#164 心の目
百種以上の様々な動物たちと出会った陽ノ森幼稚園の園児たち。
「皆さん、今日は楽しんでもらえましたか?!」
「たのしかった!」
「ライオンがかっこよかった」
「いっぱいどーぶつみれた!!」
「きりん! でかかった!!」
「さるやま……」
「ペンギンさん、かわいかった!!」
あけぼのパークのスタッフへ帰りの挨拶をする際、子どもたちは興奮した様子で口々に答える。
観るものすべてが新鮮で、かつ純粋で柔軟な思考を持つ彼ら。感想は単純なものばかりではあるが、上手に言語化することができないだけで、今日この日の経験から沢山の学びを得たことだろう。
「それでは、さようなら」
「「「「さよーなら!!」」」」
「さようなら! また遊びに来てね~」
「うん!」
「さるやま……」
「またくるね!!」
見送りをするスタッフにバイバイと小さな手を振り、園児たちは帰りのバスに乗り込んでいく。一部、名残惜しそうに。
「……えらく出来た子たちだね」
「ホントですね……。陽ノ森幼稚園でしたっけ?」
「元々優秀なとこだけど、今年の年中さんたちは特に……」
元気な挨拶、統率の取れた集団行動、それでいて子どもたちはのびのびとしている。その様子に、長年幼稚園の遠足の対応をしてきたスタッフも感心していた。
陽ノ森幼稚園は私立ということもあって、質の高い幼児教育をしており、躾に関しての評判も良い。スタッフたちもトラブルが少ない幼稚園の一つとして認識している。
だが今年の陽ノ森幼稚園、特に年中さんに限っては、その質は目に見えて群を抜いていた。施設内でのトラブルも皆無、他のお客様へ迷惑になることもなかった。
もちろん、先生たちの普段からの努力があって今日があるわけだが、ボスの存在が大きく関わっているのは、陽ノ森幼稚園関係者なら誰もが知ることだろう。
「なんかボスがいるらしいですよ?」
「……なにそれ?」
「いえ、私も詳しくは……。子どもたちがそう呼んでたので……」
残念ながらボスは常に一歩引いた位置にいるため、一日の、しかも短時間しか一緒に行動していないスタッフたちに、その存在に気付けと言うのは難しいのだろう。
◇◇◇
幼稚園までの帰りのバス。
あけぼのパークを出発直後は元気だった子どもたちも、さすがに体力の限界だったようだ。
ものの十分ほどで車内は静まり返り、船を漕いでいる子もちらほらと。バスガイドのお姉さんも空気を読んでマイクパフォーマンスは封印中。
噂のボスことマコトも、座り心地、触り心地の良いシートに深く身を預け目を閉じていた。
子どもの身ではあるが、無意識のうちに子どもたちの面倒を見てしまうため、それなりに疲労は溜まってくるもの。意識を手放すまでとはいかないが、視界から入って来る情報を遮断するだけでも頭は休まる。
――が、そんな一時の休息の邪魔をする子が一人。
「マコト!! いえにかえるまでがえんそくだぞ!!」
「そうだね。そのとおりだ」
「まだねるな!!」
「……寝てないよ。目を閉じているだけ。だから揺さぶるな……」
登山で鍛えられ、体力自慢が多い陽ノ森幼稚園。その年中組の中でトップの体力の持ち主であるジュン。退屈を持て余し、構え構えと頑なに目を閉じ続けるマコトに突っかかる。
「なぁ、なんかしよーぜ!」
「何かって何? お行儀良く出来ないならやらないぞ?」
「んー、じゃあゲームやろーぜ!」
「ゲーム? 何するの?」
「えーっとね……、じゃあコレ!」
「……」
正直、目を開けるのが億劫になっているマコト。『コレ』が何なのか見ていないので分からないが、最近よくやるアレだろうと推察する。
「寝てる子もいるから、小声でやれるなら一回だけ付き合うよ」
「わかった!! これでいいか!」
「もうちょい」
「これでいいか!」
「まぁ、いいよ」
素直に声のボリュームを抑えるジュン。元気っ子は聞き分けは良いのである。聞ける位置にいるならばの話ではあるが。
「じゃあジュンからでいいぞ」
「おう! いっせっせーの、よん!」
そうして始まったのは、夏休み明けから流行りだした親指ゲーム――指スマ。
「くっそー……」
「いっせっせーの、四」
「くっ……。いっせっせーの、さん! ……む!!」
「いっせっせーの、二」
「あっ!!」
「はい、終わりね」
「もういっかい!!」
「一回だけって言ったろ」
「えぇー--!!」
「大声出すな」
そしてあっさり終わってしまった指スマ。
「なぁ、なんでオレのてーみてないのにかてんだ!?」
終始目を閉じたままだったマコト。
(分かりやすすぎるんだよね……)
ジュンは必ずと言っていいほど、勢い余って親指を立ててしまう。マコトはその癖を知っており、加えて二人きりの勝負ならさもありなん。
勝敗もジュンがいちいち声に出して反応するため、見ていないくても手に取るように分かる。
ドロケイでは様々な策を弄し、最近は母と将棋を嗜むようになったマコトには容易いこと。
そんなずる賢いボスに、純粋な元気っ子は「すげー」とキラキラとした眼差しを向ける。向けられている当人は目を閉じたままなため気付いていないが。
「まぁ、あれだ。僕には”心の目”があるから……」
「こころの……、め!? なんだそれ! かっけー!! オレもほしい!!」
「じゃあ特訓だね」
「とっくん! やる! どーやるんだ!?」
適当な物言いに、がっしりと食いついたジュン。
マコトの口元にうっすらと――幼馴染にしか読み取れないほどの笑みが浮かぶ。
「まず姿勢を正して座る」
「おう!」
「手は膝の上に。掌を上にして、軽く開いて」
「こうか?」
「うん、たぶんそう。そして目を閉じる」
「とじた!」
「お口チャック」
「ん!」
「それを三十分続ける」
「……」
特訓を始めるジュンと他数人。
そして幼稚園に着くまで、マコトは束の間の休息を堪能するのであった。
――約三十分後
「ジュン起きろ。着いたぞ」
「――んにゃ? ……あれ? ひおーざんがみえる……」
”心の目”の特訓は、まだまだ使えそうだとマコトは確信した。
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