#161 場所取り
色々な動物を観て回った陽ノ森幼稚園一行は、一度リュックサックを預けている多目的ホールに戻る。そして昼食のため、その足で植物園ゾーンと自然史博物館ゾーンの間にある広場へと向かった。
そこで先生から注意事項とシートを広げて良い範囲を聞き、子どもたちは仲良し同士でグループを作り始める。
「マコト! いっしょに――」
「ユウマはこっち」
「えっ!?」
「きて!」
「あっ! マコト……」
一緒に食べようとマコトに声をかけようとしたユウマだったが、仲良しの女の子たち――モエとカナに両腕を掴まれて強制的に腰を下ろさせられる。
(ユウマ、達者で……)
そんなモエや、ヒメノ、ヒロマサたち、うさぎ組の中心メンバーがシートを広げていくのを尻目に、マコトは少し離れて――
「――、まーくん!」
飛びつく勢いで走ってくるスズカを見つける。
しかしここはお外だ。
スズカはマコトにぶつかる直前で急ブレーキを掛けると、お淑やかに抱き着く。淑女ゆえ。ただし抱き着かない選択肢はまだないようで。
そしてぐりぐりとマコトの首筋に頭をこすりつけ、離れ離れだった時間を取り戻そうとする。
たった四時間ほどではあるが、されど四時間。少なくとも前世のマコトの睡眠時間よりは長い。
「そんなに走るとお弁当寄っちゃうよ」
「ん、だいじょうぶ。ママいってた」
「……?」
「む、ふ……」
振られてしまったリュックサックの中を心配しながら、マコトがスズカの乱れた髪を手櫛で整えていると、そのスズカと仲が良いひつじ組の女の子グループが追って来る。
「すーちゃん、まってぇ……」
「あ、すーちゃんまたマコトくんにぎゅーしてるぅ!」
「らぶらぶ!」
「いいなぁ~」
「ん、すーとまーくんはそーしそーあい」
充電中の二人を羨ましそうに、そして面白そうにキャーキャー言い出す女の子。
幼稚園児でも男女の色恋は新鮮で面白いのだろう。
その脇では、
「シュンタもああやってぎゅうしてナナのあたまなでるの!」
「えぇ……、みんなみてるし、はずかしいよ……」
今年のスズカのお誕生日会にも来ていた女の子の一人――ナナは、好意を寄せている男の子――シュンタを手を引いて、自然と抱き合いいちゃつくカップルの手本を指差す。
「どーどーとやればはずかしくない! はい、どーぞ!」
「うぅ……」
そして私たちもと両手を広げるが、シュンタはきょろきょろと周りを気にしてしまい、どうにもナナの思い通りにはいかない。
ナナもナナで自分から抱き着きに行くのではなく、シュンタから抱き着いて来るのを待っているあたり、羞恥心が全くないわけではない。
それとも、好きな人から抱きしめて欲しいという女心だろうか。複雑である。
「――マコト! はらへった!! そんなことしてないで、はやくメシ!」
ピンク色になりつつあった場の空気を壊すのもまた女心。いや、子ども心と言った方が正しい。女心に失礼である。
ジュンはいちゃつくマコトとスズカを揺さぶり、お弁当を食わせろと主張する。
なお、マコトに主張を伝えても、頂きますが早くできるわけでは無い。例え彼がボスでも。
「むぅ……」
「……ジュン、Sit」
「わん!」
「Stay」
「わん!」
眉を顰めるスズカの機嫌がこれ以上悪くならないよう、マコトはおままごとの時と同様、ジュンを静かにさせる。
お前はそれでいいのか、マコトも思わなくもないが、当の本人は自分一人だけ特別な構い方をされているためか、まんざらでもないよう。
そのことに、かーちゃんが陰で頭を抱えているとかいないとか。
「……すーちゃん、シート広げよっか」
「ん」
「ジュンも自分のシートに戻れって」
「まかせろ!!」
マコトとスズカはピッタリとレジャーシートをくっ付けて広げる。
それぞれ違うクラスではあるが、年中組で固まっている。うさぎ組の端っことひつじ組の端っこがくっ付いても、誰も文句は言わないだろう。
幼稚園の先生たちも、この学年はそうなるのは当たり前の認識となっている。
そんな二人を中心に、子どもたちはレジャーシートを連結させていく。
ジュンもすでに敷いていたレジャーシートを引っ張って来て、二人の隣へ滑り込む。
シホを始めとしたひつじ組の女の子グループも彼らの隣へ。
マコトの影に隠れていたコタロウとハカセもしれっと隣を陣取る。
クラスの端っこ同士ではあるが、ここが年中組の中心なのだ。
マコトとしては身動きが取りやすい端っこの方が好ましいのだが、慕ってくれる友人たちにそう伝えるのは野暮と言うものだろう。
「ローズレッド!」
「ローズブルー!」
「ローズピンク!」
「ローズルージュ!」
「ローズクリムジョン!」
「ローズホワイト!」
「ローズブラック!」
「「「「「「「さんじょう!!!」」」」」」」
「あー! もうボスのちかくがない!」
「ルージュがでおくれたから!」
「でおくれたのはレッドも!」
「ボス! しじを!!」
ローズレンジャーも遅れて登場するが、すでにボスは他の子どもたちに囲まれてしまっていた。少しでもボスへ近付こうとする彼らへボスから一言。
「……そこでいいじゃん」
「「「「「「「いぇす、ボス!!!」」」」」」」
「……」
「じゃあオレここ!」
「ピンクはここにする!」
「ぼくは――」
そうして子どもたちは自分の場所が決まると、今度は先生の誘致が始まる。
あちこちから子どもたちに名前を呼ばれ、先生たちは子どもたちの輪の中に混ざっていく。
「りこせんせー! いっしょにたべよー!!」
「せんせーこっちこっち!」
「んー、じゃあ今日はここにお邪魔させてもらおっかな」
「やった!」
「リコせんせー、ここどうぞ!」
「ありがと~。ちょっと通らせてね~」
リコもシホたちに呼ばれて、レジャーシートの合間を縫い、子どもたちが空けてくれた場所に座る。
そうして全員が準備を終えると、先生の号令でみんなで「いただきます」をする。
「シホちゃんのお弁当可愛いね~」
「うん、ママがつくってくれた!」
「凄いね~」
「りこせんせい! ユミのおべんとうもみて!」
「お~! こっちも可愛い! 大作だね」
そんな幼稚園児らしいやり取りや――
「まーくん、あーん」
「……あーん、――――うん、美味しいね、このサンドイッチ。ありがと」
「………………」
「……はい、すーちゃんも」
「♪」
食べさせ合って幸せそうなカップル――
「シュンタ、ナナたちもあれやろ!」
「えぇ……、はずかしいよ……」
「おとこのこなんだからがんばって!!」
――を真似しようとする未来のカップルや――
「ユウマ、モエにあーんして」
「うん! いいよ!」
「カナも!」
「うん! つぎはカナちゃんにやってあげるね!」
「あ! ふたりともずるい! わたしもやる!」
「じゅんばんに! なかよくしないとやれないんだよ!」
将来有望な可愛らしい男の子と取り巻き。
陽ノ森幼稚園年中組のお弁当の時間は、大層賑やかであった。
「……おんなのこってこわい」
「どうい。でもそーいうこというと、もっとこわいめにあうんだって。”じらい”ってマコトがいってた」
「……おぼえとく。わすれないように、いえかえったらじしょつくる」
コソコソと話をするのは、マコトと特に親しい男友達の二人――コタロウとハカセ。
そんな彼らにも、スズカとマコトを見て逞しく育つ女の子たちのいくつかの視線が刺さっているのは、ここだけの話。
読んでいただきありがとうございます。
改稿履歴
2022/04/10 21:25 ジュンのペット扱いに対する心境が分かる文章を追加。
 




