#157 双子の初めての誕生日
「「「「「Happy birthday to you~♪」」」」」
飾りつけを終えた僕たちは、誕生日を祝う定番の歌を手拍子をしながら歌う。
主役たちも周りにつられて、可愛らしい小さな手でパチパチと。
ちなみに皆の発音が良いのは気のせいではない。
母上は当然のこと、スズカ(と一緒に戸塚夫妻)もコツコツと練習を続けているからね。
英語だけで日常生活を送るにはまだ難しそうだけど、簡単な単語やフレーズは結構な数を覚えているんじゃないだろうか。いやはや、子どもの吸収力って凄まじいね。
「「「「「――Happy birthday dear ふーちゃんときょーちゃ~ん、……、……Ha-ppy birthday to you~♪」」」」」
ということで、本日はフウカとキョウカの誕生日。
無事に一歳を迎えた二人はベビーチェアに座り、早速ミオさん特製のフルーツたっぷりのショートケーキを鷲掴みにしてもぐもぐと。手にした先割れスプーンは飾りである。
「初めてのケーキはどうですか~?」
「「……」」
「美味しいですか~?」
「「……」」
「そうですか~! 良い食べっぷりだね~」
ミオさんの問いかけに無言の二人。ケーキに夢中のようだ。
最近では食事の回数も朝昼夕の三回に増え、食べられるものもだいぶ多くなった。
とは言え気を付けなければならないことも多い。
栄養を考えるのはもちろんのこと、脂肪分や砂糖、油なんかは控えめにしないとお腹を下してしまう。なので二人が食べるケーキは脂質が多い生クリームは不使用、水切りヨーグルトが代用されている。
僕たちと同じものを食べられるようになるには、もうしばらく時間がかかりそうだ。
「じゃあ私たちも頂こっか」
「うん」
主役たちが食べ始めたので、僕たちもご相伴に預かる。スズカも大好きなケーキを目の前にして待ちきれないようなのでね。
「「「いただきます」」」」
ケーキの見た目は主役二人とほぼ変わらない。しかしこちらは生クリームを使っている。
その上にはこれでもかと色とりどりのフルーツ――イチゴやブルーベリー、メロン、パイナップル、マンゴー――が盛られており、それらを崩さないように慎重にフォークで一口大に切り分け、カットされたイチゴと一緒に口の中に運ぶ。
(おぉ……)
なんと美味しいケーキなのでしょう。
滑らかで舌触りの良い生クリーム。甘さはあっさり控えめだけど、その分上に乗っているフルーツの甘味と酸味が主張してくる。その二つをしっかりと支えるスポンジケーキがまたいい仕事をしていて……基礎って大事。
舌の上でケーキを存分に楽しんでいると、お隣さんがうずうずとし始める。分かっております。
「まーくん、あーん」
「……あーん」
「おいしい?」
「うん、とっても」
「♪」
「すーちゃんもどうぞ」
「ん♪」
飾り付けの労いも忘れずにしないとね。
ふと視線を向ければ、戸塚夫妻も似たようなことをしている。
ミツヒサさんはフウカとキョウカを撮るのに忙しいからね。ミオさんにあーんして食べさせてもらっている。相変わらずラブラブな夫婦だ。
「……お母さんもあーん」
「いいの?」
「うん」
母上だけあーん出来ないのもね。仲間外れは良くない。
「じゃあ頂きます、――うん、ありがと。美味しいね」
「まーくん、すーももういっかい!」
「あいさー」
……主役そっちのけで楽しんでしまっているけど、フウカもキョウカもケーキの触感や食感に夢中だからね。まぁいいじゃないか。
そうしてケーキを食べ終えると、始まるのは一歳の誕生日の儀式。
儀式と聞くと仰々しく思えるけど、昔から日本にある慣習である。もちろん僕もやった。
まずは”一升餅”。
文字通り一升のお米から作られた丸餅を背負う行事だ。
”一升”には”一生”の意味がかかっていて、『一生食べ物に困らないように』とか『一生健康でいられるように』とか『一生円満に過ごせるように』といった願いが込められているらしい。
存分に食い散らかしたケーキを綺麗にしてもらったフウカとキョウカは、ミツヒサさんの手によって重さ約二kgの餅を入れたベビーリュックを背負う。
ちなみにこのベビーリュックは、一歳の誕生日プレゼントでもある。側面には二人の名前が刺繍で縫われていて、今後お出かけするときの必需品になっていくことだろう。
「よし、こんなもんか」
「重たいから気を付けてね~」
肩紐の長さを調節してもらい、一升餅を背負ったフウカとキョウカ。
この状態で立ち上がれたら『身を立てられる』、座り込んだら『家を継いでくれる』、転んだら『厄落としができた』と言われており、どれも縁起が良いらしい。……最近の電子辞書って色々と書いてあって凄いね。
「……ま?」
「あーぅ?」
初めての状況に不思議そうな顔をするフウカとキョウカ。
あれって意外と重たいんだよね。当時の僕はその重さを甘く見ていて、後ろにひっくり返ったよ。思えばあの時、色んな厄を落としていたことになるのかな。
「フウカ、キョウカ、パパはこっちだぞ~。おいで~」
「ふーちゃん、きょーちゃん、がんばる」
ミツヒサさんが少し離れて手を叩き二人を呼び、スズカも妹たちを応援する。
そのスズカはどうだったかと言うと、しっかりと立ち上がったそうな。色んな意味で逞しい娘なことよ。
「う」
「……あだっ」
皆から見守られ応援される中、フウカとキョウカは頑張って立ち上がろうとする。しかし背中にかかる重みで上手く立ち上がることが出来ない。
フウカはその場で座り込み「う~」と不満そうな声を上げ、そのままぐずり始めてしまった。
「よ~しよしよし、ふーちゃん頑張ったね~。うぅ~頑張ったよ~」
リュックを外されたフウカは、ミオさんに抱っこされてゆらゆらとあやされる。
双子の妹であるキョウカもそうなるかと思いきや、立ち上がることは諦め、ハイハイでミツヒサさんの元へと向かっていた。
双子だから似ているところも当然多い。
顔や寝相はそっくり。あとお互いが近くにいないと落ち着かず、きょろきょろと探し始めるところも同じだろうか。
だが違うところも結構あったりする。
特に性格は正反対のようでフウカは大人しくキョウカは活発。遊びもキョウカが先にやり始めて、フウカが後から一緒にという光景をよく見る。
「ぁぅぱ!」
「よーし、凄いぞキョウカ。頑張ったな~」
「あーだっ!」
「うん? どうした?」
「ぅぅあ!」
「あぁ、フウカが気になるのか?」
「だっ!」
ミツヒサさんの元にたどり着いたキョウカは、ミオさんに抱かれてあやされているフウカに必死に手を伸ばす。やはり気になるようだ。
「ほぅら、よしよしって」
フウカはキョウカの存在を近くに確認すると次第に泣き止む。……双子って不思議だね。
フウカが笑顔を見せてくれたところで、もう一つの儀式――”選び取り”をする。
いくつかの道具を用意して、選んだ道具によってその子の将来を占う行事だ。
昔からある代表的な道具は『そろばん』『筆』『お金』だろうか。
その意味の捉え方は色々とあるが、『そろばん』を選んだら計算上手で商売向き、『筆』を選んだら芸術や文学の才能……つまり学を修める、『お金』を選んだらとにかくお金に困らず玉の輿、なんて言われていたりする。
ミツヒサさんがフウカとキョウカを見ている傍らで、ミオさんと母上がせっせと”選び取り”で選べる道具を「これも置いとく?」と手あたり次第に並べる。僕とスズカもお手伝い。
今回用意したのは『おもちゃの一万円札』『スマホ』『辞書』『ボール』『おもちゃの木琴』『デジカメ』『スケッチブック』『洋服』『鏡』『ちゃしぶ』『風船』。
時代も変われば道具も変わるよね。
スマホはIT関連、ボールはスポーツ、洋服や鏡はファッションとかモデルといったところだろうか。
ちゃしぶは……何だろう。と言うか、居ていいのか?
「あ、そうだ。まーくん、ちょいちょい」
「?」
「すーちゃん、ちょっとだけまーくん借りるね~」
「ん」
並んだ道具の意味を考えていると、ミオさんに手招きをされたので言われるがまま。
「ここ座ってて」
「……」
そして道具の中に僕も加わる。
「……え?」
「さぁ、ふーちゃん、きょーちゃん! 好きなものを選んで!」
……What?
Why am I here……?
色々と言いたいことはあるが、とりあえず僕は道具じゃない……
それに選ばれなかったら選ばれなかったで、道具に負けた気がして色々と複雑な気持ちになっちゃうじゃん。そうだろ、ちゃしぶさん?
そんな僕の内心など知らんぷりのミオさんは、フウカとキョウカを抱き上げ、並べられた道具の前に置く。
「あぅあ」
「……ぅ?」
「ほ~ら、好きなの選んでいいんだよ~」
「すーおてほんみせる?」
「すーちゃんはもうちょっと待ってて」
「ん……」
心なしかしょんぼりとするスズカ。ほら、スズカの場合は何を選ぶのか外す方が難しいから……
ミオさんに背をやんわりと押され、フウカとキョウカはハイハイで道具に近づく。
そして二人が選んだのは――
「まーく!」
「……まぁく!」
よちよちと歩き、倒れ込むように僕にタックルを仕掛けてくるフウカとキョウカ。二人が怪我をしないように受け止める。
「やっぱりまーくんかー」
「まーくん人気だね~」
ミオさんはお腹を抱えて笑いこけ、母上は誇らしそうに。
……まぁ嬉しい事には嬉しいんだけど、これでいいのかと思わなくもない。君らの将来が不安だ。
ちなみにフウカとキョウカは僕を”まーく”と呼んでいる。……たぶん。
ミツヒサさん以外は僕のこと”まーくん”って呼ぶから、フウカとキョウカもそれを覚えてしまったようで。まだ上手く発音出来ないから、”まーくん”ではなく”まーく”になってしまうんだと思う。
ミツヒサさんもミオさんも頻繁にしゃべりかけているので、言葉を覚えるのが恐ろしく早いのかもしれない。
僕以外のことも覚えているようで、ミオさんを『まぁま』、スズカを『ぅーちゃ』、ミツヒサさんを『パ』、母上を『あちゃ』と。
「あの人は誰?」と聞いてそう呼んでいたので、識別は出来ているんじゃないだろうか。
「まぁく」
「……まっく!」
「Hi! I am Mark.」
「……ぅきゃっ!」
「きゃっきゃ!」
「But I am not Mark……」
そして恒例のやり取り。
先日その場のノリで『I'm Mark.』って言ってみたら、思いのほか二人にウケてしまったんだよね。英語の発音がツボなのかもしれない。数年後にあぽーぺんが流行るのも頷ける。
「すーちゃんの時もまーくん一直線だったよね~。まーくん後ろでベビーベッドに寝てたのに」
「ん、すーもまーくんすき」
「すーちゃんも選び取りしとく?」
「ん!」
そしてスズカが背中から抱き着いてきておんぶの続きが始まる。
……アレだよね。
フウカとキョウカが僕に向かって走って来るのって、スズカがやってるからだよね。お姉ちゃんの真似してるだけ的な。
だからさ、そんな怖い顔でこっち見ないで……
「Hey Mark……?」
「Well……, it's what babies do.(えっと……、赤ちゃんのやることだから。) It's not my fault.(僕は悪くないよ。) ……I'm not Mark.(僕はMarkじゃない)」
「……」
「I love まーくん♪」
「……後でくすぐりの刑な」
「Oh, my mom……(母上……)」
「You'll be fine for doing your best!(まーくんは頑張ってるから大丈夫よ!)」
「……」
「みーくんには私がいるよ?」
「……おぅ」
こうしてフウカとキョウカは一歳の誕生日を迎えたのであった。
読んでいただきありがとうございます。
改稿履歴
2022/05/18 18:30 英文修正




