#153 運動会(年中)9
保護者たちのリレーを前座に、いよいよ選抜リレーが始まる。
区の数字と走順が書かれたゼッケンを張り付けたビブスを身に着け、子どもたちは同じバスの仲間や仲の良い友人らの声援に応えるよう、選ばれた者として堂々たる行進で入場する。
そのまま奇数順と偶数順で二手に分かれ、それぞれトラックを挟んだ待機位置へと向かう。
そして第一走者――マコトを除いた年中さん五人と年長さん一人が、内側と外側のレーンの距離差を考慮したスタート位置に着く。第二走もすぐに出番となるため、すでにコース上に立っている。
陽ノ森幼稚園は運動に力を入れているため、選抜リレーともなればルールは本格的だ。
第一走者はレーンに沿って走るセパレートコース、第二走者からはオープンコースとなる。もちろんバトンを渡す範囲――テイクオーバーゾーンもある。
幼稚園児には少々難しいルールのようにも思えるが、もともと陽ノ森幼稚園の教育はその月謝に比例してレベルが高いため、この程度のルールであればなんてことはない。年長さんともなれば教える側になることも。
それにルールを覚えられることもこの場に立つための条件であり、そして選抜メンバーに選ばれるような運動が得意な子は、案外すんなりと覚えられてしまうものである。
それでも勝つ事に必死になるあまり、ルールが頭からすっぽ抜けてしまう事もあるだろう。
だが例えテイクオーバーゾーンを超えても、先生の手により半強制的に渡すように促されるし、第一走者がカーブ途中のセパレートレーンのラインを踏んでも、レーンから大きく外れていなければ問題になることはない。
競技者がまだまだ未熟な幼稚園児だということは、先生が一番身をもって分かっている。プロであるからして、そのあたりは上手くやる。
走順に関しては各区ごとに担当の先生――六区の担当は年長組の副担任――が就いており、その先生の下、区ごとに何度か行った練習を見て決めている。ちなみに選抜メンバーを選んだのもこの先生だ。
セオリーとしては足の速い子、そして最後の運動会である学年が上の子が後。
それに従うと第一走者がマコト、第二走者がスズカとなるのだが、スズカがジュンと対戦する気満々、そしてスズカはマコトを追いかけると足が速くなる……という特徴からスズカが第一走者、マコトが第二走者となった。
『それでは内側――一区から赤いゼッケン――』
各区の紹介アナウンスが終わるのを待ちながら、マコトは同じ第二走者である年長さんらを横目でちらりと見上げる。
やはり幼稚園児にとって一年の差は小さくない。
背が高いからと言って必ず足が速いわけでは無いが、その大きな歩幅が有利に働くことは確かだ。筋力だって年中さんよりはあるだろう。
同学年の中ではごくごく平均的な体格のマコトも、たった一つだけ年上の年長さんの中に混ざれば、その小柄さは嫌でも目立っていた。
(……まぁ、分かってたけれども……)
分が悪いことは百も承知。
それが緊張の色を隠せない年長さん相手であっても覆ることはないだろう。真っ向勝負をすれば間違いなく負ける。
純粋な走力勝負ではなかった障害物競争でさえも、その差を突き付けられたばかりだ。
だがこのレースがどうなるかは、蓋を開けてみなければ誰にも分からない。
と言うのも『本番一発勝負の方がワクワクするよね。見ていて楽しくない競技は、やる側も楽しくないよ』と園長先生のお言葉がある。
段取り通りに事を進めるためには、確かに練習は必要である。しかしそれではある程度競技の結果が見えてしまうため、面白みが無くなってしまう。
子どもたちもほぼ負けると分かっているのに、それを親や大勢の人たちに見られるとなると、モチベーションが下がってしまうのも珍しいことではない。
だからと言って、練習でも負けたくない子どもたちに『練習では遅く走って』などと言えるはずもないし、練習は子どもたちの運動能力向上や競争意識の制御等も目的としているため、本気で取り組まないと意味がない。
――という諸事情もあり、本番一発勝負なのは一部の子どもだけが参加する選抜リレーだけ。
全ての区が集まってする合同練習では、入退場やセパレートコース等のルール確認のためにコースを歩いただけで、実際に競い合うのは今日が初めてだ。
隣に立つのは同じ幼稚園の仲間ではあるため、その足の速さを全く知らない事もない。しかしこれは団体戦だ。終わってみるまで結果は分からない。
それはママ友の世間話を盗み聞きしているマコトであっても同じだ。別学年の情報は手に入れづらいったらありゃしない。
現段階で最も正確に順位を予測できるのは、走る子の情報を仕入れては『今年はこの区が熱い!』などと予想をして、運動会前から盛り上がっている保護者(卒園生の保護者含む)たちだろう。
ちなみに今年の優勝候補は、やはり毎年のように名前があがる一区と二区だ。
そしてダークホースは万年最下位争いの六区。その理由は言わずもがな。
「……、ふぅ……」
マコトは静かに息を吐く。
彼が幼馴染や親、友人親子、そして先生と四方八方からこれほどまでに人気があるのは、ただ”良い子”であることだけが理由ではない。
周囲が期待してしまう”何か”を常に隠し持っているからである。
当の本人としては『そんな期待に満ちた目で見ないで……』と渋い顔をしているのだが、それに気付いているのは母と幼馴染くらいのものだろう。
その彼女たちであってもやはり期待をせずにはいられず、マコトもそれに応えようと頑張ってしまうのである。
読んでいただきありがとうございます。
次話は本…明…日中に上げる予定です。
 




