#017 プロを呼べ
バス。それはスズカと並んで座っている時間。
スズカは大人しく座っている。
母親であるミオさんと違って、おしゃべりをする方ではない。母上や僕に似て来た気がする。
いや、僕は心が叫びまくってるから違うか。
スズカは幼稚園バスに乗るときは決まって通路側を選ぶ。
窓側を僕に譲ってくれるわけではないらしい。
今二人そろって流れる窓の外を見ているのだが、
「……むふぅ」
スズカが近い。
僕が通路側だと詰めてきてくれないのが不満らしく、いつの間にか位置が変わった。
スズカの体温が心地よい。あぁ、幼稚園に着かないで欲しい。時よ止まれ。
窓の外は見たいから窓の近くには行きたい。でも僕と距離ができるのはイヤだ。そんなところだろうか。愛らしすぎるだろう。
過ぎ去る風景とそれを追うスズカの目線を見るのが、僕のバスでの楽しみとなっている。
そしてたまに目が合ってスズカが口をもにゅもにゅする。お外だからできるだけ我慢してるらしいんだよね。淑女のたしなみだって、ミオさんが。
そうしていれば、あっという間に幼稚園に着いてしまう。
時が流れるのが早すぎる。まだ若いはずなのに。
幼稚園に着いたらまずやることは自由遊びだ。
ここの幼稚園ではバスがあるため、子どもが揃うまでそれほど時間はかからない。しかしそれでも子どもが駄々をこねたり、バスが渋滞に巻き込まれたりを考慮しているため、予定通りに着けば遊ぶ時間ができる。
もちろん僕は、というかスズカは僕のそばで大人しく遊んでいる。
今日は絵本を読んでいる。もうすでにひらがなは書きもマスターしている。……早すぎじゃね?
そしてやってくる。
「おはよ。まーくん、すーちゃん」
「おはよ、しほちゃん」
「……おはよ」
しほちゃんが登園してきた。
そして毎朝恒例となった僕を挟んで見つめあう遊……び?
僕は未だに二人がいったい何を考えているのかがわからない。
座っている僕の後ろにピトっと張り付き、今日は僕の頭越しに覗き見るスズカ。
僕の正面に女の子座りになって、スズカをじっと見つめるしほちゃん。
幼稚園の先生たちも慣れたもので、時間が止まった僕ら三人の空間を放置したまま、他の園児の世話をしている。
別に二人の仲が悪いわけじゃない。むしろ良い。
スズカが僕以外に一緒にいる時間が一番長いのは、間違いなくしほちゃんだ。
お互いに「すーちゃん」「しーちゃん」と呼び合っているくらいだし。
「「「………」」」
まぁ僕も慣れたもので、二人のやり取りを見ているのはほっこりする。今ではやらなかったらやらなかったで逆に心配になる。
そのまま時間は過ぎていき、時間になると朝の会が始まる。
先生の話聞いて、体操して歌って、最後に出欠確認。スズカもしほちゃんも大人しく真面目に取り組んでいる。良い娘たちです。
それが終わると午前中の保育時間。
本日は新聞紙を使った遊びをするみたいだ。
幼稚園側で用意された新聞紙を2枚受け取る。
ふむ、東証1部は……ふむふむ。いや読めと渡されたわけではない。読むけど。
先生が手本を見せるように手でちぎっていく。
新聞紙を両端から交互に真っすぐちぎっていって、どれだけ長くできるかのやつ。新聞紙の皮剥き的な。……皮?
スズカとしほちゃんと僕は三角形に向かい合いながら、黙々とちぎっていく。
なんだろう、この光景ずっと見ていられる。
「……あっ」
するとスズカが声を上げた。
ちぎるのに飽きてしまった男の子たちが走り出し、スズカがちぎった新聞紙の端を踏んでしまったのだ。
細くなった新聞紙は、ロクな抵抗も見せずに本当にちぎれてしまった。
「「…………」」
新聞紙よ、もうちょっと頑張ってくれよ。
スズカが固まり、それにつられるしほちゃん。
そして走り去った男の子たちは他の子の新聞紙も……。
ここで「子どものやることだから」と思ってしまうのは僕が前世の大人の記憶を持っているからだろうか。
だがそれは僕がやられたらの話。
スズカに悲しい顔をさせる奴は許さん……!
と言ったが、男の子たちの教育と他の子は先生方に任せて僕はスズカのフォローを。
ちゃちゃっと事前準備して、
「すーちゃん、新聞紙貸して?」
「……? うん……」
僕はスズカから受け取ったちぎれた新聞紙をくしゃくしゃに握りつぶしていく。
――タラリラ~~~
……おっと、ちょっと待って。
何気なくやろうとしたけど、子どもの手の大きさを予想していなかった。
手の中に完全に隠れてくれないんだけど。
まぁ事前準備の段階で分かっていたのでちょっと小細工を。
「……あっ!」
僕は視線を明後日の方向に向ける。
僕の手を見ていたスズカとしほちゃんもつられて視線を外す。単純だが幼稚園児には有効な模様。
その隙に事前準備でくしゃくしゃにまとめていたちぎっていないままの新聞紙を、手の中の新聞紙と入れ替える。
――タラリラ~~~
スズカとしほちゃんの視線が戻ってきたのを確認して。
徐々に入れ替えた新聞紙を広げていく。じゃーん。
「「!?」」
スズカとしほちゃんが揃って固まる。しかし今度は驚きで。
おっとその表情が可愛い。誰か……カメラ!
どうやらうまくいったらしい。
破れた紙を握りつぶしたりして元通りにする手品。
だいぶ雑ではあったが……。
「「まーくん、すごい!」」
二人が満足してくれたなら問題ないでしょう。
スズカに新聞紙を渡して、本当に破れたところがないかを確認してもらう。
くるくる回したり裏返したりして不思議そうにしている。しほちゃんもそれを横から覗き込む。
だがスズカがその新聞紙をびりびりと破り始める。
「……もう一回」
そ、それ以上は僕には無理やねん。もう手元に破れてない新聞紙余ってないんだって……。
プロを呼んでください……。
読んでいただきありがとうございます。
次回⇒#018(サブタイ未定) 2020/10/24 18:00更新予定
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