#151 運動会(年中)7
そうこうしながら、彼らはようやく親たちの元――園舎二階屋上の一角へと辿り着く。
ちなみにユウマの取り巻きは、それぞれの別の場所にいる親元へと解き放たれている。強かでも根回しはまだまだな幼女たちである。
「かーちゃんべんとー!」
「マコトくん、ありがとうね、本当に」
「どういたしまして」
そしてジュンもサナエに解き放ったマコトは、靴を脱いでスズカと一緒にアカリの隣にちょこんと腰を下ろす。
「まーくん、お疲れ様。お茶飲む?」
「うん、飲む」
お手拭きをスズカに手渡し自分も手を拭いてから、お茶のコップを受け取り一息つく。
「ふぅ……」
「ふふっ、もう疲れちゃった?」
「うん、まぁ……」
どちらかと言えば気苦労的な疲労にマコトの返事も自然と濁る。表情は……対して変わっていないか。
「おにーちゃん、あのね、ゆなね、いっとうしょう!」
「うん、見てたよ。頑張ったね」
「うん!!」
「ゆなちゃんがんばった!」
「うん!!」
ピンと人差し指を立て、一番になったと報告するのは一つ年下のユナ。スズカも可愛い後輩の健闘を称えて頭を撫でる。
「ほら、メイも挨拶しなきゃ」
「んーん」
その葉桐一家と一緒にお弁当を食べようとしていたのは、ユナと同じ組であるメイの家族。
メイの母親であるリエは、マコトたちに挨拶するようにと娘の背中を押すが、どうやら恥ずかしがり屋さんのようでイヤイヤをして断固拒否。
無理に挨拶をしてもということで、この場は諦めるリエだった。
「まーくんも、せっかく完璧なでんぐり返しが決まったのに残念だったね」
「うん、やっぱり二人とも速かった」
「でも一番格好良かったよ? 皆も『おぉ!』って大盛り上がりしてたよ」
「……みたいだね」
マコトとしては負けたことは然程気にしていなかったが、ここぞとばかりにアカリはなでなでと。普段甘やかす機会に恵まれないがゆえにだろう。
……よくよく考えると朝も晩もスキンシップは多めに取っているようにも思うが、それはそれ、これはこれ。アカリとしては物足りないのである。
そしてその隣ではミオとミツヒサがスズカの活躍を褒めている。
「すーちゃん頑張ったね~。お遊戯も可愛かったよ~」
「頑張ったな」
「ん。いっとうしょうとった」
「流石すーちゃん!」
「まーくんから、ごほうびのぎゅうもしてもらった!」
「……ほぅ」
「流石すーちゃん! 抜かりないね!」
「ん!」
「……」
事後の報告も忘れずに。
「……マコトも惜しかったな」
「うん」
「明日から猛特訓しないとな?」
「え、もう終わったのに……?」
それぞれ親子の触れ合いもほどほどに、お腹を空かせた彼らは「いただきます!」とお弁当を食べ始める。
八代家、戸塚家のお弁当は、アカリとミオが今朝協力して作ったもの。
メインはサンドイッチ。ベーコン、レタス、ハム、トマト、ツナ、タマゴ、チーズ等々が使われ、様々な種類が用意されている。
他の家族――吉倉家も守橋家も後藤家も、サンドイッチかおにぎりかの違いはあれど似たようなものだ。昼まで保存可能で外で食べられるものとなると自然と限られる。
ちなみに吉倉家と後藤家のお父様は何かしらの賭けに負けたようで、長女とその友人らを近くのファミレスに連れて行っている。今頃は大きなパフェでも食べているんじゃないだろうか。
それを聞いた後藤家の次女は――
「いいなぁ、シホもぱふぇたべたい」
「また今度ね」
――当然羨ましがる。気持ちは分かるため、母のマユミも慰めるように言い聞かせるしかない。
「シホちゃん、これ一緒に食べよ?」
「えっ! いいの?」
そこでマコトは生クリームとイチゴが挟まったサンドイッチをシホに差し出す。保冷バッグに入れていたため、その器はヒンヤリしていて気持ちが良い。
「ありがとう、マコトくん!」
「どういたしまして」
「――ママ、あまくておいしい!! ぱふぇみたい!!」
「そう、良かったわね」
口の端に生クリームをちょこんと付けたまま満面の笑みを浮かべるシホ。甘いは正義なのである。
決して彼女の好感度を上げようという下心がマコトにあるわけでは無い。
どちらかと言うと罪悪感から来る贖罪である。理由はお察しの通り。
「すーちゃん、あーん」
「ぁーん……、――おいしい♪」
そして隣で嫉妬の色を見せる娘のご機嫌取りも忘れない。マコトはマメな男なのである。
そんな女の子らしく成長しているスズカとシホ、そして逞しく育っていく自分の娘とを見比べ、どこか諦めの色を浮かべるのはサナエである。
「あ、かーちゃん! とーちゃんは!?」
「腰やって家に帰ったよ」
「じゃあこっちのにくもたべていいのか!?」
「好きにしな」
「よっしゃぁ!」
「はぁ……」
可愛げよりも食い気、そして父親よりもにくのようだ。兄弟が多いゆえに食べ物の取り合いには敏感なのだろうか。自分が食べられる量が増えて喜ぶジュン。
「……ジュンちゃんもこれからですよ」
困り顔のサナエに、アカリもそうとしか言葉が出てこない。
「マコトくんがいるからいいかねぇ」
「……」
多くを語らず、そして冗談とも取れるようで取れないサナエのボヤキに、アカリも苦笑いで返すしかない。
なんだかんだでジュンとマコトと仲が良いのは知っているし、元気があって良い子なのも知っている。しかしマコトとスズカの日常を知っていれば、そこに割り込む隙間は見当たらないように思える。
それでも我が子が人気なのは、母として誇らしくもあり、同時にどこか寂しかったり。
「なんだ!? マコトがどーかしたのか!?」
「うん? そうだね……、来年もマコトくんと同じ組だったらいいね、って話」
「だいじょーぶだ! いっとーしょーだからな!」
「「?」」
マコトの名前に反応したジュン。
そして何故か来年度も同じ組になることが決まっているような口ぶりに、サナエを始めとした親たちの頭の中には疑問符が浮かぶ。
「ん。すーもいっとうしょうだから、まーくんといっしょ」
だがそのジュンと同じ結論に至っている娘がもう一人。
「オレがおーじゃだ!」
「すーもおうじゃ」
「うがーっ!」
「ふがーっ」
そして今年も張り合い出す二人。
「まーくん、説明」
「えっと……、何かかけっこで一位になると、次の年に僕と同じ組になれると思ってるみたい……」
「え、なれるの?」
「いや、そうとは限らない……はず」
ミオの問いにマコトは推測で答える。
おそらくではあるが、去年度のかけっこで一着だったジュンがマコトと一緒の組、そして三着となったスズカが別の組となってしまったことから、そう思い込んでいるのだろう。
念のために言っておくが、もちろん偶然である。かけっこの順位はクラス編成には何ら関係はない。それで決められるなら、学年主任も多少は気楽なものである。
「えっ、そーなの!?」
「オレ、にばんだった……」
「ぼくも……」
「シホはいっとーしょーだったよ!」
しかしそれを聞いてしまったユウマ、コタロウ、シホは今年の結果に悲しんだり喜んだり。
去年はユウマもコタロウも一等賞ではなかったのだが、そこはまだ幼稚園年中さん。一年も前の事などきれいさっぱりと忘れてしまっているようで。
「関係ないって……」
そんな友人たちの反応に、マコトも軽率だったと頭を抱えるしかない。
嘘か誠かを見抜く力のない友人たちに広まらないよう、全力を尽くすことを決める。
「むぅ、すーがまーくんといっしょ」
「オレもだ!」
「ふがーっ!」
「うがーっ!!」
その原因となった二人の幼女はしばらくの間、目の前のライバル相手に威嚇ごっこで遊んでいるのであった。
読んでいただきありがとうございます。
改稿履歴:
2021/12/05 17:18 一部「クラス」->「組」に変更。他、文章の整形。




