#027 天使が不機嫌
すみません、二つの意味で遅くなりました。
GWも終盤に突入したある日の午後。
僕は今、母上と一緒に戸塚家にお邪魔している。
戸塚家は昨日の夜に帰ってきてはいたのだが、遊び疲れたそうでそのままおねむ。朝も寝過ごし気味で家事やら何やらしていたら、いつの間にか午前中が終わっていたらしい。
疲れてるなら一日ゆっくりしてもいいんじゃないかと思うが、天使様からの強い要望によりはせ参じたのだが。
――ひしっ!
状況を説明すると、まず僕はスズカに後ろから抱き着かれている。
床に座っている僕に対し、スズカが立った状態で僕の頭を抱え込むような体勢。
スズカの顎がつむじに当たって地味に痛い。
……下痢になったりハゲたり身長止まったりしないよね? 医学的根拠ないよね? むしろツボだよね?
「ぶぅ……」
そんな僕の不安をよそに、スズカが不貞腐れた声を出す。
ほっぺを膨らませているんだろうけど、そのお顔を拝見できないのが痛恨の極み。誰か鏡を。
「すー、こっちおいで~。ほ~ら、おやつだよ~~」
対面する男性がスズカに声を掛ける。
不審者?
ではない。
スズカのパパ――戸塚光久さん。
30半ばで身長180センチ近くの細マッチョ。髪はナチュラルアシメなツーブロック。今日は完全オフということで前髪を下ろしている状態。
ミオさんに負けず劣らずの爽やかイケメンダンディ。どこぞの俳優さんですかと聞かれても不思議じゃない。
というのはミオさんがコーディネートしているからだそう。
ミオさんと出会う前のミツヒサさんは、彼女いない歴=年齢を順調に歩んでいた。
仕事や趣味を優先するタイプで、髪型や服装は野暮ったくセンスもなく、お腹もちょっと出始めていたらしい。今の見た目からは考えられないが。
そして声がカッコいい。低めの落ち着いた声。
ミオさんが最初にミツヒサさんに目を付けたのも、声が印象的だったからだそう。
スズカ相手にはトーンがいくらか上がって、見た目とのギャップがあってそこもまた好きな人は好きなんじゃないだろうか。少なくともミオさんは好きらしい。
「ご機嫌治して、パパとも遊んでほしいな~」
「……や!」
「こォふ……」
そのイケメンが崩れ落ちる。膝立ちだったのだがそのまま正面にバタリ。
顔面からいったように見えたが大丈夫だろうか。
というか昼ごはん食べてそれほど間が開いていないのに、食べ物で釣ろうとするのはさすがに厳しいんじゃないだろうか。
足元に転がったミツヒサさんの後頭部からは、なんとなく哀愁が漂ってくる。
そりゃそうだよね。スズカからこんな明確に拒否されたら、三日三晩寝込むよ。
スズカは僕の脇から倒れたミツヒサさんの後頭部を、懸命に伸ばした足先でツンツンしている。
こらっ。お行儀悪い……いや、ミツヒサさん構われて嬉しそうだからいっか。
スズカが不機嫌になっている理由。
てっきり朝から遊べると思っていたのに、なんやかんやと時間が過ぎ午後になってしまったことにご立腹らしい。
ミツヒサさんが何かしら悪いことしたというわけではないのだが、運悪く不機嫌の矛先となってしまったようだ。ご愁傷様としか言いようがない。
まぁ不機嫌といってもミツヒサさんを本当に拒んでいるわけでもなく、そういう遊び――というか甘え方をしているだけなので、当人以外は深刻にはなっていない。
その証拠にミオさんは母上と一緒にカメラを片手に楽しんでる。ちょっとは旦那さんを助けてあげて。
スズカは足蹴を止めてペシペシと僕の頭を触ってはギュッと抱きしめる。
「…………む、…………………ふ」
どうやらスズカなりの落ち着き方のようだ。
うん、平和だ。
「……マコト、これで勝った気になるんじゃないよ?」
床からくぐくもった声が飛んでくる。平和にいこうよ。
ラブ&ピースのピースは勝利のVサインではないって。
「すーちゃん、お昼寝しない?」
まぁこういう時は一回寝ればすぐ元通りになる。
子どもの不機嫌なんてそんなもんだ。
「……する」
スズカが素直に応諾。
ミオさんが救いの手を差し伸べる様子がないので、転がるミツヒサさんにも声をかける。
「ミツヒサさんも一緒に……」
「……同情は必要ない」
……さいですか。
「じゃあおかーさんかミオさんと――」
「――だが一緒にお昼寝はしよう。子守唄を歌おうではないか」
ガバリと上体を起してミツヒサさんが復活する。やる気に満ち溢れた決め顔をしているが、今からするのはお昼寝ですよ?
……というか手を使わずに起き上がらなかったか? ただ見過ごしただけか? 筋肉が仕事しただけか?
ミツヒサさんが昼寝のために布団を敷いてくれる。
僕も手伝おうとしたのだがスズカが放してくれないのでしょうがない。
ミツヒサさんが恨みがましい視線を向けて来るのだが、こればっかりはしょうがないんです。
そしてミツヒサさんが敷かれた布団の中央に陣取る。
「さぁ、すー、おいで」
成人男性が布団の上で片肘ついてその発言はいろいろ大丈夫か?
スズカは僕から離れると、ミツヒサさんを布団の隅っこへと押しやる。
「……むぅ」
「なんだ? すー。やっぱりパパと遊びたいの――」
「――ちがう」
「……」
上げてすぐ落とされた。食い気味だった。
……だからその目を僕に向けないで。
ミツヒサさんを隅っこに追いやったスズカは、そのまま真ん中に寝転がるかと思いきや、手を引っ張って僕を真ん中に寝転がらせる。
「……まーくんがここ」
「ほぅ……」
その発言に反応したのはミツヒサさん。
低い声での「ほぅ」はちょっと怖いんだけど。
スズカが僕を挟んでミツヒサさんの反対側に寝転がる。
「……マコトよ。これが汝の答えか?」
スズカの答えではないのだろうか……?
というかその言い回しは。
「……これが汝の望むお昼寝かッ!」
おっと昼寝を提案したのは僕でした。
「であればこちらにも用意がある」
「?」
ミツヒサさんはその恵まれた体格を活かして、寝転がる僕とスズカに被さるように布団の反対側へと移動し、スズカが真ん中となった。
だがスズカがすかさず僕を乗り越え反対側に。
「「「…………」」」
僕を真ん中に左右が入れ替わっただけ。
ミツヒサさんがキッと僕を睨みつける。イケメンは何しても画になるね。羨ましい。
で、同じように僕の上を往復すること十数回。
二人とも疲れ果てたようで静かになった。楽しかったみたいで何より。僕は完全にオブジェと化して放置されていたが。
「…………むふぅ」
スズカが僕に抱き着きながらスヤスヤと眠っている。天使の寝顔。
そして子守唄出番なし。あれだけ動き回ればね。
「……ゲームで決着をつけようじゃないか」
眠ったスズカを起さないように、ミツヒサさんがささやき声で語り掛けてくる。
「……ゲーム?」
「あぁ。何にしようか……。……ボウリングとか――」
――すぅ
寝よう。雲行きが怪しい。
「スコアが高い方が……、って寝てる? 寝つきが良いにもほどがあるぞ。さっき反応したよな?」
――むにゃむにゃ
「まぁいい、この恨みはゲームで晴らさせてもらおう……」
読んでいただきありがとうございます。
ようやくスズカパパを登場させることができました。
次回も出ていただく予定です。
そしてブックマークが1万人を突破…
本当にありがとうございます。頑張って更新していきます。
改稿履歴
2020/11/08 21:46 サブタイ番号修正




