#176 母の好物
有休パワー
ミサトの誕生日から一夜明けての土曜日の昼。
戸塚家では二日連続でのお祝いムードとなっていた。
「お母さん、合格おめでとう!」
「「「おめでと~~!!」」」
「ありがとう」
今日の主役は、資格試験を受けて無事に合格を果たしたアカリだ。
「すーちゃん、言えるようになった?」
「ん、なった。……きほんじょうほう、ぎじゅちゅちゃしけん」
「……すーちゃん、かわいい」
「むぅ!」
「うごッ……」
アカリが受けたのは、IT企業に勤めるなら持っておきたい資格の一つ。
四月に転職してからマコトが寝静まった後、コツコツと勉強し続けて運動会の翌週が受験日だった。
合格発表は三日ほど前にされていたのだが、やるならちゃんと休日にと、加えてミサトの誕生日を祝うため(一応こっちが先に予定は入った)に一日ずれてしまった。なお、毎日来ると昨日言ったミサトは来ていない。誘っていないので。
そのお祝いにと、本日の昼食は握り寿司。アカリの好物の一つだ。
学生時代、テストで良い結果を残せたり、受験で合格した際に、頑張ったといつも母が用意してくれていた握り寿司。マコトたちが実家に帰る度に用意されていたのも、娘が好きだからだったり。
ただし今回の握り寿司は、ただの握り寿司ではない。
「よし、じゃあネタも準備も出来たし、まーくんどうぞっ!」
「へい」
マコトがその手で握る寿司だ。
ミオからアカリの好物が握り寿司だと聞いてからというもの、ドロケイで泥棒側になると即囲まれて捕まり、牢屋と言う名の強制労働施設に入れられては、泥団子コースターを作らされる傍らでシャリを握る練習をしたものだ。
その成果を見せるべく、目の前の寿司桶から酢飯を手に取り、三、四回掌で転がすように形を整えると、スライス済みのネタ――サーモンを乗せる。
マコトの手の大きさ事情もあり少々小ぶりだが、ちゃんと崩れず様になっている。
「へい、おまち」
「おー!! まーくん上手~」
「土よりは簡単だった」
「まーくんほんとにお寿司屋さんになれるね~」
ミオに写真――寿司単体、寿司と一緒に、そしてマコトと一緒に、スズカも混ざって――を撮ってもらい、四方八方から感慨深そうに眺める。
「――じゃあ、いただきます」
マコトに見守られながら、アカリは箸でつまんで口に持っていく。
少々小ぶりなところが可愛らしいく、一口で食べるのにちょうどいい。
味に関しては、結局は刺身と酢飯なので大きく失敗することはないが、今まで食べてきた握り寿司の中で、一番美味しいのは間違いなくこの握り寿司だろう。
回らない寿司屋には仕事の付き合いで何度か足を運んだことはあったし、それこそ良いお値段するところにも連れて行ってもらった。確かに美味しかった。
ただ、やはり愛するマコトが作ってくれたということが何よりも嬉しく、そして一番であると断言できる。
「すっごく美味しい。まーくんありがとう」
「どういたしまして」
満面の笑みで感謝を伝えるアカリ。
喜んでもらえたのが嬉しかったのか、照れくさそうにマコトも返事をする。
「すーちゃんも待ちきれないようだから、お願いしていい?」
「へい」
アカリは先ほどから物欲しそうに見ている女の子にもとお願いする。
「へい、すーちゃんおまち」
「いただきます!」
小ぶりといってもそれは大人にとっての話であり、まだ小さなスズカには良いサイズの握り寿司。
掴んだサーモンの握りを、大きな口を開けて一口。そしてもぐもぐと。
「おいしい♪」
「それは良かった」
「もっと」
「へい」
その後ミオとミツヒサにもせっつかれ、マコトも本格的に手を動かし始める。
「マコト、イカを頼む。あともう少しワサビ増やしてもらっていいか?」
「へい」
「じゃあ次いくらで!」
「へい」
「すーもいくらたべたい」
「へい」
「じゃあお母さんは……、タコにしよっかな」
「へい」
「おいこれ、ワサビ入れ過ぎじゃないか? 透けた下が全部が緑なんだが?」
「へい」
「まーくん、あーん」
「あーん」
「♪」
アカリとスズカに食べさせてもらいながら、マコトはひたすら寿司を握るマシーンとなる。
ちなみに、まだ一歳少々のフウカとキョウカは酢飯と生ものは食べられないため、普通のご飯に偽サーモン、偽イカ、コーン、シーチキン等を乗せた寿司もどきだ。寿司を知る者からすれば大ブーイングだが、マコトたちと同じものを食べることができるようになるまでは我慢してもらうしかない。
そうして三十分後――
「ふぅ、結構食べたね」
「ん、まんぷく」
「……マコト、ワサビの礼は後でするからな」
お腹をさすりながら、満足そうな四人。
「美味しかった?」
「うん、とっても。まーくん、ありがとう」
「どういたしまして」
アカリも手をぶらぶらさせて疲れているであろうマコトを労う。
「よし! またまーくん寿司を食べるために、資格勉強頑張らないとね」
「別に資格に合格しなくても作るよ?」
「そしたら毎日お寿司になっちゃうかもよ?」
「毎日……」
後半、腕が限界に近かった。毎日は辛い。
「……頑張って修行する」
「ふふっ。毎日は冗談だよ~」
再び、砂場で修行することになるだろう。
アカリのためならば、マコトはいくらでも頑張れる。
「――にしても、アカリはどんだけ資格増やせば気が済むのよ……」
感心と呆れが半々のミオ。
アカリは学生時代、前職の銀行員時代から毎年何かしらの資格を取り続け、今では証券外○員、T○EICスコア800、簿○、F○、銀行業○検定、証券ア○リスト、中小企○診断士、M○A等々……。そして今回、基本情報技○者の資格が加わった。マコトの習得言語数と競って勝てるくらいには取っている。
まぁ、銀行員時代はキャリアに響くため、頑張らざるを得ない状況ではあったのだが……
「よくやるわよねー」
ちゃんと合格しているあたり、アカリの優秀さが伺えるだろう。
そしてマコトが英語を日常会話レベルまで使えるようになっているのも、アカリという師がいて、一緒に学んでいたからだろう。大卒レベルの知識があったとはいえ、テレビ番組だけで会話まで熟せるようには少々無理がある。
「ミオも取ったら良いのに。地頭は悪くないんだしさ。そしたらまーくん寿司の回数も増えるから」
「……嫌! もう机に向かって勉強とかテストとか、全部卒業したんだし! すでに用意された答えを求めるなんて、ナンセンス!!!」
「でたよミオの悪い癖」
ミオは頭の回転は悪くないが、興味がないことに対する集中力は少々残念といったところ。追い詰められれば頑張れるのだが、追い詰められなければ頑張らないのがミオという人間だ。
ちなみにミオも資格は持っている。ご存じ、大学時代に取った保育○資格と幼稚園○諭一種免許状、ついでに普通自○車免許である。
「あーでも、みーくんにハグされながらなら出来る気がするー」
「……じゃあ今度やってみるか?」
「えーーー、どうしよっかなー……。でもやっぱ、みーくんとイチャイチャする方が楽しいと思うんだけどなー」
まだバカップルが始まったとアカリは呆れる。
「すーもうけたい! まーくんずしたべる!」
「え~、すーちゃん何の資格取るの~?」
「んー……、なんか!」
「何かあるかなぁ……。あ、まーくん検定だったらすぐ合格できるんじゃない?」
「ん、やる」
「それどんな検定……。と言うか資格ではないような……?」
「私も受けたいな~。すーちゃん一緒に受けよっか?」
「ん!」
「まーくん作っといて~」
「え、僕が作るの?」
「そうだ、まーくんも今度何か受けてみる~?」
「……自分の検定を?」
「いやそっちじゃなくて、T○EICあたりならいけるんじゃない? ほら、電子辞書ので良い点取ってるし」
「ぇ…………っと、分かんないけど……、とりあえず手洗ってくるね。すーちゃん、行こ?」
「ん!」
スズカを引き連れ、マコトは酢臭くなった手を洗いに行った。
読んでいただきありがとうございます。
資格名を使って良いのか分からなかったので、とりあえず伏せています。
資格取ろうかな…




