#173 魔王
ケーキを食べ終わると、少しの休憩を挟んでレクリエーション。スズカがスティック型のリモコンを四本取り出し、据え置きのテレビゲーム機を起動させる。
「ふっ、お姉さん、ゲームはそこそこ嗜んでいるのよ」
「すーもたしなんでる。レディだから」
「へぇ……。その腕前、見せてもらおう」
「ん、うけてたつ」
やる気満々のスズカとミサト。なぜかやり合う雰囲気になっている。譲れないものが被っているのだろうか。
「お母さん」
「ん?」
「レディってゲームも嗜むものなの?」
「ううん、人それぞれだと思う。すーちゃんのはミオの趣味じゃないかな」
「なるほど」
淑女の嗜みとは何なのか。
今だにピンと来ていない男マコト。だがスズカのやる気を出させるための魔法の言葉なので、深く考えてはならない。
「何で勝負する?」
「んー、じゃあテニス」
「いいわよ。お姉さんのプレーに酔いしれても知らないから」
「すーもテニスはとくい」
スズカが複数収録されているスポーツの中から、テニスを選ぶ。
「チームわけする」
「チーム分け?」
「ん、ペアきめる」
「あ、なるほど」
四人を超えて遊ぶ際、スズカたちは割り箸を缶の中に入れた簡易くじでプレイヤー及びペア決める。普段はスズカ、マコト、ミオ、ミツヒサ、アカリの五人で五本の割り箸だが、ミサトもいるので急遽一本追加されている。
今回のテニスはダブルスであるためプレーできるのは四人。赤と青二本ずつ、同色の割り箸を引いた者でそれぞれペアを組み、色の塗られていない割り箸を引いた残り二人は参加権なし、つまり応援になる。やる気満々の二人だが、二人とも応援側になる可能性もある。
くじは平等なのだ。子どもだから、ゲストだからと特別扱いは無い。それがこの家でのルール《教育方針》である。
くじを引く順番は年齢の若い順。二回目以降は応援していた人が最初にくじを引く権利を得る。加えて、参加権を獲得するまで引き直し可。連続で応援にならないようにとの配慮である。
ということで、最年少者であるマコトが一番最初にくじを引く。
「あ、赤だ」
「あお……」
「私も青だ……」
「応援かー……」
「あ、私も応援だ」
「と言うことは、俺は赤か」
くじは平等である。
先ほどまで対戦する気満々であった二人は、まさかの同じチームに。
そしてその相手はマコトとミツヒサである。
(まーくんとペアになりたかったなー)
そう思いながら、ミサトはスズカの表情を覗き見る。
あれだけ愛が強いスズカがマコトとペアになれなかったので、その心情が気になってしまった。
「パパ、きょうこそかつ。かってすーはレディになる」
「まだパパは負けるわけにはいかんのだよ」
そんなミサトの心配をよそに、スズカは打倒パパと燃えていた。
「(スズカちゃんスズカちゃん。まーくん相手チームになっちゃったけどいいの?)」
マコト相手に本気を出してしまっても良いのか、という気がかりもあり、ミサトは小声で探るように聞く。
「(いい。これはさくせん。まーくんはみかた)」
「(そうなの?)」
「(ん。パパつよいから、まーくんがスパイしてる)」
「(スパイ!?)」
もちろん、マコトとペアであることに越したことはないが、相手チームになることだってある。幼稚園でのドロケイでも、別々のチームになることは何度もあるからして。
だが相手チームだからと言って、敵だとは限らない。
そもそもスズカにとって、マコトが敵になるなど天地がひっくり返るよりもあり得ないこと。例え敵側になってしまっても、マコトはいつだって自分と共にあると信じている。
「そう言うことなら。私もまお……戸塚さんを倒して、ミオさんを取り返します!! 会社の皆から託されているので!! 社長の許可もとってますから!!」
「ん、パパたおす!」
「みーくん頑張ってー! ふーちゃんときょーちゃんも応援してるよー!」
「……」
スズカとミサトは共通の敵を得たようだ。
「お母さん」
「ん?」
「ミオさん取り返すってどういうこと? ミツヒサさん何かしたの?」
「んー、何かしたっていうか……。ミオって昔、お母さんが今勤めてる会社で働いてたんだけど、結婚して子育てに専念するために辞めたのよ。で、ミオって結構皆から慕われてたみたいだから、そんなミオを攫っていったミツヒサさんを許すかっ!って」
「ふーん……。もしかしてミツヒサさん、いじめられてる?」
「ううん、そんなことないわよ。いじられてはいるけど。むしろミオを引き合いに出して、育休とか働き方改革とか在宅勤務とかを考えてるから、結婚してる人からの支持が厚いし、女性社員からも人気あるわよ?」
「へー……。あれ、でもミサトお姉さんは……?」
「あれは例外」
「例外……」
ミサトの『会社を代表して』というのは『会社の独身男性を代表して』というのが正しいだろう。その独身男性の割合は過半数を占めているので、会社の方針というのもあながち間違いではない。
ただのやっかみ。そして辞めていったのはミオの計画通りではあるが、妻を守るのは夫の役目。
「ということでだ、マコト。本気だせよ?」
「……コントローラーの調子が良ければ大丈夫」
「スズカちゃん、頑張ろ!」
「ん、がんばる!!」
「えいえいおー!」
「おー!」
そうして始まったテニス(テレビゲーム)。一ゲーム四ポイント先取の一セットマッチ。応援チームが手持ち無沙汰にならないよう、回転率重視である。
「――すーちゃん、ナイスショット! いぇーい!」
「いぇい」
「……マコト、今のボレーは逆狙う所だろ。やっぱりスパイか?」
「……どうもコントローラーの調子が悪いようで」
「嘘つけ」
ミサトはこのゲームで遊ぶのは初めてながらも嗜んでいるとのことで、コツを掴むのも早く良いプレーを連発。
ミツヒサも最愛の妻を取られまいとしぶとくレシーブ。ひたすら防御。
スズカとマコトは子どもらしくなんだかだと楽しそうに、しかし真剣に。
上手い具合にシーソーゲームとなったその結果は、五-三でマコトとミツヒサの男子チームの勝利に終わった。
「……ミオは渡さん」
「みーくん素敵!」
「まーくんもカッコよかったよ~」
「むぅ……、パパつよい」
「さすが魔王……、実の娘にも容赦なく勝ちに来るなんて……」
「……魔王?」
「ぁっ……」
ミサトの失言に、マコトが食いつく。マコトは『魔王……?』と再び呟きながら、ミツヒサの顔を見る。
「おい高梨……」
「申し訳ありません。ついいつもの癖で。でも子どもたちに隠し事はいけないと思います!」
「開き直るな。……マコトもその顔やめろ」
「いつもと変わらない」
「パパまおう?」
「ぅぐっ……」
「みーくんッ!」
ダメージを負ったミツヒサを喜び勇んで介抱するミオ。
子どもたちだけには知られたくなかった。良い年して魔王などと呼ばれている事を。
そのために口止めもしていたが、ミサトのうっかりによって明るみに出てしまった。
「お母さん」
「ん?」
「なんで魔王?」
「…………」
アカリはどう答えたものかと悩む。
始まりはミツヒサの先輩の発言だ。
ミオを攫っていったミツヒサを、いつもピンク色の姫を攫って行く亀のキャラクターになぞらえて”大魔王”と揶揄した。面白がって便乗した同僚たちによって、それから『大魔王』の他に『大王』やら『バウザー』と色々と経ながら、最終的に『魔王』に落ち着いた。
そうミサトから聞いている。
が、ミツヒサから言わないで欲しいとお願いもされている。
マコトの疑問には答えたいが、ミサトと同類になるのは憚られる。
ミサトはマコトとおしゃべりをしたがっているので、このやり取りは彼女に譲るべきだろう。
「後でこっそりミサトお姉さんに聞いてみたら?」
「……わかった、そうする」
その後、楽しそうに遊ぶ五人を尻目に、ミツヒサはしばらく応援側に徹した。無邪気によじ登って来るフウカとキョウカが、彼の心を癒すのであった。
読んでいただきありがとうございます。
「魔王……」
「……ボス」
「ごめんなさい」
「いや、俺もすまん」
 




