#152 運動会(年中)8
お昼の時間も終わりが近付くにつれ、マコトの周りには宣言通りに友人たちが遊びに集まって来る。
そのため、母と過ごす時間は非常に惜しかったが、騒がしくして自分たちの親やその周囲に迷惑が掛からないように、集合時刻よりも早めに園舎に戻ることとなったマコト一行。
その結果、年中組の集合が恐ろしく早かったのは言うまでもない。
そして午後。
「……大丈夫か?」
「……だいじょーぶだ」
瞼が下がり始めているジュン。満腹感と疲労感から来るものだろう。ちらほらと他の子たちも似たようなものである。
そのため、午後最初の競技――年少さんの組対抗玉入れの応援が疎かになってしまっている。先生方の必死の扇動も暖簾に腕押し状態である。
ちなみにマコトは威嚇ごっこの傍ら、十分ほどアカリの膝上で瞑想をしていたため睡魔は撃退済み。周りが騒がしくならなければもっと万全を期すことができたのだが。
(まぁいつものことだし、動けば目が覚めるか……)
そのマコトの予想通り、午後最初の競技――組対抗玉入れでは睡魔はどこへやら、ワーワーと賑やかに玉を投げ始める。
マコトは今年も安全圏で玉拾いに徹する。当たっても痛くはないと分かっていても、わざわざ飛んでくる中に飛び込む訳もなく。
「えいっ!」
「とうっ!」
「やぁっ!」
友人たちの投げるフォームは、去年よりも成長し、様にはなっているのだろう。しかしコントロールが伴わなければ籠には入らない。クラスメイトたちの後頭部にクリーンヒットする方が圧倒的に多かった。
「……なむ」
「……なむ」
「……なむ」
投げては片手で拝む子ども(主に男子)たち。
念のために言っておくが、これを始めて流行らせたのはマコトではなく『博士』である。マコトは敬礼の件があってからは自粛している。
(南無はやめなって……)
とは思ってはいるが、そのあたりを止めるかどうかは先生に丸投げしている。謝るのは決して悪いことではない。
だがその南無パワーのおかげか、うさぎ組は堂々の一位。二位はローズレンジャー率いるきりん組、スズカらひつじ組は三位であった。
◇◇◇
「さて、乗せに行くか」
「みーくん頑張って! アカリも」
「うん、行ってくる」
そしてお次は保護者によるクラス対抗玉入れ。籠の位置が一メートルほど上がる。
親たちは我が子に良い所を見せるべく、凝り固まった筋肉を解し笛の音を待つ。
そして始まるとやはりというか何というか。あっという間に籠は満杯になり、そこからは落とさずに積む作業に。
「パパがんばれー」
「おとーさーん!」
「かーちゃん、やっちまえー!」
子どもたちからも応援の声が届く。一部不穏な言葉が飛ぶこともあるが、応援していることには変わりないだろう。
アカリは我が子と同じく玉拾い。
と言うよりも、中心部分は大の男たちがひしめき合いながら玉を乗せているので、相対的に背が低い人――主に女性陣は押しつぶされないように玉を拾うしかない。
ミツヒサは去年と同様、その背の高さを活かして最前線で奮闘する。
結果ひつじ組は一位となり、親は子たちのリベンジを果たすことに成功する。
二位はうさぎ組、三位はきりん組である。
◇◇◇
そして続くは親子競技。
年少組の”親子でキャタピラーリレー”が終わると、年中組の”親子で大玉転がしリレー”だ。
子どもたちの背よりも大きなゴム製の大玉を、親子で協力して対面まで転がし、次の親子にバトンタッチをする競技だ。
当然筋力と走力に長ける(はずの)親が一人で転がした方が速いが、あくまで親子競技。親が先行して子が追いかけるような状況になれば、審判の手によってスタート位置まで戻されるルールがある。まぁそうなることは滅多にはないが。
一見シンプルで何の面白みもなさそうなこの競技であるが、意外とそうでもない。
リレーであるため競争。当然速さを競うこととなり、勢いよく大玉を転がす必要がある。
しかし大玉に勢いが付けば付くほど、今度は受け止めるのが難しくなる。絶妙な力加減が問われる。
そして毎年必ず何人か、大の大人が弾き飛ばされ笑いが起きる。そのため障害物競走で使用した安全マットがここでも登場する。
「まーくん頑張ろうね」
「うん。……お母さん無理しないでね?」
「あらまーくん、お母さんそんなに運動得意じゃないけど、やる時はやるんだよ?」
「うん……」
だから無理をしないで欲しいのであるとマコトの心情だった。
リレーは順調に……とは行かず、すでにうさぎ組内で二人ほど弾かれ、八代親子の番が来る。ちなみに弾かれた親子は今井母娘と黒田親子の次の親子だったとだけ言っておく。
「マコトくん!」
「はいさー」
父と娘のバディから大玉を受け取ったアカリとマコト。
先ほどの会話がフラグになるようなこともなく、無難に次の相手へと大玉を引き継いだ。
しかしうさぎ組は三位。二度も事故が起きてしまったのが致命的だったようだ。
一位は無事故のひつじ組、二位は事故一件のきりん組であった。
◇◇◇
その後、年長組の親子競技とリレー、そして親(有志)によるリレーを終えると、とうとう最後の種目――地区対抗選抜リレーとなる。
年長さんのお遊戯である鼓笛隊も陽ノ森幼稚園の運動会の名物ではあるが、大トリを忘れてもらっては困る。住んでいる地区ごとの選抜、ということで、妙な団結感から応援にも熱が入る。まぁ熱くなるのは主に大人たちな訳だが。
その煽りを受けて、子どもたちもそれなりに盛り上がる。少なくとも、選ばれると一目置かれるようにはなる。
去年のマコトたちは年少さんということもあり、ただただ応援するだけの競技ではあったが――
「まーくん、がんばる」
「うん、頑張ろうね」
――今年はマコト、そしてスズカも年中さんでありながらそのメンバーに選ばれており、大人たちが走り転んでいるその裏で入場門前に集まっていた。
「マコト! まけねーからな!」
「ジュン、さっきのりべんじだ!」
「きょーこそジュンをたおす!」
「おーじゃのかんろくをふたたびみせてやる!」
「うぅ……」
そして他の年中さんで選ばれたのはジュン、ヒロマサ、そしてローズレンジャーのタクヤときりん組の男の子――磯川陸翔。
マコトは緊張で表情が芳しくないリクトに声をかける。
「リクト、大丈夫?」
「うぅん、むり」
「大丈夫だよ。僕よりリクトの方が足速いじゃん」
「うん……」
何とも悲しい励まし方ではあるが、残念ながらそれが事実である。他の年中さんは兎も角、マコトが選ばれた一番の理由は人不足だろう。
選抜リレーは小学校校区をベースに全六区画に分けられ、その中から学年関係なく足が速い子(と参加意思がある子)を六人選んで行われる。
一区と二区は陽ノ森幼稚園近辺。
陽王山で足腰を鍛えられているが故か、この二つは毎年優勝候補となっている。ちなみに年中さんで選ばれているのは一区のジュンのみ。
そして三区から五区は、陽ノ森幼稚園から少し離れた住宅街を中心とした二つの小学校校区から成る。
陽王山の申し子たちには及ばずながらも、絶対数が多い分、優秀な子がいるというもの。ヒロマサとタクヤ、リクトもここだ。
そして最後の六区。
ここにマコトとスズカが含まれるのだが、一区から五区までに該当しないグループにあたる。
絶対数が少ない分、選抜される確率も上がるのだが、残念ながら毎年最下位争いをしているのが現状だ。団結力も他の区と比べてイマイチ。ちなみに去年は五位(過去十回の最高順位タイ)であった。
(ふぅ……)
ゆえにマコトも緊張を隠せない。
バトン渡しや入退場の練習はしたが、実際に競い走るのはぶっつけ本番。
それにこのリレーに参加する子どもたちは、ほとんどが年長さんだ。漏れなく全員自分より足が速い。例え一位でバトンを受け取ることができても、他の五人全員に抜かれて最下位になる可能性は十二分に有り得る。
障害物競走ならまだやりようはあったものの、単純な走力の競い合いでは打つ手がないのだ。
そこまで勝敗に拘りはないが、ごぼう抜きされることに何も感じないわけではない。
本音を言えば”辞退”もやぶさかではないのだが――
「ジュン、まけない」
「オレだってまけねーぞ!」
「ん。まーくんいっしょにがんばる!」
「はい。頑張りましょう」
――スズカがやる気を出しているのだから、マコトに選択肢があるはずもなかった。
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