり過ぎてびっくりだ。
授業はプールの中で座って、顔を洗ってみたり足をバタバタさせてみたり。水に慣れるところから始まる。
しほちゃんは恐る恐るといった様子だが、何とかできている。時々見せる笑顔からも楽しんでいるようだ。
ジュンに至っては菌の恐怖に打ち勝ったようで何てことなさそうに。
スズカは言うまでもない。
それが終わると自由時間。各々が水と戯れたり、先生方と一緒に遊んだり。
後はワニさん歩きでリコ先生の生足トンネルをくぐったりとか。
マコトいっきまぁーーす!
リコ先生、水から上がるときにちょっとショートパンツの裾がちょっとめくれて張り付いて……。
露出は少ないけど逆になんかそそられる。
「……まーくん、ぎるてぃ」
「え、すーちゃん、ちょっ――」
スズカが水をバシャバシャとかけて来る。
みんなもくぐってるよ!? スズカもくぐってたよね?
「しーちゃんもてつだう」
「うん! ――えいっ!」
「ちょっ!」
「――オレもやるぜ!」
「おまっ!?」
もうみんな、水は怖くなくなったようだ。うん、良かった良かった。
読んでいただきありがとうございます。




