#035 山登り(後半戦)
楽しいお弁当タイムの後は、食休みがてら広場で自由時間。
元気が有り余っている子たちは、追いかけっこをして走り回ったり、電車ごっこをしていたり。
あとは小川の方に遊びに行っている子たちもいる。あそこだけ先生の数が多い。
綺麗な川のようで、靴を脱いで入ることもできるようだ。
かく言う僕は、広場に設置されている長椅子にちょこんと座っている。休める時に休む。これ大事。
そして僕のすぐ横には様々な大きさや形の石や葉っぱが置かれている。少ないがどんぐりもある。よく見つけたね。
「まこと! すげーのみつけた!」
駆け寄ってきたジュンが手にしているのは黄色い球体。表面には規則正しく小さなくぼみがある。
「まこと、これなんだ!?」
「ゴルフボールだね……」
誰だよこんなところでゴルフしたやつ。言っておくが、陽王山にゴルフコースはない。
「どこにあったの?」
「かわのなかにおちてた!」
「そうなんだ……」
とりあえず預かっておこう。戻してこいとは言えないし、投げたりして遊んで誰かに当たったら問題だ。
後で先生に渡すか。持ち運ぶゴミとか増えるけど申し訳ない。
「もっとすげーのみつけてくる!」
「……行ってらっしゃい」
ぴゅーっと走り去っていくジュン。その後もクラスメイトたちが、小川や落ち葉密集地の方に行っては何かを拾って戻ってくる。
「なぜここに集める……」
とりあえずテーブルの上にあると後々面倒になりそうなので、落ち葉の上に石ころを置きながら、渦巻状になるよう地面に並べてみる。
「……てつだう」
「しほも!」
途中からスズカとしほちゃんと他数名が並べるのを手伝ってくれたので、そのまま任せる。
最終的にミステリーサークルっぽいのが出来た。みんなで写真撮影した。
休憩も終わりリュックサックを背負って出発。午前中よりもだいぶ静かな一行。
「ジュン大丈夫?」
まだ進み始めて10分ほどだが、あんなに元気だった子どもたちが大人しい。ジュンも先頭組から脱落して僕の隣にいる。
まぁあれだけ昼に走り回ればね……。大人しく遊んでた子たちの方が足取りが軽いんじゃないだろうか。
「まこと、……ここはオレにまかせてさきにいけ!」
「それ誰に教えてもらった?」
「……ますにーちゃん。つかれたら言えって……」
仕込まれとる。
「あと少しだ頑張れ」
「ひざにやが……」
「……」
片膝をついて座り込むジュン。偶然だと思うが両手が立てた膝に。
……コイツは将来有望かもしれない。
ジュンの他にも座り込む子がいるので、こまめに休憩を入れながらゆっくりと進む。
少しすると下山する年中組とすれ違う。
年少組よりも足取りはしっかりしているが、やはり疲れが見え隠れしている。
……敬礼はやめな? 今回僕は何もしてないからね? みんな気に入ったのかな。
その後、年長組ともすれ違った。
さすが最年長、足取りは軽やかで列もほとんど乱れていない。それでも問題児は少なからずいるようだが。
頂上付近に差し掛かると、木に覆われた視界が開けてくる。
展望台が見えゴール地点で待ち構えている先生の姿を見つけると、子どもたちのテンションも上がってきて我先にと進む。
そして一番の元気っ子も。
「まこと、うえまできょうそうしようぜ」
「えぇ……」
「いくぞ! よーいどん!」
「あ、ちょ……」
ジュンは一人で突っ走って行ってしまった。走るの早いなー。
ゴール地点に立つ先生の元までたどり着いたジュンは、再び走って僕の元まで戻ってくる。
「まことー、なにしてるんだよー」
そう言われても。
先ほどからスズカが僕のリュックの紐を掴んでいるのだ。捕まっているとも言う。
「――遅かったねジュン」
「!?」
「僕はすでに往復して戻っていたんだ」
「……まことすげー!!!」
子どもは純粋で可愛いね。
それに比べて大人は……。心が痛い。
ばら組は年少組の中で一番早く展望台に着いた。下山予定時間まであと一時間近くもある。
背負っているリュックサックを帰りに乗るバスに乗せ、身軽になった僕たちはリコ先生に先導され展望台へ向かう。
展望台は四階建て。一階は倉庫になっているようで、入れるのは2階から。回り込むようにスロープがあって、そこを歩いてエントランスフロアへ。
2階にはカフェが入っていた。オープンテラスもあって解放感がある。
だがお茶することもなく通過して階段へ。
3階は完全スルー。なんか都市のジオラマっぽいのが見えた。
そして4階。360度の展望フロア。
子どもたちはガラスに張り付いて、自分たちの住んでいる辺りや幼稚園を見つけてはしゃぐ。
特に双眼鏡が大人気だ。だけど多分見えてない。100円入れるやつだから……。
子どもたちは先生にねだって抱えられて覗き込むが、一回やると二度と近づかない。
他のクラスが到着して展望フロアにやってきたので、ばら組は退散。展望台のすぐ傍にある広場へと向かう。
芝生に覆われたちょっとした土手があり、そこにロープが垂らされていて上ったりして遊べるようになっている。残り時間はここで自由行動。
きゃいきゃい言いながら遊ぶ子供たち。君たち元気だね。僕は疲れたので少しばかり仮眠を……。
「……まーくんおきる」
スズカに揺さぶられて、僕は目を覚ます。
むくりと上体を起こし辺りを確認すると、先生たちが子どもたちを呼び集めている。そろそろ下山する時間のようだ。
「起こしてくれてありがとね」
「!?」
寝起きで思考が定まらないまま、スズカに感謝の言葉を伝え、頭を撫でる。
立ち上がって、全身についた芝生を払い落す。スズカも背中に付いた芝生を払うのを手伝ってくれる。
ん? 全身……?
そして集合場所に行くために土手を上る。
ん? 上る……?
確か僕は土手の上で寝っ転がっていたはずなのだが……。睡魔で記憶が曖昧になっていたのだろうか。
そして下山のバス。子どもたちは相変わらずテンションが高い。
クラスメイトと一緒に乗るのは初めてだからだろうか。帰りのバスは家の方向でバラバラになるからね。
ちなみにスズカはしほちゃんと共に前の席に座っている。二人して膝立ちしてこっちを見ている。危ないからちゃんと座りな?
そして隣はやはり――
「まことー。あしたもこようぜ」
ジュンが窓に張り付き外を見ながら言う。
「膝の矢はどうした?」
「え? なにそれ?」
振り向きポカンとした様子で首をかしげる。どうやら治って記憶の彼方へと忘れ去られたようだ。ネタごと。
「はやくおーくふできるようになりてーな!」
「往復ね。それにはまず特訓が必要じゃないかな」
「とっくん!!」
たぶん登って降りるだけなら、今の段階でもそれほど難しくない気がする。
「まこともいっしょにとっくんしよーぜ!」
「すまない。膝に矢が刺さってな……」
「え? なにそれ?」
コイツっ! ネタは使い捨てが基本ということか!?
「ジュン、特訓は隠れてやったほうがいいんだぞ?」
「え、そーなのか?」
「あぁ。その方が相手を驚かせることができるだろ?」
「おぉ!!」
なんとか特訓イベントは回避できそうだ。まぁジュンの事だから明日には忘れてそうだけど。
「ますにーちゃんもそーなんだな!」
「そうなの?」
「うん。なんかかくれてやってた」
それは思春期のアレではないか……。まずいぞマスミさん! バレてる!
「手にくるくるして、ひめられたちからがなんとかって!」
「……」
そっちか。良かった。ティッシュの方じゃなくて包帯の方だった。
「ジュン、マスミお兄さんも特訓しないといけないから、そっとしておいてあげてね?」
「そーだな! きをつける!」
マスミさんを始め、今井家の男性陣には気を付けてもらいたい。
すでにジュンに影響が色濃く出てしまっているようだが……。
その後もジュンの話を適切にあしらいながらバスに揺られる。なんだろうこのドキドキは。
そして幼稚園に戻り帰りの会を済ませて帰りのバス。家に帰るまでが遠足。
案の定、みんな眠そうにしている。隣に座るスズカもうつらうつらしている。
「すーちゃん、眠たかったら寝てていいよ?」
「……ぅん」
スズカの頭が傾き、肩に重みが加わる。
その感触を楽しみながら、初めての遠足は幕を閉じた。
読んでいただきありがとうございます。
次回はこの遠足の別視点を書こうかと…。