#031 戸塚の女神
すみません。遅くなりました。
年数を計算していたらこんがらがってきて…。
何となくで読んでもらえると助かります。
私の名前は戸塚光久。
小さなIT企業に勤めるサラリーマンだ。
もともとはシステム開発を細々と行う会社だったが、世界的な金融危機の少し前にコンサルティングへと手を出していた。
小さな会社の持ち味ともいえるフットワークの軽さを活かした戦略変更は、最初はわからないことだらけで手探りだったが、今は無事に軌道に乗っている。
経営が苦しくなった世の中の会社は、経費削減や業務効率化を図ろうとしていて、そのニーズにIT化という商品がぴったりとハマった。
システム開発を自社で行えるのも強みだったのだろう。結婚後間もなくデスマーチが続いた時はさすがに恨んだが、今は社長の人脈とご慧眼には感服するしかない。
会社が不況の影響から早々に抜け出せたこともあって、私のビジネスライフは充実している。
そしてプライベートは仕事以上に充実している。
美人な妻と可愛い娘が一人。
そしてミオのお腹にはすでに新しい命が宿っている。順風満帆すぎて少しばかり怖い。
ミオとの出会いは今も務めている会社だ。当時の苗字は百瀬。
事務を担当している女性が、年ということもあってあと数年で退職を考えているということで採用された。
最初の印象は「今どきの若い女の子」だった。
見た目も愛想も非常に良いので、男が9割の我が会社では周りにちやほやされて、仕事も中途半端になってしまうのではないかと思っていた。
だがいざ彼女が働き始めると、その考えは間違いだと自覚させられた。
ただ女性に縁のない男が穿った見方をしていただけだと猛烈に反省した。
仕事は早く丁寧だし、社員たちの手続きのミスも上手くフォローしてくれた。
私たちが本業に集中出来たのも、デスマーチを耐えることが出来たのも彼女が陰で会社を支えてくれていたからだろう。
そして何より、彼女は社内に新しい風をもたらしてくれた。
固定概念に囚われた男たちの考えを若い女性という目線で異を唱え、それは商品にも反映され、顧客からの評価も上々。
後に聞くに、社長がコンサルへと手を出したのは彼女の何気ない一言がきっかけだったらしい。
ちなみに次年度から女性の採用が増えた。
そのようなことがあり、仲間たちと彼女のことを陰で女神様と崇めていた。
セクハラパワハラなんてしようものなら他の社員から叩き殺されるレベル。絶対的存在。おそらく社長よりも上。
なぜこんな優秀な子がこんな小さな会社に……? とみんなが思っていた。
そんな女神様と結婚させていただいた私。
きっかけは週末に行われた会社の忘年会だった。
私は出先での作業が長引いて少し遅れ気味に会場に到着。ミオは若手ということもあり、下座の方の席に座っていたため幸運にも隣の席となった。
小さな会社なので何度も話をしたことはある。
ビジネスパートナーとしてなら女性であっても普通に接することはできる。日頃の感謝と何気ない会話でもできればと思っていた。
「トツカさんの声って素敵ですよね~。トツカさんが電話してるときとか指示出してるとき、私関係ないのに手を止めて聞いちゃうんですよ~」
少しお酒も入っていたこともあり、饒舌になった彼女が言った言葉。
私は固まった。
周りも固まった。
ほろ酔い状態が一気に醒めた。
醒めたはずなのにその後の会話はまったく覚えていない。盛り上がったらしいのだが、周りの仲間たちに聞いても嫉妬の目線を向けられるだけだった。
帰り際、連絡先も交換した。
つまるところ、仕事じゃなくてプライベートで電話をしても良いということだろうか。
後からミオから聞いたが、その時の携帯電話を持つ私の手はプルプル震えていたらしい。
だが女性に縁のなかった私は自分からメールも電話もできなかった。
人と接する仕事なので身なりには気を使っていたが、30にもなったし服の下の脂肪の成長も順調だ。そんなおっさんが、20代前半の女性に対しどう連絡をすればよいのか。
気難しい取引先の社長の相手をする方が簡単な気がする。
どうすれば良いのか分からず、とりあえず掃除を始め、気が付けば大掃除となり終わった。年末はゆっくりできそうだが、連絡もできないまま日曜の夜になってしまった。
突如手に持った携帯電話が鳴り響く。小さなディスプレイには「百瀬美緒」と表示されている。取り落としそうになりながら慌てて出る。
「――っ、もしも、し……?」
『もしもし、トツカさんですか?』
「えぇ、そうです……。……こんな夜分にどうされました?」
『……何時まで経ってもトツカさんから連絡がないので、こっちから電話かけちゃいました』
女性に気を遣わせてしまうとは……情けなさすぎる。
「……も、申し訳ない」
『……』
「……あの? モモセさん?」
『ちょっと上ずったトツカさんの声も新鮮でステキですねっ!』
「――っ!?」
電話越しで本当に良かった。
口元が気持ち悪いことになっている気がする。
『……トツカさん? 聞こえてます?』
「……えぇ、聞こえてますよ?」
『そうですか。良かったです。――この土日、トツカさんは何されてたんですか?』
何気ない話で盛り上がった。この土日にあったことやテレビの話。親友と遊びに行ったとか。
ミオが話を振ってくれたお陰で、私でもそれなりに会話ができていたように思う。……なんとも情けない話だが。
『あ、プライベートではミオって呼んでください。モモセさんなんて他人行儀じゃないですか』
「えぇ!?」
『私もミツヒサさんって呼びますね?』
「おぉ、うん、はい」
大人になってから女性に名前を呼ばれるのは初めてじゃないだろうか。病院で看護師にフルネームで呼ばれるのは別だ。
ちょっとゾクっとした。あぁ、気温が低くなってるだけか。暖房を。
『じゃあ私のこと呼んでみてください!』
「えぇ……」
最近の女性はグイグイ来るんだね。もう一度言うが電話越しで良かった。
少し間をおいて心の準備。
「み……ミオ……さん……?」
『……呼び捨てでもよかったんですが。まぁそちらはおいおいでいいですかね……』
何だろう。名前を呼ばれてもこの平然とした様子。若い子怖い。
だが、ミオとの相性は良かった。
唯一の趣味だったゲームの話にも乗ってきてくれた。距離が近づくのもすぐだった。
「ミツヒサさ~ん。一狩り行きましょ~」
いつの間にか家にまで上がり込んできて。
……どうなっている? これは夢か。
私のベッドの上でうつ伏せになり、足をパタパタさせながら携帯ゲーム機で遊んでいるのは何処の女神?
そこからはとんとん拍子だった。
当然のようにお付き合いをさせていただくことになり、そのまま結婚。
どうやら彼女の人生設計はすでに完成しているらしい。
そして間もなく子どもを授かった。
子育てに専念したいということで、盛大に惜しまれながら退社した。
男性社員全員からの視線が。社長まで……。
子育てが落ち着いたら戻ってくる可能性も……、ということでその場はどうにか収まった。
その後すぐ世の中がいろいろと大変な時期となったが、愛する家族を守るためにと頑張れた。
ミオも家に帰れない日が続いた私を理解してくれて、一人で子育てを頑張ってくれた。
感謝以外の言葉が見つからない。
「ありがとう、ミオ」
「? どうしたの急に……」
「いや……ちょっとね……?」
リビングでスズカと遊んでいるミオが不思議そうな顔をする。
脈絡なく言われても戸惑うよね……。
「すー、パパでしゅよ~」
「? しってる……」
「……」
スズカが不思議そうな顔をする。
子どもの成長は早い。早すぎる。
読んでいただきありがとうございます。
実際の金融危機の乗り越え方とかは素人の想像なので、”何とかなって順調”という結果だけとらえてもらえれば助かります。
ついでに年数も。逆算とかしたらすーちゃんとミオさんが怒るかもしれません。女性の年齢はアンタッチャブルです。
次回もミツヒサの語りです。
八代家にフォーカスを当てて行こうかと。




