#155 極上の女子会
本日も始まりました女子会。
運動会の翌日からよくやるよね、とどこからか聞こえてきそうですが、むしろダラダラとして生活リズムを崩してしまわないようにしている側面もあったりします。
ただ今回の女子会の会場は、いつもとは志向が異なります。
「あ゛ぁ……」
「ぎもぢぃ……」
お二人とも人様――男性には聞かせられないような声が……。あ、いえ、色っぽい方ではなく、親父臭い方です……
「……リコせんせ、何か失礼なこと考えてない?」
「私らのこと親父臭いとか思ってるんじゃない?」
「えっ、なんで……?」
「私らもそう思ってるからよ」
「リコせんせも似たような声出てるからね?」
「!?」
……私もお二人のことを言えませんでした。
でも仕方ないんです。この気持ち良さの前には。
と言うのも私たちは今、保護者の方からご紹介頂いた美容クリニックに来ています。
こちらの美容クリニックでは色々な事をやられているようで、整形や美肌治療、脱毛、顔や全身のマッサージに加えて、フィットネスやヨガなどのトレーニングメニューもあります。美への道は一本では足りない、ということですね。
その中で私たちが受けているのはマッサージのフルコースです。
リラックス効果のあるアロマが焚かれている中、三人横並びでうつ伏せになり、これまたリラックス効果のあるオイルで、溜まりに溜まった疲労と老廃物を押し流すように揉み解されています。
これがまた”極上”の一言に尽きるものでして……
漏れ出る声が制御できないんです。
「ミク先生は結構肩が張ってますね~」
「はぃ……。ぅん……、カメラを首にかけるようになってからは特に……」
「なるほどカメラですか。良いやつは重たいですもんね~」
「そうなんです! もう重くて重くて……ぇ、腕もすぐパンパンに……」
「昨日の運動会もさぞ大変だったんじゃ?」
「ぁ……、いえ、むしろ運動会は楽な方ですね。三脚が立てられますし、手に持ってるのはビデオなので、カメラに比べたら……ぁっ……」
ミク先生を施術してくださっているのは、この美容クリニックの医院長さんである百瀬美弥さんです。
美容クリニックの医院長の名にピッタリの美貌の持ち主で、女性の私でも思わず惚れてしまいそうです。男性はイチコロなんじゃないでしょうか?
そして驚くことにお歳は三十代半ば……
私立陽ノ森幼稚園のママ友の間でも話題になる美容クリニックの医院長さんですからね。それなりに経験を重ねているはずと思いながらも、肌艶はこの中で一番年下の私よりも……、と色々と辻褄が合わなくて、失礼とは思いながらも聞いてしまいました。
完全に白旗ですね。女性としても、社会人としても。
ここまで敵わないとなると、もう嫉妬心も湧いてこないです。むしろその秘訣を……
そしてなんと、ミヤさんは私が受け持つひつじ組の女の子――スズカちゃんのお母さまのお姉さまだそうで。つまりスズカちゃんの伯母に当たる方。ミオさんの旧姓は百瀬だったんですね。
確かに一目見たときから、どことなくスズカちゃんと似ているなぁと思っていました(本当は逆なんですよね)。
もしかすると、ミオさんの三児の母となっても変わらぬ美しさの秘訣もここにあるのかもしれません。お姉さんが美容クリニック経営者というのは羨ましい限りです。
そしてスズカちゃんもここで美を磨いて成長していくのでしょう。
マコトくんは色んな意味で大変そうですね。まぁ、彼なら心配無いのかもしれませんが。だってマコトくんですし。
そんな訳で、これも何かのご縁と言うことで特別に医院長のミヤさんも施術してくださる上、施術台を移動して三人一緒の部屋、今回のマッサージ代も完全無料にしてくださるそうです。
アイ先生では有りませんが、幼稚園の先生を頑張って来て良かったと思ってしまったのは内緒です。
その代わり色々とお話を聞きたいとのことでしたが、それくらいはお安い御用というもの。きっと可愛い姪っ子の話を聞きたいのでしょう。
話題も自然とスズカちゃんの事――まぁスズカちゃんの話題は、大抵マコトくんも絡んでくるんですけどね。クラス別々でも仲の良さは相変わらずですから。
「私も本当は姪っ子の活躍を見に行きたかったんですが、どうしても土日は休めなくて……」
「スズカちゃん大活躍でしたよ。障害物競走でもリレーでも……ぉっ」
「あれは凄かったですよね……ぇ。でんぐり返しはともかく、あのバトンパスは……」
「ぅん……、あれを幼稚園で観られるとは思ってなかったわ……」
今年の運動会の話題は、完全にあの二人がかっさらっていってしまいましたね。
まさかでんぐり返しで障害物競争のトンネルゾーンを抜けていくとは……子どもの発想力は凄いですよね。
トンネルの枠を持つ私の目の前を、コロコロと凄い勢いで転がっていくんですよ? 思わず目で追いかけてしまいました。シュールでした。
それを運動会当日まで披露することなく我慢していたのもあの二人らしいですよね。普通の子なら皆に見せびらかしてしまうところです。
あとは最後の選抜リレーでしょう。
マコトくんとスズカちゃん、ジュンちゃん、タクヤくんと、去年一緒に過ごした四人の子たちが出ていたので、私としても誇らしかったですね。もちろん全チーム応援していました。
そこでマコトくんとスズカちゃんが見せてくれたバトンパス。私は遠目からだったのであれですが、その瞬間は誰も理解していなかったのではないでしょうか。
子どもたちにとってバトンパスは少々難しく、テイクオーバーゾーンではごたごたしてしまうのが普通なんです。
そのごたごたの中から、いつの間にかマコトくんだけが一人抜け出していて。その何かした張本人は、いつも通りのあの表情で淡々と走っているのだから、思わず笑ってしまいました。まぁマコトくんですもんね。
運動会が終わって子どもたちと親御さん方がお帰りになり、そしてテント等の片付けの後、自分たちが帰るのが遅くなるのも構わず何度も皆でビデオを見返し、その時初めて何が起きていたのかようやく理解しました。
自分よりも足の速いスズカちゃんを最大限に活かした、マコトくんの完璧なタイミングのリード。
マコトくんの手を後ろに差し出すタイミングと、スズカちゃんのバトンを差し出すタイミングは完全に一致していて、その間わずか二歩。
その無駄のないバトンパスに、運動が得意な男性――特に陸上経験者の先生方は興奮しっぱなしでした。私も素人ながら鳥肌が立ったものです。
さぞたくさん練習してきたのでしょう。
流石にあの二人でも一回や二回の練習で出来るものではないですよ。
「妹からも練習してるビデオが送られてきましたよ。楽しそうにまーくんと一緒にコロコロ転がってるやつ。あ、ちなみにバトンパスは五回目でほぼ完成してましたよ?」
「……うそでしょ」
「……マジか」
まさかの片手で数えられる回数でした。ミク先生もアイ先生も驚きを隠しきれません。伊達に一緒に育ってはいないと言うことですね。
「皆さんもそう思いますよね? 良かった、私が普通……」
才色兼備のミヤさんも色々と思うところがあるんですね。雲の上の存在だと思っていましたが、なんだか一気に親近感が湧きました。私も……あれ? 違和感を……感じて……?
「普通じゃない人がそこにもう一人」
「あれじゃない? スズカちゃんとマコトくんが一緒なのをすぐ傍で一年間見てたから」
「なるほど」
「リコ先生もそっち側なんですね……」
あれ、何故かアウェーです……
そうしてミヤさんとあの二人のエピソードで盛り上がり、極上のマッサージも堪能でき、何とも素晴らしい女子会となりました。
また来たいですが……、そこはお財布と相談ですね。美の道は険しいです……
「いやぁー、ミオのあの胸は私が育てたと言っても過言ではないよ?」
「私、通おうかな……」
「……メグロせんせーのために?」
「……」
「リコせんせー。ミクせんせーが遠い存在に……」
「ですね」
読んでいただきありがとうございます。
ミク先生の財布がどんどん空っぽに…




