#163 飛ばないペンギン
本日二話目の投稿となります。
ボス擁するうさぎ組は、開放的な空の下から人工的な屋根の下、大きな水槽が並ぶ北極ゾーンに来ていた。
「マコト! あのくま、しろいぞ! かっけー!!!」
「はいはい、そうだねかっけーね」
子どもたちは水槽のガラスにおでこをくっ付けて、男子は大迫力のシロクマ、女子は可愛らしいペンギンにくぎ付けになっていた。
「マコト、きょうがくのじじつ」
「どした?」
コタロウが驚いた様子でマコトの肩を叩く。
「……ハカセがペンギンは”とり”だって」
「そーなの!?」
「ペンギンってとりなの!?」
「おまえら、とりなのかー」
「とべないじゃん!!」
コタロウの声が聞こえた周りの子どもたちも、その事実に様々な反応を示す。
「マジか!?」
「そんなのもしらないの?」
「うっせー! じゃあしってっか? ペンギンってたまごからうまれるんだぞ!」
「じょーしきよね」
「なにぃ!?」
「こらこら、ヒロマサくんもヒメノちゃんも喧嘩しないの」
「だってヒメノが!」
「ふん!」
不穏な空気が漂うも、アイが間に入り鎮火。
普段ならもう少し様子を見るところだが、今は楽しい遠足中かつ他からの視線もあるので早めの対処に努める。
日曜参観で親御さんからの信頼も回復し、正式にボスを任命した立場のアイに怖いものはない。時折刺さる副担任の視線を除いて。
そちらはさて置いておいて。
「へぇ、そうなんだ!」
マコトも驚いたような――表情は変わらず――雰囲気を出す。
当然、ペンギンが鳥類、つまり鳥であることは知っている。だがそこで『知っている』と言い、子どもの新発見の感動の邪魔するのは、中身が大人だけに大人げない。
「とべなくてもとりなの?」
「そうみたい。びっくりだね」
「ペンギンさん、かわいそう……」
大人しい性格の女の子の一人がペンギンに同情し、ミホシたち数人もそれに頷く。
ペンギンが空を飛ばないのは、空を飛ぶメリットが少なく、生息地域での狩りや防衛のため、海を泳ぐ方向へと進化したからなのだが、空を飛ぶはずの鳥としては劣っているのでは?と、感受性豊かな子どもたちは思ってしまったのだろう。
「ペンギンさんも、うんどう、きらいなのかな……」
運動が出来る子が多い陽ノ森幼稚園の中で、運動が苦手なミホシ。可愛らしくヨチヨチと歩くペンギンたちを見て、楽しみにしていたはずなのに表情が陰る。
(……ふむ)
マメで気遣えるから人気者の彼は、その子の性格や普段の行動から何を考えているのか、ある程度は想像できる。
まぁ、あくまで”ある程度”ではあるが。
(この子たちから見たら、僕はズルいよね……)
自分は運動においても勉強においても優秀。何でも卒なくこなせる人気者。飛べて、走れて、泳げる鳥。
アカリにとって誇らしい子でありたいと思っているのだから、それはそれで良いのだろう。
では、友人たちから見た自分は……
努力をしていない訳では無いが、いかんせん、前世の記憶というアドバンテージが絶大すぎる。
他人からすれば、ズルいと思わずにはいられないだろう。
まだ幼稚園児である友人たちは、その純粋無垢さ、無知さゆえに、そのズルさを理解できないだけ。
自分と他人の子を比べ、優劣を気にする教育熱心な親だって少なくはない。マコトが仲良くしている友人の親にも、その類は確認されている。
飛べない鳥が、飛べる鳥に何を思うのか。
嫉妬心を拗らせた先に待ち受けるものが想像出来ないほど、マコトは子どもではない。
だからマコトは仲良くする。
赤の他人ならズルく妬ましくても、近しい間柄だったり、その恩恵を得られるのであれば、大切なものに降りかかる火の粉は発生し辛いはずだ。
もちろん、そんなことだけを考えて人脈を広げている訳ではないが、”根回し”の重要性を知る元社会人として、何も考えない方が難しい。
ズルいマコトや特別扱いのスズカと、子どもたちが自分を比べてしまい、自分自身を見失わないように。
欲を言えば、親御さんからの印象が良くなればいいなぁ、母上の側についてくれたらいいなぁと思いながら、マコトは言葉を紡ぐ。
「……ペンギンさんは空は飛べないけどさ、海の中をとっても速く泳げるよね」
一匹、また一匹と水の中に飛び込み、スイスイと泳ぐペンギンに視線を移す。ミホシたちもその視線につられる。
「それぞれ得意なことが違うんだから、苦手なことだけを見て可哀想って思うのは可哀想……かもしれないね」
運動が得意になりたい不得意な子に、運動以外で頑張れ、と言っているようで、マコトも言葉尻が弱くなる。
「キコちゃんは歌が得意だし、ナツミちゃんはそろばん頑張ってるって聞いてるよ?」
「オレ、しんかんせんのなまえ、ぜんぶいえるぞ!」
「そうそう、ユウサクは新幹線の名前、外国のも沢山知ってるし」
「ボクはくるますき!」
「おれは、げーむ。いーすぽーつのせんしゅになる」
「オレも。とーちゃんととっくんしてる!」
「……で、ミホシちゃんも、お絵描きとか塗り絵が大好きじゃん?」
「うん……」
「でも運動が得意なジュンは、絵も塗り絵も雑だし、ゲームも下手くそだし、歌も元気だけど音外しまくってるし――」
「――呼んだか!?」
「Stay」
「わん!」
「……まぁ何というか、みんな得意な事は違うから、その得意を自慢できるように頑張れたら……素敵なんじゃないかな」
子どもたちは理解しているのかいないのか分からないが、マコトの話に耳を傾けていた。
今は運動、もう少し成長すれば勉強がとりわけ目立つ技能ではあるが、それ以外だって誇れるものは沢山あるし、やり方次第では化けるもの。
苦手や不得意が、好きな事、得意な事の足を引っ張って伸びないというのは、この子たちの可能性を潰してしまうのと同義なのではと、思うこともある。
可能性ばかりを見ていては、この厳しい現代社会を生き抜くには甘すぎる考えなのかもしれない。
それでも、何か一つでも熱中できるものがあれば、それを軸とした豊かな人生になるのではないか。
子どものうちくらいは、自分の得意なものにのめり込んでもいいんじゃないか。
仕事ばかりをして、それだけが唯一の生きがいと思い込んでいて、辞めたら空虚感に苛まれた前世。
この子たちにはそうなって欲しくない。無論、好きなことが仕事になるなら話は別だが。
「……僕はミホシちゃんの描く絵、好きだよ?」
「ほん、と!?」
「うん、ね? ハ(……カセはいないから……)、コタロウ、ユウマ?」
一人では説得力が欠けるかもしれないと、しれっと近くにいた友人も巻き込むマコト。
「……”がはく”とよばれるひも、とおくない」
「うん! ぼくもミホシちゃんのえ、すき!」
ふと自分は何を語っているのか、とこっぱずかしさを自覚し、それを隠すように咳ばらいをして「そもそもだけど」とマコトは続ける。
「ニワトリもダチョウも鳥だけど、飛べないよ?」
「「「――!?」」」
「そうだった……」
「なんだ、とりっていがいととばないじゃん」
「お前ら、忘れとったんかい……」
「ペンギンっておよげるから、ほんとうはすげーのか!?」
「ペンギンとくべつ?」
「スーパーレア?」
「いや、英語で言うならspecial」
「スペシャル!?」
「すぺしゃるペンギン!」
子どもたちのペンギンに対する株が上がっていく。
ミホシたちの顔にも笑顔が戻り、マコトもほっと一安心。
そこへ、ニヤニヤと子どもたち――主にマコトの言動を見守っていたアイがマコトに近付いてしゃがむと、こそこそと耳打ちをする。
「さすがボス、良いこと言うね」
「……」
「もういっそのこと、先生やってみる? ボスなら良い先生になると思うんだけどなぁ」
「僕には荷が重いと思います」
「大丈夫大丈夫。年中さんでそこを自覚してるなら全然できるよ!」
普通の子どもなら『せんせーやる!』か、恥ずかしがり屋ならもじもじと言葉に詰まるものだ。少なくとも、その責務について考えることはない。
マコト、思考回路が園児モードに戻っておらず、痛恨の失言。
「……セイコ先生に相談してみる」
「あ、今の話は無しで」
後で怪訝な顔を向けられ、お小言を言われるのを恐れたアイ。
社会人スキルは、マコトの方が一枚上手のようである。
読んでいただきありがとうございます。
改稿履歴
2022/04/19 08:58 マコトの考えの文章を一部修正




