#178 ぎゅう券は廃止される模様
一日の終わり。
「まーくんぎゅぅ~~~~~~♪」
「ぎゅ~」
別れを惜しむいつもの二人。
だがいつも以上にスズカのハグは念入りに行われる。
(気を遣わせちゃったかな……)
マコトの表情は鉄壁だが、メンタルまでもそうではない。
優先すべきものを優先した。だが小さな女の子を泣かせてしまったのだ。引きずらないはずがない。
そんな彼のわずかな変化を読み取ったスズカ。
幼稚園から帰ってきてから、いつにも増してマコトにべったりだった。
それが今のスズカができる、マコトを一番元気にする方法だと知っているから。
「――ありがと、元気出たよ」
「ん♪」
スズカの気遣いに、マコトもお礼にと突き出されたほっぺにキスをする。
「すーちゃん、大好き」
「すーも! …………む、ふ……ぅ♪」
滅多に――と言っても、一日に最低一回は言っているが――聞けない言葉も貰ったスズカは、マコトの肩口に顔をうずめて喜びを表現する。
「も~、二人とも離れる気ある~?」
「ない」
「あんまり……?」
「ママ、寒いんだけど……」
「がんばる」
「え~……」
ミオは暖房の熱が届かない玄関口でイチャイチャを続ける二人に苦情を入れるも、すげなくあしらわれる。
「風邪ひかないように、暖かくしてね?」
「ん、まーくんも」
「ありがと」
「ん♪」
「じゃあまた明日」
「ん、またあした……」
しばらくハグは続き、最後にもう一度ほっぺにキスしてもらってから、スズカはマコトを離す。
アカリに連れられマコトはお隣へ帰宅。完全にドアが閉まると、スズカは服の上から二の腕をさすっている母に抱っこをせがんだ。
「ん~、すーちゃんはあったかいね~」
「ん……」
ミオはすっかり大きくなった長女を担ぎ上げると、背をポンポンと叩いてあやす。
もっとマコトと一緒に居たい娘の気持ちは重々承知している。
だが我慢を覚えることも必要なのだ。世の中、何でもかんでも思い通りにはならないことを知らねばならない。
それに、マコトも一人の時間が欲しい時もあるだろう。アカリも息子と二人で過ごす時間が欲しいだろう。
ミオとミツヒサがラブラブでい続けられるのも、お互い自由な時間があるからこそ。
「さ、冷えたしちゃっちゃとお風呂入ろっか?」
「ん。きょうもママといっしょ?」
「うん、まーくんじゃなくてゴメンね?」
「ううん、いい」
「よし、じゃあお風呂の準備しよ」
「ん」
気持ちが落ち着いてきたスズカはミオから離れ、寝巻の用意を始める。お気に入りのマイドライヤーも忘れずに。
「じゅんびできた」
「よぅし! 突撃!」
「おー」
そして母娘で仲良く入浴。
スズカが教えた通りにできているか、ミオはついでにチェックをする。
洗髪方法、洗体方法、洗顔方法、入浴時間、湯の温度、後は入浴後のお手入れ等々……
美を保つための努力の方法を覚えるのは、早いに越したことはない。
もっと早くやり方を知れていれば、もっと早くやり始めていればと後悔した人も――特に女性には多いだろう。
だが教える側にも事情はある。
仕事に家事に育児にと忙しい身であるし、自分自身のメンテナンスの時間だって削られる状況。
子どもたちは無頓着で面倒臭がるからして、どうしても後回しになりがちだ。反抗期が重なれば尚更のこと。
その点、見て欲しい相手が居るスズカは、やる気十分で物覚えも良い。ミオとアカリが、毎日欠かさずしているところを見ているのも大きいのだろう。
「ん」
「ばっちぐ!」
「ぐ!」
スズカは手際の差で先に湯船に浸かっているミオから合格を貰う。もうそろそろ、能力的には一人で入浴も可能だろう。したいかは置いておいて。
そしてミオと向かい合うよう、スズカは湯船に入り肩まで浸かる。
ちなみにミオらは美を保つため半身浴は……しない。
半身浴が話題になった頃にチャレンジしたこともあったが、効果は感じられなかった。むしろ体が温まり辛く長湯しがちになり、肌が乾燥しやすくなる。特に冬場は致命的だ。
それから色々調べ、今では完全な全身浴派だ。それらの教えはスズカ、そしてお隣さんにも受け継がれている。
スズカの運動能力が高い理由の一つは、水圧による心肺のトレーニングが自然と行われている……からなのかもしれない。
「熱くない?」
「ん、だいじょうぶ。あったかい」
スズカは気持ちよさそうに目を細めて答える。
子どもの体温は大人に比べて元々高く、その上、上がりやすい。大人が快適でも、子どもは脱水症状気味なんてこともあり得る。
そのあたりを注意しながら、ミオはスズカとおしゃべりを始める。
「ねぇすーちゃん」
「ん?」
「まーくんって何が欲しいんだろ?」
話題はあと二週間を切ったマコトの誕生日、そのプレゼント選び――
「すーちゃん知らない?」
「すー?」
「それは分かってるから、他にね。本とか、おもちゃとか……」
「ん~、………………………………わかんない」
「そっかぁ……」
「ん……、ママごめんね?」
「ううん、すーちゃんは全然悪くない!」
ほとんど表に出てこないマコトの感情の機微に気付くことができるスズカでも、ミオが望むような答えが出てこない。いや、スズカの堂々たる答えが真実なのかもしれないが。
(まーくんめぇ……、何が欲しいんじゃーー!)
と心の中で恨めしく思うミオ。マコトに対する唯一と言ってもいい不満だろうか。
言うことは聞いてくれる。何なら言わなくても聞いている。安心で安全と評判のマコト。
だが物欲がない。
本当はあるのかもしれないが、非常に分かりにくい。その表情と同じくらいには。
スズカの他にもう一人、マコトの表情が読める母アカリでさえもそうだ。一緒に過ごす時間の長いスズカから、何か聞き出せたら教えてと請われている。
プレゼントの件に関しては、マコトも含めて全員が頭を悩ませているだろう。
(やっぱり、みーくんの方が分かるかな……)
去年贈ったデジタルカメラも、実はミツヒサの案だ。
男同士の方が、そのあたりは通ずるものがあるのかもしれない。
しゅんとしてしまったスズカを抱きしめながら、「ところで……」と続けるミオ。
「すーちゃんはまーくんのお誕生日プレゼント決まったの?」
「ん~ん、まだかんがえちゅう」
「あれは? 『ぎゅうできる券』は?」
去年贈ったプレゼント――『すずかをぎゅうできるけん』
ミオも協力したそれを今年も作るのかと思いきや、スズカはフルフルと首を振る。
「つくらない」
「えっ、つくらないの!?」
「ん」
スズカは口を尖らせながら頷く。
マコトが聞けば涙しそうだが、ちゃんと理由はある。
「まーくんは、いつでもすーをぎゅうしていいから」
「なるほど、確かに」
「ん」
そもそも券など必要ない。むしろ邪魔でさえある。
娘の言いたいことを漏れなく察した母は、強く同意を返す。
「ん~…………、まーくんのプレゼント…………」
「どうしようね~」
「よろこんでほしい」
「そうだね~。まーくんが喜ぶものか~。なんだろうね~」
「んーー……。まーくんがよろこぶ……。げんきになる……?」
そうしてしばし、難しい顔をする二人。
「……!?」
「お、どうしたすーちゃん」
そろそろお風呂から上がろうかとミオが思った矢先、スズカが突如立ち上がる。その表情はやる気に満ち溢れている。
「何か思いついたの?」
「ん! おもいついた!」
「何何?」
「まだひみつ♪」
「え~、すーちゃん教えてよ~!」
お風呂から上がったスズカはしっかりと入浴後のルーティーンを守った後、早速プレゼントを作り始めるのであった。
読んでいただきありがとうございます。
さて、スズカは何をプレゼントに…
 




