#168 ご指名
ご無沙汰しております。
料理が得意なミオの手際をすぐ近くで毎日のように見ているスズカと、一般平均以上の自炊能力を持つマコトとアカリ、そしてミオお手製のレシピによって、誕生日ケーキ作りは着々と進んでいた。
「むぅ……、むずかしい……」
ダイニングテーブルの椅子に膝立ちになり、ヘラを手に持つスズカが眉間に皺を寄せる。
冷まし終えたスポンジホールケーキの周りにチョコレートクリームを塗り広げているのだが、これがなかなか上手くいかない。
上から覗き込み、横から覗き込み、再び上から覗き込み、忙しそうなスズカ。
「むぅ……」
マコトも手伝ってあげたいのは山々だが、集中しているスズカの邪魔をしてしまいかねない。色々と試行錯誤しているようなので、気の済むまでやらせてあげるようだ。
そうしてしばらく微笑ましく見守っていると、
「まーくん……」
「りょーかい」
スズカが少し悔しそうに、最も信頼する人物の名を呼ぶ。
「すーちゃん、ここにヘラを当てて、動かさないようにしておいてね?」
「ん。ぜったいうごかさない」
マコトの指示通り、でこぼこなままのケーキの側面にヘラを当て、両手でしっかりと固定するスズカ。そんなに力まなくても良いのだが、彼女の意思の強さが現れてしまっているのだろう。
「じゃあそのままね――」
マコトはケーキが鎮座するお皿に手を添えると、回転軸がブレないよう慎重にその皿を回し始める。
世の中には回転台という便利な道具も存在するが、残念ながらこの場には無い。スズカの師匠であるミオも使っていない。
なんだかんだとミオは器用であり、おまけに小さい頃の将来の夢の一つはパティシエだった。当然のように経験値が違う。回転台などなくとも問題はない。
なおその夢は、『好きな相手を想って作るから楽しいの!』という表向きの理由と、”味見で太るんじゃないか”という非情な現実の前に諦めている。
「おー……!」
固定したヘラによってどんどんと均されていくクリームに、小さなお口が半開きになるスズカ。その可愛らしさに、マコトは余分に二周ほど皿を回す。
「こんなもんかな……」
「すごいきれいにできた!」
「二人とも上手上手!」
なかなかの出来だ。でこぼこしていた側面は、あっという間に滑らかに。
サポート兼撮影役のアカリからもパチパチと拍手が贈られる。
「じゃあ今度は上側だね」
「ん! まかせて! ……こう?」
スズカはケーキの上側にヘラを当て、これで良いかとマコトに確認を取る。
「そうそう。すーちゃん賢い!」
「~♪」
「……すーちゃん、ヘラ傾いてるよ」
「むっ……! しゅうちゅう」
確認相手が大人であるアカリではなく、もうすぐ五歳のマコトであっても、この場に違和感を持つ者はいない。
そうして同じ要領で上側面と再び側面をと三回通り均すと、それぞれの境目に綺麗な角が作られた。
「じゃあ、次は飾り付けしよっか」
「ん!!」
アカリがホイップの絞り袋を用意する。
こちらの道具はミオが100均で購入した、普段から使っているものになる。
「すーちゃん、やる?」
「ん、やる! すー、これとくい」
「じゃあ任せた」
「ん!」
やりたそうにしていたスズカに、あっさりとそのお役目を譲るマコト。
アカリから絞り袋を受け取ったスズカは、入れた傍から零れ落ちないように出口を捻り、広げられたその反対側からマコトがチョコレートクリームを投入する。
「じゅんびかんりょう?」
「うん、おっけーだよ」
「ん!」
真剣な表情になったスズカは、ケーキを真上から見下ろす体勢を取る。そして首だけを傾けて横から覗き込みながら、綺麗に均したケーキのデコレーションに取り掛かる。
ミオと一緒にクッキーを作る際に、絞り袋は何度も使ったことがある。使い方は覚えている。が、ケーキに対しては初めてだ。少しばかりの緊張が見て取れる。
ケーキの上側の端っこに両手で絞り袋を垂直に構え、小さく円を描くように絞り、力を抜きながらそっと上に引く。星型の絞り口から出てきたチョコレートクリームが、無表情だったケーキに表情を与える。
会心の出来!と、一つ目を終えてマコトを見るスズカ。
「すーちゃん、上手!」
「うん、ミオと同じくらい上手!」
当然のように褒めるマコトとアカリ。
だがしかし、難しいのはここからである。これを同じ大きさで等間隔に、いくつも作っていかなければならないのだ。
「つぎ」
「あ、ちょっと待って……」
二つ目の飾りの位置の狙いを定めるスズカを止める。マコトが持ち前の慎重さを発揮し、飾りを盛る場所につまようじで小さく穴をあけて位置を指定していく。これで等間隔は難しくないだろう。
「頑張って」
「ん」
八代親子に見守られながら、マコトのガイドラインを辿りながら、ゆっくりと一つ一つ丁寧に飾りを作る。ミオに比べればその手際は良くはないが、着実に完成に近付いていく。
「できた」
「すーちゃん、完璧!」
「凄い凄い!」
「ん♪ かんぺき」
ケーキ上面の淵を一周、ほぼ同じ大きさの飾りが等間隔に並び、スズカも一息つく。今までのクッキーでの練習の成果を、遺憾なく発揮出来たようだ。
その後、スズカとマコトの二人で、すりおろしたチョコレートを飾りで囲まれた中に散りばめ、最終工程に入る。
「最後はメッセージプレートね。……任意だから無くても良いけど、思ったより早く出来たし作ろっか」
「ん!」
アカリがミオのレシピを確認し、冷蔵庫からチョコレートプレートと、事前に湯煎して良い感じに溶かしておいたチョコペンを用意する。
「すーちゃん、やる気満々のところごめんね? まーくんに書いて欲しいってご指名受けてるから……、まーくん良い?」
「うん」
どうやらマコトの出番のようだ。
スズカも特に気にする様子もなく、マコトの肩口から手元を覗き込む。
(……ご指名?)
会ったこともないのに何故僕に?、とマコトは首をかしげる。
が、アカリから、この件に関してあまり触れて欲しくなさそうな雰囲気を感じ取り、サラッと流す。マコトは気遣いが出来る男なので。
「……」
指名を受けたマコトは、早速つまようじで下書きをしようとするが、ちょっと待てよと手が止まる。何も考えずに”Happy Birthday!”と書こうとしたが、本当に良いのだろうか、と。
英語の方がお洒落で見栄えが良い気はする。
アカリもスズカ――戸塚一家も、マコトが英語を話せるだけでなく、書けることも知っている。
だがしかし、このメッセージプレートを見るのは身内ではない。
普通の五歳児が書くとなると、日本語――ひらがなで”おたんじょうびおめでとう!”ではないだろうか。わざわざ五歳児を指名するのだから、五歳児の味というものが求められているはずだ。
そこまで気を遣ったマコトは、本当の五歳児であるスズカに助言を乞う。
「……すーちゃんなら何て書く?」
マコトに問われ、スズカは当たり前のようにマコトの誕生日ケーキのメッセージプレートに何を書くかを考え始める。
「? んー、まーくんだいすき。…………む、ふ」
「すーちゃん、今回は”大好き”はダメよ。すーちゃんじゃない人にあげなきゃいけないんだから」
「む……、そっか」
アカリが食い気味に、スズカの案を止める。
”みさとだいすき”とマコトが書いたチョコプレートを奴に与えるのは危険であり、遺憾である。
「普通に”Happy Birthday"で良いと思うよ?」
「じゃあそうする」
マコトはアカリからの助言を受け取ると、指で文字数を数えてから、一文字あたりの幅にあたりを付ける。そして、つまようじで軽く罫書き、それをなぞるようにホワイトのチョコペンで清書する。
「よし、完成っと」
そうして無難なメッセージがケーキに添えられ、子どもたちの手作りチョコレートケーキは完成に至った。
読んでいただき、ありがとうございます。
だいぶ間が空いてしまいましたが、ぼちぼち再開していこうかと思います。




