#038 しおり
思ったよりも長くなってしまいましたが、分割できるほどでもないので…
さて、どうしよう。
もうすぐ母上の誕生日だ。
去年はちょうど熱を出してしまって、母上の誕生日だというのに看病をさせてしまうことになってしまった。
なので、今年こそは何かプレゼントをしたいと考えてる。
だがお金がない。
先月のスズカへの誕生日プレゼントを買うのに使い果たしてしまった。春は物入りだね。
現在の手持ちは115円。
前世の貯金を引き出せないだろうか……。女神様どうか……。
できもしないことは置いておいて。
このお金の出所は母上。つまり母上のお金で母上の誕生日プレゼントを買うということになる。なんだろう。しっくりこない。自分で稼ぐことを知っているからだろうか。
そもそもだが世の中の三歳児は親の誕生日に何をするのだろうか。
前世の記憶を探るが、残念ながら参考になりそうなものは出てこない。というか女性にプレゼントを贈った記憶がない。お歳暮とは違うんだよね?
……前世が役に立たん。
一人で悩んでいても仕方ないので、みんなに聞くことにしよう。
まずは園児たちの生態を熟知しているであろう幼稚園の先生。
「え、お母さんへのお誕生日プレゼント?」
「うん、リコ先生は何がいいと思いますか?」
「う~ん、メッセージカード――お手紙なんかを書いたら喜んでもらえるんじゃないかな」
なるほど手紙か。
前世で先輩が子どもからの手紙を常に鞄に入れていると言っていた気がする。
いやしかし、年少さんはまだひらがな勉強中だけど難易度が高くないだろうか?
いや書けるけど。漢字だって余裕だけど。なんなら英語とかでも……。
他の意見も聞こう。
園児のやることは園児に聞くべし。
「しほちゃんはママへのお誕生日プレゼント何がいいと思う?」
「ママのえ! ママすっごくよろこんでくれた」
なるほど。絵か。
前世で先輩が額縁に入れて飾っていたと聞いたことがある気がする。
だが、絵か……。
園児レベルの絵を書くのは難しい気がするんだが……。
「どうしたジュン?」
隣でそわそわしている子が一人。
「オレにはきかないのか?」
「うん大丈夫」
「なんでだよーーー! きけよーーーーー!」
「……わかったよ」
だがら肩を掴んで揺らすな。うぅ……酔ってきた……。
「……で、なにかあるの?」
「かたたたたきけんだ!」
「……え? なんて?」
「かたたたたたきけんだ!」
「増えとるぞ」
なるほど、肩叩き券。定番かもしれない。
正しく言えてはいないが、ジュンにしてはまともな答えが出てきた。
園児たちの意見は参考になる。さすが現役幼稚園生。
一般的な意見は分かったので、次は母上の趣味嗜好に沿った意見が欲しい。
ということで、いつもお世話になっている母上の大親友で一番の理解者であるミオさん。
「え、アカリの誕生日に何あげたらいいかって?」
「うん」
「アカリはまーくんなら何でも喜びそうだけど、ちゅーでもしてみたら?」
「……」
「私は毎年みーくんからちゅーしてもらってるわよ~?」
この後、ノロケ話を長々と聞かされました。
戸塚家が円満なようで何よりです。ミツヒサさん尊敬します。
そして隠れ大本命にして、本日代休中のミツヒサさんにも聞いてみた。
「お母さんへの誕生日プレゼントか。仕事なんかでも使えるのが良いかもな。……しおりとかどうだ? 手帳に挟んだりできるだろうし、押し花とかを合わせればいい感じになるだろう」
いいかもしれない。
母上は読書も好きだし、どこかで使ってもらえるかもしれない。
うん、さすがミツヒサさん。伊達にミオさんの旦那さんをやっていないということか。
そして大トリを飾るのはもちろんスズカ。
「すーちゃんは何がいいと思う?」
「……まーくん」
「え?」
「……まーくんがほしい」
「……」
「………………むふぅ」
ほ、ほしい? 母上へのプレゼントを聞いたんだけど……。
……来年のスズカの誕生日はどうするべきだ?
……ふへっ。
そんなこんなでみんなの意見を参考に準備を進め、母上の誕生日当日。
母上はいつも通り仕事終わりに戸塚家へと僕を迎えにやってくる。
スズカが祝いの言葉と共に、ミオさんの手作りケーキが入った箱を母上に渡す。
「おたんじょうび、おめでとうございます」
「ありがと、すーちゃん」
その後ミオさんと一言二言話し、「また後でね」と挨拶をして僕の手を引く。
僕は家に入ると、幼稚園のリュックサックに隠しておいたプレゼントを取り出しに向かう。
「おかーさん、お誕生日おめでとう! はい、これ」
「ありがと、まーくん」
母上は目を細めてプレゼントを受け取ってくれた。
そしてぎゅっと抱きしめられる。
手紙は書きたいことが多くなりすぎそうだったので、シンプルに「おかあさん おたんじょうびおめでとう」と書くだけにした。
そして、母上と僕が手をつないでいる絵を添えた。
絵心が無くて、園児レベルと言っても問題ないだろう。良かったような悲しいような……。絵と字の上手さがアンマッチングで……。
そして手紙に挟んであるのは押し花のしおり。
ちゃんと作ろうとミオさんに相談したら、予想以上に本格的に……。
花びらの水分をちゃんと飛ばすためにキッチンペーパーで挟んで数日待ったり、しおりが擦れてボロボロにならないようにラミネート加工してたりして、なんやかんやと完成までに一週間。余裕を持って準備を始めて本当に良かった。
押し花にした花は幼稚園の花壇で咲いてたものを、先生に許可もらって獲らせてもらった。
名前は……なんて言ったっけ? 金属っぽい名前だったような……。ぜに……ぜら……ぜらちん? とりあえず赤い5枚の花びらの花。
「ありがと、まーくん。大切に使うね」
「うん」
――ちゅっ
母上が僕の頬にお礼のキスをしてくれたので、お返しに。
――ちゅっ
みんなに聞いた意見は全部できたんじゃないだろうか。
肩叩き券については……残念ながら普段からやっているので割愛。
ごめん、ジュン。まともな答えだったのに……。
スズカのは……理由は言わなくてもわかってくれるよね?
その後、母上と一緒にミオさん手作りのレアチーズケーキを食べた。
母上にとって、いい誕生日になってたら良いな。
***
「おじゃまします」
「いらっしゃいアカリ」
ミオは携帯の着信に気づき玄関を開ける。
夢の中へと旅立った子どもを起さないように、お互いの声のボリュームは小さい。
戸塚家のリビングに大人三人が揃った。
「では改めて……「誕生日おめでとう」」
「ありがとう」
ミオとミツヒサは揃って祝いの言葉を口にし、グラスを少しだけ掲げる。
乾杯はしない。グラスのぶつかる音は意外と響くのでポーズだけ。
アカリも礼を言ってグラスを持ち上げる。
ちなみにグラスの中身は、お酒っぽい炭酸ジュース。
二人は翌日仕事、一人は妊婦なので、そのあたりは考えている。
「ありがとね、ミオ。ケーキ美味しかった」
「ん? どういたしまして」
「あとしおりも。ミオが手伝ってくれたんでしょ?」
「うん、まぁでもちょっとやり方教えただけだよ? 手は出してないから」
そう言ってヒラヒラと手を振るミオ。
「そうなの? でも透明なので包んだりとか……」
「ラミネートフィルムね。みーくんが一緒に100均に行ったけど、『自分で買う』って言ってお小遣いで買ってたみたいよ? ひもはウチに転がってたのをあげたけど」
「そうだったんだ。……ミツヒサさんもありがとうございました」
「いえいえ」
ミツヒサは休日に子どもたちを連れ、公園に遊びに行くふりをして買い物に行っていた。誕生日まではアカリに秘密にしたいというマコトの希望で、アカリには伝えられていなかったが。
「穴あけパンチは幼稚園のを使わせてもらったみたいよ。先生から報告があったわ」
アカリは手帳に挟んだしおりを思い出し、口元を緩ませる。
「あと花も自分で選んだみたいよ~。幼稚園の花壇にあった中でしおりに良さそうなのをって。アカリはしおりに使われてる花の名前知ってる?」
「ううん、ちょっとわかんないかな」
「らー……。あれ、何だったっけ……。らー……。みーくん覚えてる?」
「ゼラニウムだったかな」
「そうそうゼラニウム。花言葉は――」
その後もたわいもない会話を楽しみ、小一時間ほどでお開きとなった。
アカリは戸塚夫婦にもう一度お礼を言い、我が家――愛する息子の元へと帰る。
寝支度を済ませたアカリは、寝相良く眠るマコトの隣に横になり、頭を優しく撫でた。
「ありがと、まーくん。私もまーくんがいてくれて幸せだよ」
――ちゅっ
読んでいただきありがとうございます。
次回はそろそろ授業参観の時期…?
改稿履歴
2020/11/26 19:34 アカリの最後のセリフを花言葉に絡めるよう修正しました。




