#014 隣
入園式も終わり、残る幼稚園のイベントは写真撮影。
まずはクラスの集合写真。
位置取りは自由だ。早い者勝ちとも言う。
気合の入った親は、我が子にセンターを取らせようと急いで指示を出している。
センターになりたいなら選挙に勝たなきゃね。そしたらスズカが圧倒的センターだね。
……なんで担任がセンター!? ちょ、待てよ! まぁ当たり前か。
僕としては別に立ち位置はどこでもいい。どちらかというと隅っこの方が安心する。
真ん中って身動きできないんだよね。すぐ逃げられない。
中身は30過ぎのおっさんなので、集合写真の立ち位置ごときで悩むこともない。
だから何も考えず人気のなさそうな前列の隅っこに座った。電車の長椅子タイプだとさ、隅っこ座るよね。あの感じ。
で、今何が起きているかというと僕の隣の席争い……になりそうなところ。
隣にはスズカが座ると思いきや、先ほどお友達になったしほちゃんステテテテと走ってきて座ってしまっている。ニコニコ超笑顔。まぶしいっ!
知らない子の隣より、友達の隣の方がいいよね。初めての幼稚園での友達っぽいもんね。幸せそうで何より。
そしてスズカはというと――
――固まっておられる。
微動だにしない。
ぼーっとした表情は変わらないんだけど、口がちょっと開き、視線を僕の隣の席に向け立ち尽くしている。
そして先ほど教室でもらった粗品のタオルが手からぽろっと零れ落ち、足元に音もなく転がった。
かっ……
かわいすぎるやろぉぉぉおおおお!
思わず叫んでしまった。心の中で。
スズカには申し訳ないけど、可愛いという感想を抱かざるを得なかった。
僕の席の隣に座りたくて、でも空いてなくて。
どうすれば良いか分からず固まるスズカ。
もう一度言う。
かわいすぎるやろぉぉぉおおおお!
ふぅ、言いたいことは言えた。
――パシャリ。
母上ぐっじょぶ!
じゃなくて。
今思えば、僕の隣に来たくて来れなかったことは一度もなかった気がする。
自惚れと思われるかもしれないが、そこは黙って見逃してほしい。
どうすれば良いか分からず固まるスズカを、ミオさんが抱きあげ、僕にアイコンタクトで「どうにかしなさい」と訴えてくる。時間稼ぐってさ。
いぇっさー。
さて、どうしよう。
なにも考えずにスズカが隣に来れるように移動すればいいかもしれない。
だが今僕が席を立つと、現在のお隣さんにどういった印象を与えるだろうか。
想像してみよう。
自分が電車で空いている席に座ったら、隣の人が立ち上がって席を移動する。
……なかなかに心を削ってくるね。
でもそんな感じじゃないだろうか。
世の三歳児がどこまでそれを理解し感じるかは分からないが、僕にはできそうにない。だってしほちゃん超笑顔。両足揃えてプラプラさせてるんだよ? 普通に可愛いじゃん。
だがまぁ、スズカの笑顔のためならば、僕はいくらでも悪になろう。
スズカが隣にいてくれるなら何てことはない。
言うぞ!
どけって!
そこはスズカの席だって!
僕の隣に座っていいのはスズカだけなんだって!
「……しほちゃん、僕……しほちゃんの席がいいから真ん中に寄って欲しいな……」
「うん! いいよぉ!」
「……ありがとね、しほちゃん」
だいぶ不自然なお願いだった気がするが、しほちゃんは何の疑問も持たず席をスライドする。
え、ええ娘や……。
言えないよね……。僕の隣を望む笑顔の幼女に「そこをどけ」なんて……。
再度言う。自惚れと思われるかもしれないが、そこは黙って見逃してほしい。
ヘタレと罵ってくれて構わない。守り切るだけの力がまだないんだ。だが僕は後悔していない。
――トテテテテ――ぎゅっ
「……むふぅ」
あぁ、お腹に感じるスズカのぬくもり。
思わず頭を撫でてしまうではないか。
「むふぅ! むふぅ! むふぅ!」
あぁ、ぐりぐりしないで。
もっと撫でてしまうではないか……。
「……すーちゃん、そろそろ座らない?」
「すわる!」
そろそろ僕の理性がフライアウェイしそうなのでお開きにしよう。
そしてスズカが僕が最初に座っていた席に座る。
「まーくんのぬくもり……」
「――ぶっ!」
「ってママがいえばいいよって」
ミオさん……。
……悪くない。ありがとうございます。ただ次からは最後の台詞はカットで。
その後、他の子どもたちがようやく落ち着いてシャッターは切られた。
集合写真、早く現像されないかな。待ち遠しいね。
ところでしほちゃんどうしたって?
スズカがむふぅしてる間、しほちゃんはお母さまに髪の毛セット仕直してもらってる最中だったからね。こっち見てなかったよ。お母さまとのおしゃべりに集中してた。
修羅場とかお断りだよ? 前世の記憶を以て、全力で回避するから。……今回は全く使えなかったけど。
無事に行事をすべて終了し、解散となった。
さて、ここからはボォーナスタァイム!
まだ終わりじゃない。
スズカの可愛らしい姿を撮りまくるんだ!
当たり前だが僕は被写体ではないぞ?
おっと母上、そんな悲しそうな顔をしないでおくれ。はいピース。
そろそろいいでしょ?
え、まだ?
うん。
……。
え、次? こっちで?
……。
……もういいでしょ?
え、一緒に? それを先に言ってよ!
……。
……。
母上満足した?
よし、もう我慢できない。
ミオさんカメラ!
…………重っ!?
腕がプルプルしてる。
いや、普通の一眼レフなんだけどね、三歳児には結構重く感じる。
というかミオさんのカメラがガチすぎる。だがわかる。僕も迷わずそうするだろう。
あ、三脚借りますね。
――パシャ
――パシャ
――パシャ
――パシャ
うん、可愛いね。良い表情!
次はもうちょっと首傾げて!
ふぉ!? いいね!!
――パシャ
――パシャ
ふへっ……。
――パシャ
「ねぇ、ミオ……」
「なに?」
「まーくん、いつの間にカメラの使い方なんて覚えたのかしら……? ミオ教えた?」
「……ううん、教えてない」
「……シャッター押すだけなら出来なくもないと思うけど、三脚立ててレンズ絞ってピント合わせてたよね?」
「……私がやってるの見て覚えたんじゃない? まーくん賢いから」
「……そう……ね……。まーくんだもんね……」
――パシャ
「良い笑顔ね。すーちゃんのことになると」
「そう? アカリと一緒に撮ってたときもあんな感じだったよ?」
「…………そ、そうだったの?」
――パシャ
読んでいただきありがとうございます。
次回⇒アイディアがまとまらないうえに書く時間が…。できるだけ早く…2日以内には出せるように頑張りますのでよろしくお願いします。
想像以上にたくさんの方々に読んでもらえて…ありがとうございます。
遅くなるかもしれませんが感想も返信させていた…、え…? それより早く続きですか…?
改稿履歴
2020/11/08 21:40 行間修正




