#033 おやつは遠足に入りますか?
GWも終わり早一週間。
幼稚園バスを待っているのだが、今日はいつもと雰囲気が違う。
ぱっと見は変わらないのだが、背負っているリュックサックがパンパンに膨れている。
隣にいるスズカも、表情は変わらないながらも浮ついた様子だ。
それもそのはず。
今日は春の遠足。
行先は山。
幼稚園のすぐ裏手に標高250メートルほどの陽王山という小さな山がある。
陽ノ森幼稚園では、毎年GW明けにこの山に登るのが恒例行事となっている。
「すーちゃん、リュック重くない? 大丈夫?」
「うん、へーき」
応えるスズカは平然とした様子でリュックをふりふりと。お弁当が偏るよ?
「わすれものもない。じゅんびばんたん」
散々確認したからね。
初めての遠足ということで、直前の連休に母上と共に戸塚家にお邪魔して持ち物の確認をした。
「りゅっくさっく」
スズカが遠足のしおりに書いてある”もちもの”の一覧を読み上げながら、一緒に確認していく。
リュックサックは園指定のもの。
園児にしては少し大きいと思っていたが、遠足にも使うということなので納得。
意外と高性能でマチ拡張機能付き。色が黄色じゃなくてかつ幼稚園のロゴが入ってなければ大人でも使えたんじゃないだろうか。
「くつ」
履きなれた動きやすい靴。新調は基本NGということでいつも通りの靴。
しかしわざわざ一覧に書くということは……、履き忘れて来る子でもいたのだろうか? リュックサックも同様に。
「しきもの」
スズカがまだ土の付いていないレジャーシートを広げる。パステルカラーが可愛らしい。
広げたレジャーシートの上に寝転がり、そのままころころと転がる。スズカの簀巻き。え、僕も一緒に……?
「むふぅ……」
レジャーシートのサイズは大きくないので上手く巻けてはいないけど、スズカが満足そうなので僕も満足。
ちなみに僕のはフリーマーケットで入手したネイビーのチェック柄。レジャーシートって思ったより丈夫だよね。10年前のだって。予想以上に綺麗なんだけど。
スズカがレジャーシートを仕舞う練習をして次。
「かっぱ」
雨天延期だけど一応持っておくらしい。山の天気は変わりやすいからね。標高250メートルでもそうなのかは知らないけど。
一応ちゃんと使えるか試着。スズカは何着ても似合うね。
その他に「きがえ」「タオル2まい」「ハンカチ」「ティッシュ」「ビニール袋」……と遠足に必要そうなものを確認していく。「おべんとう」と「すいとう」は当日。
そして”おやつ”。
遠足の楽しみと言ったらこれじゃないだろうか。
300円までとか少しオーバーしても家にあったのでギリギリセーフですとかバナナはおやつに入りますかとか。
スズカがどんなおやつを選ぶのかも興味がある。
だがいつまで経っても「おやつ」という言葉がやってこない。見るとスズカは満足そうにリュックサックに確認した持ち物を詰めている。まだ早いよ?
不思議に思ってしおりを最初っから最後まで確認するが、おやつの”お”の字も見当たらない。透かして見ても当然書かれていない。
どうやらこのしおりには不備があるようだ。
「まーくん、しおりをじっと見てどうしたの?」
ミオさんが固まる僕を見て心配そうにする。
「おやつが……ない?」
「ないわよ?」
「……」
「まーくんの表情がいつになく抜け落ちた……!?」
どうやら見落としでも印刷ミスでも抜け漏れでもなんでもなく、本当にないようだ。
話を聞くに、どうやらアレルギーやら何やらに配慮して、遠足におやつを持っていく文化がなくなり始めているらしい。
なんということだ……。
限られた予算の中で、いかに満足できる組み合わせを考えるか。
そして自分で食べるだけじゃなく、持ち寄ったお菓子を交換して親交を深める。
そうやってコスパの計算と他者への配慮を学んでいくというのに……。
「あとおやつ食べる暇ないんだって。結構タイトスケジュールだって年長さんになる子のママが言ってた」
「へぇ~。頑張ってね、すーちゃん、まーくん」
遠足前のお楽しみの90%ほどが失われた現代。
「バナナはおやつに入りますか」というネタが通じなくなる日も近いのかもしれない。
気を取り直して当日。
ミオさんに見送られ、いつも通り幼稚園バスに乗り込む。
すでにバスの中では園児たちのテンションは高く、付き添いの先生方の注意の声が飛び交っている。
そしてスズカの密着度もいつにも増して高い気がする。テンション上がるね。
幼稚園に到着すると、やはり子どもたちはそわそわとした様子。
年長さんは今か今かと楽しみに待ち構え、年中さんは成長した姿を見せようと気合が入る。年少さんは何をやるのかイマイチ理解していないが、場の雰囲気に流されてはしゃいだり少し不安そうにしたり。
時間になると年少さんから年長さんまで全員がグラウンドに集まり、園長先生の話や注意事項を聞く。
いつもはしゃいでいる子も、いつもと違う雰囲気に静まり返っている。
全体の話が終わると、クラス毎に再度集まり先生の話。
それも終わると、年長さんから順番に担任の先生に先導され、ぞろぞろと出発していく。担任を持っていない先生方もポツポツと間に入りながら。
僕らは先輩方の姿を見送る。
僕は思わず敬礼した。
小さい山とはいえ、その足で一歩一歩地面を踏みしめ頂上を目指す。今日のこの遠足が、この子たちをより逞しく成長させていくんだろう。頑張っておいで。
それを当然のようにスズカが真似し、しほちゃんも首を傾げながらつられて敬礼。
そしてクラス全体に広がっていく。
誰に向かって敬礼しているのかわからない子や、トサカを飛ばしそうな子もいるけど。
隣のクラスの子も一部つられて……。
年長さんと年中さんに、ばら組一同敬礼。
今日もクラスのまとまりは抜群のようだ。
……何やらリコ先生から熱い視線を感じる。なんとも言えない表情をされているが、どうされたのだろうか。セイコ先生は苦笑いされている。
僕はそっと手を下げて、しおりに視線を落とした。
読んでいただきありがとうございます。
朝一の更新に間に合わない…。布団の誘惑が…。
次回は…山登り。すーちゃんファイト、一発回? いやそんな険しい山じゃない。
改稿履歴
2021/11/07 19:28 普段の通園時の服装を体操服に変更に伴う修正




