#154 運動会(年中)10
本日二話目の投稿です。ご注意ください。
『いちについてー! よーい……』
――――パァン!
ピストルから煙が上がり、一斉に飛び出す第一走者。
年中さんが多いが、選抜メンバーゆえにその迫力は中々のもの。
「たいしょぉぉぉおおお!」
「リクトー!」
「ジュン、まけんなー!」
周囲の声援も、本日最後の競技だというのに疲れを感じさせない力強さを感じる。
その熱い声援を受ける子どもたちは、チームカラーのバトンを握りしめ、早くもコースの半分地点を通過していく。
マコトの目がいつになく真剣な表情で走るスズカを捉える。あんなに小さかったスズカがこんなにも逞しく育って……と、リレー参加者でなければ小一時間は感慨に浸ることもできただろう。
「――oh……」
その漏れ出た言葉は素直な称賛か。それともこれから我が身に起こる出来事への絶望か。
第一走者はセパレートコースゆえにわかり辛いが、第二走者に近づくにつれ徐々に明確になる順位。
『――トップは……六区! 続いて一区と二区、そして……、えぇ、五、三、四区の順です!』
先頭を走るのは唯一の年長さんではなく、王者のジュンでもなく、何とスズカであった。
「すーちゃん頑張れ……!」
一位から最下位への転落劇が頭を過るが、スズカが頑張っているのだからマコトが応援しないわけにはいかない。
去年のかけっこでは一等賞をその手に掴みかけながらも、ゴール直前で転倒し、競い合っていたジュンに負けてしまったスズカ。
出産間際の母を応援したい、尊敬されるお姉ちゃんになりたい、そしてマコトに褒めてもらいたい……
色んな思いを持って臨んだ結果は、思い描いていたものとは真逆だった。
頑張って泣くのを我慢して最後まで走り切ったが、マコトに抱きしめられるとその悔しさが溢れ出てしまった。
そして今年。
クラスが別々となってしまったが、選抜リレーでジュンと再戦する機会が巡ってきた。
マコトもスズカがなぜジュン相手に勝ちたいとムキになっているのかは薄々分かっている。
女の子は勝ち負けに拘る。意外にもその傾向は男の子よりも強い。
あとはマコトがなんやかんやと世話を焼いている(正しくは焼かされている)からというのも、少なからずはあるのだろう。
去年ジュンに負けたその悔しさ半分、恋する幼女の嫉妬半分。
それらを燃料に、誰よりも先にマコトの元に辿り着こうとスズカは走る。
しかし年長さんとジュンも負けてはない。
それぞれ年長さんとしての意地、王者の意地を以てしてスズカに迫ろうとする。
そしてやって来る運命のバトンタッチ。
先頭のスズカを僅差で追う二人は、第二走者の子との衝突を避けるために無意識のうちに減速する。
そしてバトンを受け取る第二走者の子らも、向かって来る前走者をしっかりと目視し、差し出されるバトンをその場で受け取ろうと手を伸ばす。
そんな競争相手たちを尻目に、スズカは走る勢いを全く止めない。むしろマコトを目の前にして加速している気もする。
(……、……、今っ……)
マコトはタイミングを計り、スズカが自分の元へと到達する前に、その姿を一切見ることなく全力で駆け出す。
「……まー、くん!」
全力のまま走るスズカはマコトに追いつくと、その名を呼ぶと同時に後ろに差し出された手にバトンを収める。
「――まーくん、がんばる!」
(あい、さー)
そしてバトンを握りしめたマコトは背に心強い声援を受け、次の第三走者に少しでも早くバトンを繋ぐためにそのまま全力で駆ける。
『おぉっとぉー! 六区が見事なバトンパスで単独首位! 二位を大きく突き放したぁー!! え、まじか!?』
スズカとマコトによるあまりにも無駄のないバトンパスに、アナウンスも興奮と本音が隠せていない。
他の子たちはバトンを渡すのに手間取り、先頭を走るマコトとは五歩以上の差が出来てしまっていた。
これがマコトが用意した策だった。
彼の記憶の中では数年前、そしてこれから数年後に日本が世界を驚かせることになる”バトンパス”。個人戦ではなく団体戦だから採れる策。
もちろん他の区の子たちもバトンパスの練習はしている。しかしその回数はせいぜい両手で数えられるほど。それに選抜メンバーと言えど幼稚園児なので、”落とさず確実に渡すこと”が最優先。繋ぐことが出来たならそれで成功と言える。
そのレベルの中で、下手をすれば高校生レベル(流石に国の代表レベルの再現は不可能)のバトンパスを披露したスズカとマコト。
スズカの異常なまでに――実の両親よりも……?――高いマコトへの信頼から成せる愛の業。
マコトが出来ると言えば出来る。出来なくても出来るようにする。なぜならマコトが出来ると言っているから。何なら言わなくても勝手に出来たいところ。
そしてマコトの洞察力や観察力、推察力から成せる苦労人の業。
スズカの成長を一番近くで見て来たマコトにとって、彼女が”どのタイミング”で”どれくらいの速さ”で”どう動く”のかを予測するのは、それほど難しいことではない。
そんな解かり合っている二人でなければ、これほど鮮やかなバトンパスは実現できなかっただろう。
その手際はあっという間過ぎて、観戦者たちも何が起きたのか見逃してしまった人がほとんどだ。気付いたらマコトがすたこらさっさと一人飛び出していただけ。
だが彼が――マコトとスズカが、あの二人にしか出来ない何かしらをして、万年最下位争いの六区が単独で先頭を走っている事は理解できた。
『先頭は六区です!! その小さな背中を追うのは二、一、続いて四、五、三区!!』
保護者とアナウンスが沸く中、マコトは必死に駆ける。
バトンパスは大成功したが、それはあくまで不利な状況をイーブンにまで持っていくための策。そして唯一の策。結局は走力がものを言う競技であるため、余裕があるわけでは無い。
後続がじりじりと迫って来るのを感じながら、スズカから一位で託されたバトンを少しでも早く前へと運ぶ。
そして背中に張り付かれながらも辛うじて先頭を死守したマコトは、先ほどとは打って変わって不格好なパスで第三走者へとバトンを託す。
「――はぁ、はぁ……、ふぅ……」
息を整えながら『とりあえず(自分の番は)何とかなった』と安堵するマコト。これでスズカとアカリには胸を張って顔を合わせられるというもの。
『――おっと! 二区が先頭に出ましたぁ! 先頭が変わりました!――』
そんなマコトの耳に非情な実況が飛び込んでくる。やはり優勝候補は強かった。呼吸が整い終わる前に先頭が入れ変わる。
六区の年長さんもスズカとマコトに負けじと奮闘はしたが、一つまた一つと順位を落とし、結果は六組中四位。
優勝したのは一区。第六走者の男の子が三番手から二人を抜き去り大逆転。今年の選抜リレーのヒーローは間違いなく彼だろう。
ちなみに二位以下は四区、二区、六区と続き、五区、三区の順だ。
選抜リレーを走り終えた子どもたちは、その頑張りと見応えに盛大な拍手が送られる中、それぞれ喜びと悔しさを胸にグラウンドを後にする。
「むぅ」
「すーちゃん頑張ったよ」
惜しくも上位には入れなかったが、過去十年の最高順位を更新した六区。そこには間違いなくスズカ、そしてマコトの貢献があった。
立役者となった二人はまだ年中さんということで、来年の期待値が上がったのは言うまでもない。
だがそれはそれ、これはこれだ。やはり勝ちたかったと悔しそうに口を尖らせるスズカ。
「……ほら。ジュンに勝ったじゃん」
「……ん♪」
しかしライバル視しているジュンに勝てたことは嬉しかったようで、マコトが褒めると嬉しさから表情が緩む。
惜しくもスズカの後塵を拝すことになった王者っ娘はと言えば――
「くっそー! やっぱスズカはえー! でもつぎはまけねーからな! かえったらとっくんすっから!!」
――すでに次の対戦を見据えていた。
ジュンは運動――特に走ることでは敵なしの状況だと思われがちだが、日頃から年の離れた兄たちや、近所のお兄さんお姉さんを相手にしているため、負けることは日常茶飯事。
そんな環境で育ったからこそ、負けても落ち込むのは一瞬。相手の凄さをすんなりと受け入れ、今度は自分が勝つと次に進むことを選択出来る。
マコトもその純粋な逞しさには感心するばかりである。
「ん。かけっこもリレーもすーがかつ。まーくんがんばる」
「……はい、頑張ります」
「あ! マコト! あのびゅっ!ばっ!ってわたすやつオレもやりたい!」
「むぅ、だめ! あれはすーとまーくんのあいのけっしょう!」
「……とりあえず、まだ閉会式残ってるから皆のところに戻ろ?」
「ん」
「きょーそーだな!」
「ん! まけない!」
「歩こうよ……」
「ん♪」
「えー!!」
そうしてそれぞれのクラスメイトの元に戻った彼らは閉会式へと臨み、二回目の運動会は無事に幕を閉じるのであった。
読んでいただきありがとうございます。
完全ノープランで突入した運動会も、何とか終わりを迎えることができました。
長らくお付き合いいただき、ありがとうございます。
長かった分、伏線とか真相も沢山…
次話はもちろんあれです。
大きなイベントの後は慰労会が無いと…




