#034 山登り(前半戦)
遅くなりました。
年長・年中さんが出発し、いざ年少さん。
リュックサックを背負って意気揚々と、まずは登山道入り口まで。
と言っても幼稚園の裏側に回ればそこからは一本道。車の往来もほとんどない。
リコ先生を先頭に、二列になって隣の子と手を繋ぎながら歩く。
入園してから、やたらと整列や行進の練習をしたのはこのためだったのかもしれない。
だが僕が手をつないでいるのはスズカではない。スズカはしほちゃんと手を繋いで僕の目の前をトコトコと歩いている。
ちょくちょく振り返ってくる姿がなんとも可愛らしいが、前見て歩かないと危ないよ?
そして僕と手を繋いでいるのは――
「まこと、ひおーざんのぼったことあるか?」
「ううん、はじめてだよ」
「そうか。オレはあるぞ!」
「すごいね、ジュンは」
隣で胸を張りドヤ顔をする経験者は今井純。とにかく体を動かすのが好きな子で、この遠足をとにかく楽しみにしていたらしい。
「ますにーちゃんなんて一日5おーくふしたっていってた」
「マスミさんだっけ? 一番上の。すごいね、ジュンのお兄さんは」
ジュンには少し年の離れたお兄さんが3人いるらしく、陽王山には何度も遊びに来たことがあるらしい。ちなみに全員陽ノ森幼稚園の卒園生で、セイコ先生の教え子だったりする。
そして一番上の兄は高校一年生になるらしい。今井さん家のご両親、頑張ってらっしゃる。
「だろ! ……でもおーくふってなんだ?」
「正しくは往復、だね。登って下りてを5回も繰り返したんだよ」
「すげーな! おーふく! みずにーちゃんもこーにーちゃんもおーふくよゆーって――」
とりあえず今井家はみんなやんちゃなのかもしれない。
そしてその末っ子もその血は争えないようだ。普段から元気だが、今日はいつにも増してテンションが高い。
僕の手を引く力も強く、列からはみ出ないようにするのが大変だ。そんなに急いでも前も後ろも詰まってるんだから……。
10分ほどして登山道入り口にある駐車場に何事もなく到着。そして休憩。
僕もリュックサックから水筒を取り出して喉を潤す。ジュンの元気さに振り回されて、予想外の体力の消耗を……。
リコ先生が再度注意事項を、続いて今から入る森の説明を始める。
陽王山の麓に広がるのは権幻の森。スダジイという木がたくさん生えていて、時期外れだが運が良ければ木の実なんかも落ちているらしい。
何が面白かったのか、子どもたちが「すだじー」と連呼している。スダさん家のおじいさん出てきそうだね。
説明も手短に終わり、いざ山へ。
さすがに手を繋いで山道は歩きにくいということで、手は繋がずクラスで固まって歩き出す。
傍にはいつも通りスズカとしほちゃん。ジュンなら集団の先頭ではしゃいでるよ。
入り口には新緑に囲まれた中に鳥居のようなものが聳え立っている。赤くはないし、ただ柱と梁が一本あるだけ。
これは鳥居なのか。
と思ったが、子どもたちが柱に抱き着いたり、周りをくるくる走り回っていても先生方が何も言わないので多分違う。ただの門的なもの。
が、とりあえず頭を下げておこう。ペコリ。
「まーくん、なにしてるの?」
「……お邪魔します……的な?」
門の前で頭を下げた僕を、スズカが不思議そうな目をして聞いてくる。
「……お邪魔します」
「ます」
スズカとしほちゃんが僕に並んで礼をする。うん、礼儀正しい子に育ってる。
そして、ばら組は礼儀正しい子たちが多いようで。
門に向かってペコリと頭を下げる園児たち。柱に向かってペコリ。敬礼。……それは違うんじゃないか。
……リコ先生からの視線が熱い。セイコ先生は相変わらず苦笑い。
あまり余計なことはしないほうが良いのかもしれない。
気を取り直して。
僕たちは道脇の草木を観察したり、面白い形の落ち葉や石を見つけたりしながらのんびりと進む。
そんなスピードで歩いて大丈夫なのかと思われるかもしれないが、登山道はそれほど長くない。
登山道入り口から展望台まで片道40分。入口に設置されていた案内板に書いてあった。ちらほらとおじいさんおばあさんとすれ違うので、程良いハイキングコースになっているようだ。
ちなみに年少組は展望台がゴールでそこからは園バスで下山する。年中年長になれば歩いて下山までするらしい。
「せんせー。はやくすすもーよー!」
そんな感じなので、元気が有り余っている子たちが訴えだす。僕も飽きてきた。
先生方もそろそろかと予想していたらしく、子どもたちをまとめ上げ、登る足を早める。
足元に気を付けながら、石でできた階段や小さな橋を超え進んでいくと、今度は本物の鳥居が見えてくる。
小さな祠が設置されているので、先生に言われるまま、みんなでそろって手を合わせる。
そしてさらに進むと山の中腹にある広場に出た。
ちょっとしたキャンプ場のようになっており、テーブルやかまども設置されている。
端の方には小川が流れていて、自然と戯れることもできるようだ。
「ちょっと早いけど、いまからお昼です」
広場に設置された時計を見ると11時を回ったところだ。だがなんだかんだで動いたのでお腹は空いている。
リコ先生が適当な場所まで子どもたちを先導し、レジャーシートを広げるように指示を出す。
そそくさとリュックサックからレジャーシートを取り出して広げる。
スズカが僕のレジャーシートにくっつけるように広げる。しほちゃんがそれに続く。
全員が敷き終わると、おしぼりで手を拭いてお弁当タイム。
「しほちゃんのお弁当かわいいね」
「うん! ママがきょうはふんぱつしたっていってた」
しほちゃんのお弁当はいわゆるキャラ弁。刻んだ海苔で二足歩行の子猫が描かれている。
すると、スズカがスプーンを差し出してくる。
「まーくん、あーん」
「……あーん」
ぷちっという感触の後に、口の中に広がるほのかな酸味と甘さ。
「すーちゃん、ちゃんとトマトも食べないと大きくなれないよ?」
「むぅ……」
「がんばろうね? ……あーん」
代わりに僕のお弁当に入っていたミニトマトを差し出す。
チラチラと僕とトマトに視線を往復させ、意を決してパクリと食いつく。
「すーちゃん偉い」
「………………………………むふぅ」
たまにはのんびりと外でお弁当もいいね。
今度は母上たちと一緒に来てピクニックとか良いかもしれない。
読んでいただきありがとうございます。
次回は早めに上げたいとは思ってます。




