#043 相合傘
どんよりとした空。
頭の上でパツパツとはじかれる雨粒。
髪の毛がくるくるして、ちょっと鬱陶しい時期がやってきた。
梅雨。
ここ一週間は雨続きだ。そろそろ太陽が恋しくなってきた今日この頃。
だがまぁ、こんな天気でもママ友たちのおしゃべりは相変わらずだ。
外で遊べない分、子どもたちの元気をここで削っておきたいということなのか。
子どもたちは傘をくるくるとまわして雨水を飛ばしたり、水たまりでバシャバシャと遊んだりして跳ねた泥水が服に付いてしまっている。
あれって一回手洗いしないとちゃんと落ちなかったりするんだよね。お母さん後で大変そうだ。お疲れ様です。
草むらの陰でかたつむりを見つけては捕まえて遊んでいる子もいる。
なんというか、子どもの頃は大丈夫でも大人になると受け付けないものがあるよね。今子どもだけど。かたつむり持ってこっちに来るなよ?
幼稚園の行事で芋堀があったが、ミミズと遭遇するとビクッと反応してしまう。ジュンにミミズを投げられたときは本気で逃げたこともなくはなかったか。
スズカはというと、しゃがんでじっと水たまりを見つめている。僕もそのお供。
雨粒が作った波紋が、隣の波紋とぶつかりまた新たな波紋を生み出して……いるんだと思う。波紋ができるスピードが早くてよくわかんないや。
というわけで、僕はなんとなくスズカを眺める。
スズカはピンクの長靴を履いてる。そしてピンクの水玉模様のビニール傘を控え目にくるくると回し、ぼーっと水面を眺めている。
あぁ、この光景だけで今日の疲れが癒される……。
幼稚園では雨が続いて外で遊べない分、元気な子たちが元気を有り余らせてとにかく元気。
そのおかげか、クラスの雰囲気も明るいから元気があるのはいいことなんだけど、その子たちに振り回される側としては地味に大変だ。
本当に太陽が恋しい。
しばらくすると水たまりを眺めるのに飽きたのか、スズカが視線を上げる。
僕が見ているのに気が付くと、スズカは立ち上がり、自分の傘を閉じて僕の差す傘の中に入ってくる。
「…………むふぅ」
……やっぱりもうちょっと雨の日が続いてもいいかな。
相合傘。
二人で一本の傘を差す。決して落書きの方ではない。そっちはそっちでいいものかもしれないが。
僕の傘は他の子どもたちと比べて少し大きめだ。
成長するのを見越して取り回しに苦労しないギリギリの大きさのものを選んだおかげで思わぬ役得。今後傘は大きめの物を買おうか。
「何見てたの?」
「……みずたまり。まるがいっぱいおっきくなった」
「いっぱいあったんだね」
「うん」
「もういいの?」
「うん」
スズカはコクリと頷いてぴったりと身を寄せて来る。
雨に濡れると困るもんね。
「すーちゃん、まーくん、そろそろ帰ろうか」
「「うん」」
他のママさんたちは未だおしゃべりに興じているが、ミオさんは軽く挨拶をして早々に抜ける。
「ミオさん大丈夫?」
「ママつらい?」
「うん、大丈夫よ。心配してくれてありがとね」
ミオさんが笑いかけながら僕らの頭を撫でる。
ミオさんは現在妊娠中期に入っている。
子どもの前ということもあり、辛そうな様子を見せようとはしないが、双子ということもあり大変そうだ。
授業参観はミオさんの強い希望もあり、母上とミツヒサさんがフォローしていた。
曰く、最近はある程度慣れてきたし、むしろ何かしている方が気がまぎれるとのこと。
心配だけど本当に辛い時はちゃんと言うタイプだし、なんだかんだでしっかりしている人だ。あまり心配しすぎると逆に気を使わせてしまう。
それに平日はミオさんのお母さまが様子を見に来てくれている。たまにバスの迎えもハルコおばあ様が来てくれることもある。
ちなみにミオさんの実家はここからそれほど遠くない。ミオさんのご両親がたまに戸塚家に遊びに来ることもあるので、母上と一緒に挨拶済みだ。
曾孫を期待されていたが、さすがに気が早すぎる。なんというか、ミオさんのお母さまって人。血は争えないというか、受け継がれたというか。
それは置いておいて。
ミオさんのお腹の方はすでに服の上からでもわかるくらいに膨らんでいる。
何度か触らせてもらったこともあるが、正直怖いくらいに膨らんでいる。生まれる頃には張り裂けてしまうんじゃないかと……。
スズカもそんな雰囲気を感じているのか、ミオさんを気遣うような言動が増えてきた。
玄関でミオさんの靴も揃えたり、お手伝いをさらに頑張るようになったり、抱き着くのを控えたり。
だがやはり甘えたい年頃でもある。
最近やたらとスズカがくっついてくるのは、ミオさんに遠慮して甘えられない反動だったりするのかもしれない。
というわけで僕はスズカと相合傘で家まで帰る。
「すーちゃん、濡れてない?」
「うん、だいじょーぶ。……まーくんぬれてる?」
「うん、まぁ……大丈夫だよ?」
大き目の傘と言っても、所詮は子供用サイズ。二人も入れば当然はみ出る。
「まーくんもっとくっつく」
「え? あ、うん……」
スズカがぐいっと引っ張って、傘の取っ手を二人で包み込むように体を寄せて来る。正直に言うと少々歩きにくいのだが――
「…………むふぅ」
スズカが楽しそうなので、文句なんてないよね。
文句があるとすれば、バス停からアパートまでの距離が短すぎることくらいか。
読んでいただきありがとうございます。




