#021 先生のつぶやき(前)
遅くなり申し訳ありません。長くなったので分割しています。
憧れだった幼稚園の先生になって早くも三年の月日が経ちました。
ようやく先生らしくなってきたのではないでしょうか。
最初の頃は、思ったように子どもたちと接することができなかったり、保護者の方々から厳しいお言葉をいただいたりと、心が折れそうになることも何度かありましたが、ベテランの先生方や子どもたちの笑顔と成長を支えにここまでやって来れました。
そしてこの度、初めて年少組を受け持つことになりました。
と言っても私は副担任です。担任は勤続20年以上になるセイコ先生。
セイコ先生は私が一年目の頃に大変お世話になった方です。
いつもニコニコと穏やかで優しいのですが、怒ると怖いんです。怒鳴り散らすのではなく静かに淡々と。子どもが叱られているとき、私も自然と背筋が伸びている気がします。
自分がなぜ叱られているのか、子どもたちがそれを理解できるように根気強く諭してくれます。
先生として子どもたちと接するときの、そういった”嫌な部分”から目をそらさずに向き合う姿を見て、私もそうなりたいと強く思いました。
そんなセイコ先生と一緒にクラスを持てるということもあって、初めての年少組ですがそれほど緊張はしていません。
……嘘です。少し見栄を張りました。
とっても不安です。
ここの幼稚園のカリキュラムとしては、年少組は生活習慣をメインに覚える年頃なんです。
つまり、この年に身に着いたことは今後の生活の基盤になっていく、ということなんです。
年少組でしっかりと教育ができるかどうかで、今後の成長や幼稚園生活が変わってくると思うんです。
責任重大です。いえ、他の学年ももちろん責任はあるのですが。
最初はセイコ先生におんぶにだっこになってしまうかもしれませんが、頑張って勤めさせていただきたいと思います。
そうして始まった年少組。
一週間経ちましたが、案ずるより産むが易しという言葉がぴったりでした。
素直に言うことを聞いてくれない子は多いですし、何より一人でできることが少ないというのは予想以上に手がかかります。
思い通りに物事が運ばないことは少なくないのですが、大変という言葉を使うには物足りないと思ってしまうんです。
私も年少組を担当する自信が付いてきました。
という話をしたら、セイコ先生から釘を刺されました。
曰く、「このクラスは特殊」だそうです。
セイコ先生が経験してきた年少組の中でも、ダントツで制御しやすいクラスだそうです。
その要因となっている中心であろう一人の男の子。
八代誠くん。
もちろん知ってます。クラス全員の子どもたちの顔と名前は入園式の日に覚えました。
いつも隅っこでスズカちゃんと一緒にいる男の子。
確かに大人しくてあまり手のかからない、先生としては非常に助かる良い子です。
ですが、クラスを制御しやすいのとどう関わっているのでしょうか……。
少しばかり、マコトくんの生活を追ってみましょう。
朝、マコトくんは幼稚園バスで登園してきます。
家が隣同士ということで、もちろんスズカちゃんも一緒です。
いつ見てもラブラブですね。スズカちゃんはマコトくんにぴったりくっついて幸せそうな雰囲気です。二人とも表情はあまり変わりませんが……。
こんなに可愛いらしい子に好かれるなんて、女性の私でも羨ましく思っちゃいます。
それなのに疲れたような目をして。もっと嬉しそうな顔をして!
そして気づいたのですが、マコトくんのスズカちゃんに対する気遣いが素晴らしいのです。
バスから降りる時、必ずスズカちゃんより先に降りて最後に手を差し伸べるんです。
あまりにも自然体すぎて、今日まで気が付きませんでした。
降りる時だけでなく、乗り込むときはスズカちゃんの後ろをついていくんです。
スズカちゃんを大切にしている姿に思わず拍手をしてしまいました。
そしたら周りの子どもたちが一緒に拍手し始めてしまいました。
とりあえず手拍子で遊びましょう。
朝の自由時間。
教室の隅っこの方でスズカちゃんと一緒にいます。スズカちゃんは絵本を読んでいるようですが、マコトくんは板状の積み木で遊んでます。
ここで仲の良いシホちゃんが登園してきました。
スズカちゃんが絵本を読むのをやめるとマコトくんの陰に隠れ、そしてひょっこりと顔を出します。スズカちゃんとシホちゃんは見つめ合う形になります。
いつものことなのですが、これは何をやっているのでしょうか?
間に挟まれているマコトくんもよく理解していないような顔です。
新手の”だるまさんが転んだ”なのでしょうか。今どきの子どもたちの遊びが分かりません。自信がなくなってきました。
そして気づけばマコトくんの周りには子どもたちが集まってきます。
みんなでマコトくんと同じように積み木で遊んでいるようです。
ですが、みんな自分たちの手元はおろそかで、どうやらマコトくんの手元に注目しているようです。
……一目で五重塔だとわかりました。
この年頃の子たちは、平べったく道を作ったり、車や船といった独創的なものを作ったりする傾向にあるのですが、マコトくんは現実の建築物が多いです。
ビッグベンだったりコロッセオだったり。デフォルメされてはいますが、園児とは思えない完成度です。
朝の自由時間内に作り切ることが多いですが、一度だけ完成までたどり着けなかったものがありました。
背の高い塔のようなものが四本並んでいたので、たぶんあれはサグラダファミリアですね。
あと知らない建物も一度だけありました。
足元は三角形なのですが先端に向かって円柱になっていく塔です。どこの国の建物でしょうか?
毎日違うものを作るので、他の子どもたちが注目するのも頷けますね。
私も思わず息を止めて見入ってしまいました。いけません、子どもたちを見なければ。
積み木を奪い合って喧嘩になることもあるのですが、このクラスではマコトくんに積み木を献上する子たちが多いです。
そして朝の自由時間が終わりに近づくと、マコトくんは容赦なく五重塔を崩してお片づけをします。
お片づけできて偉いのですが……ちょっともったいないと思ってしまうのは私だけでしょうか。
ちなみに幼稚園の先生の中では有名な出来事となっていて、作ったものはすべて写真に収められています。
卒業アルバムに載せるんでしょうか。
……卒業アルバムがマコトくんの積み木作品に乗っ取られないかと心配です。
読んでいただきありがとうございます。
次回⇒「先生のつぶやき(後)」2020/10/29 21:00(予定




