#147 運動会(年中)3
弾ける火薬の音と共に飛び出し、完璧なスタートを切ったのは三人中二人。
『ジュンちゃんが一番手、二番手は踏ん張ったマコトくん! ヒロマサくんが二人を追います!』
昨年はフライング気味でスタート直後に足を止めてしまったジュンと、音に驚いて身がすくんでしまったマコトだった。
年中組で最も足が速いであろうジュンが先頭に躍り出て、マコトもそのすぐ後ろに付いた。
唯一出遅れて――と言うよりも、他二人のスタートダッシュが完璧すぎて三番手になってしまったのは、今日こそはジュンに勝つぞと気合十分だったヒロマサ。
やってしまったと顔をしかめ、力強い走りで前の二人を追う。
去年まではその恵まれた体格のお陰で、がむしゃらに走れば負け知らずだったヒロマサ。
しかし年中に上がってからは、そう簡単に一番にはさせてもらえなかった。
彼の前には二人も立ちはだかっていた。
一人は言うまでもないだろう。
今や王者を自称しているジュンだ。
毎日のように山を駆け回り、更には兄たちとの戯れや秘密の特訓で鍛えられた彼女に、今のところ同学年で勝てる者はいない。王者というのも決して大げさな物言いではない。
彼女の俊足ぶりはママ友の間でも度々話題に上がっていたこともあり、隣のクラスながらも年少の頃からヒロマサもライバル視していたくらいだ。
当人からするとライバルはスズカであったため、その想いは一方通行ではあったが。
そんなライバルとの勝負に割り込んできた人物がもう一人。マコトだ。
四歳と十ヶ月になる彼の体格は平均的。しかし学年という括りで見ると、残念ながら平均にはやや届いていない。ジュンとは十センチ近く、そしてヒロマサとは十五センチ近くも身長に差がある。
年長さんとも渡り合える大柄なヒロマサが『チビのくせに』、と思ったのは言うまでもないだろう。
そんなマコトに、かけっこで負けたのだ。
その上勉強でも歯が立たなかった。入園前から学習塾に通っており、花丸の常連であったヒロマサからすれば面白いはずがなかった。
年少までは運動も勉強も、そして人気もクラスで一番だったヒロマサ。
図らずもマコトが天狗の鼻をへし折る形になってしまったため、加えてその他もろもろの要因も重なり、ヒロマサとマコトの仲が良くなかったのは教員たちの間では有名な話である。
それもマコトの大人な対応により、何事もなく無事に収まったのはご存じの通りである。
今では一緒にドロケイをして遊ぶ仲であり、二人がタッグを組んで警察をすれば友人たちから一目置かれる存在。ヒロマサは現場側のエースとして活躍していて、二人の仲はその実績に比例して良好だ。
そんなヒロマサは、最初の障害物にたどり着く十メートルの間にマコトに並ぶ。
実を言うと、かけっこでマコトがヒロマサに勝てていたのは春先までの事。
今はヒロマサの方が速い。十回やれば十回ヒロマサが勝つだろう。
もともと力任せに走っても速かったヒロマサだ。フォームを矯正すればさらに速く走れるようになるのは必然である。
そしてそのアドバイスをしたのは、言うまでもなくマコトである。敵に塩を送り、そして抜かされているのだからなんとも皮肉な話だろう。
だがマコトからすれば、成長したいと頑張る友人を導いただけに過ぎない。それが大人というものであるからして。
ヒロマサに並ばれ、ジュンとは離されてしまっているマコト。
たった十メートルの間でもその差が見て取れる。
(……まぁ、こう、なる、よね)
離され追いつかれてもマコトは焦ることはない。
予想通りの展開だ。そもそも先行逃げ切りができないことは最初から分かっている。むしろピストルの音にビビらず良いスタートが切れたのだから重畳であった。
単純な話、マコトはパワー不足なのだ。体格の差は圧倒的。一歩の距離も他の二人と比べれば短い。
それでも彼が足が速いグループに居られるのは、”体の動かし方”と”体力の配分”が巧いことに他ならなかった。
マコトが運動でも優秀なのは、前世の知識のお陰ももちろんあるのだろう。運動は出来る側の人間だった。
しかしそれはあくまで学校の体育レベルの話である。本気でスポーツに取り組んでいたわけでも、研究家や専門家でもない。加えて運動能力は頭で考えているだけでは成長しない。
とすれば一番の理由は、八ヶ月も年上の幼馴染の遊び相手を務めていたからだろう。
思考通りの動きを体現するための訓練は、ほぼ毎日休むことなく行われていたがゆえ。
その成果を発揮すべくマコト、そしてジュンとヒロマサは最初の障害物である”跳び箱階段”に挑む。
幼児サイズの跳び箱、その一段と三段が並べられており、駆け上がって飛び降りる障害だ。もちろん安全のため先生が待機、両サイドと飛び降りる場所にはマットが敷いてある。
ジュンとヒロマサは歩幅を合わせるために跳び箱の直前で減速する。
マコトは数歩手前から歩幅を合わせ、ほぼ減速無しで駆け上がり、そしてジュンとほぼ同時に飛び降りる。
続いてすぐに”ミノムシゾーン”に突入する。
麻袋を履いて、必死にぴょんぴょんと跳ねる三人。絵面は可愛らしく微笑ましいが、やっている本人たちは勝つため真剣そのものである。
ここはやはりというか、ジャンプ力が物を言う。
ジュンとヒロマサが圧倒的であり、ミノムシゾーンが終わるとマコトは三位まで後退。
麻袋を脱ぎ捨てると、お次はフラフープが地面に並ぶ”けんけんぱ”ゾーンだ。
飛び跳ねるジュンとヒロマサとは違い、マコトは地面から足を浮かせることを意識して低空跳躍。
先頭は相変わらずジュン。二番手はヒロマサ。しかしヒロマサの隣にはマコトが並んでいる。
『思わぬ接戦です! マコトくん練習では本気じゃなかったのかな?』
単純なかけっこであれば、マコトに勝機はなかっただろう。
だがこれは障害物競争。障害物の度にジュンとヒロマサは減速する。その隙にマコトが追いつくことで、何とか二人に食らいつくことができていた。
しかしそれでは勝てない。勝つためには食らいつくだけではなく前に出なければならない。
そのチャンスがあるとすれば、次の障害物だった。
マットの上に、梯子が横に倒されたような格子が前後に二つ並ぶ”トンネルゾーン”。ここを通過するためには、ハイハイをしなければならない。
足の速さは関係なく、体格の良さは不利に働く。
練習中、ジュンとヒロマサが最も減速した障害物。そして体が小さいマコトにとって最も有利な障害物。
二人がハイハイをし始めるその隣で、マコトは手を付き、頭を付き、背中を付ける。
『!?』
「「「!?」」」
アナウンスも含めて驚く観客。どよめきが走る。
観たいのを我慢して座って待機していた子どもたちも、何が起こったのかと立ち上がる。
その視線の先には、六十センチ四方の枠の中を目いっぱいに小さな体を丸め、一人コロコロと転がり通過するマコト。
でんぐり返し
これがマコトの勝つための秘策だった。
何度も家で――おもちゃのジャングルジムを使って練習した、本邦初公開のこの技。
体育の授業でも前に出て手本にされるくらいには得意な前転だったが、最初から上手くできたわけでは無い。
何度も足が引っかかった。
その度にアカリやミオにビデオで撮ってもらい修正した。
何度も目が回った。
慣れた。
そうしてスズカと遊――特訓した甲斐もあってか、トンネルゾーンを抜けるとマコトは先頭に立っていた。
「!?」
トンネルゾーンに入るまでは先頭だったジュンは、初めて見るその光景に目を見開く。
自分の前に誰かがいる。
それは練習では競り合ったことがなかったマコト。
自分の勝ちを確信しているジュンにとっては予想外の展開。
だからだろうか。王者としての意地を見せようと焦った結果、次の障害物――”ネットゾーン”では網に引っかかり、まさかの三位に後退。
カラーコーンとバーで作られた最後の障害物――”三十センチハードル”を跳び越えると、残すは二十メートルのストレートになる。
『なんと本気を出したマコトくんが先頭! ヒロマサくんと ジュンちゃんも諦めずに頑張って!』
暗に手抜きを断定されたマコトを、ヒロマサとジュンが追う。練習の時の順位は完全に逆転していた。
「がんばれー!」
「ぼすっ! がんばれっ!」
「たいしょー! まけんなー!!」
「ジュンがっ!」
待機席から聞こえる子どもたちの応援も大きくなる。
人気者たちの接戦なのだからそれも当然。
「マコトくん逃げ切ってくれ! 頼む!」
「ジュンちゃん捲れ! 根性見せろー!!」
「ほらみろ。普通のかけっこならジュンちゃんなんだろうけど、障害物があるならマコトくんなんだって」
「俺もマコトくんに入れときゃ良かったかもな」
「前評判はデマだったってことか……」
「いやまだわからんぞ!」
「そこだ! 差せ! そうだ! 差せぇ! 差せぇえ!!」
そして応援席――大人たちからも必死な声が。
最後の力を振り絞りゴールテープを目指す三人。
逃げ切りたいが、単純な速さはでは二人に劣るマコト。
そのマコトに二番手で徐々に詰め寄るヒロマサ。
そして王者の貫禄を見せるべく、最後尾から猛追するジュン。
果たしてその結果は――
読んでいただきありがとうございます。
終わらなかった…
なお販売は「単勝」「馬単」「三連単」のみとなります。
…競馬のことはよく分かってないですが。
改稿履歴
2021/11/14 21:14 アナウンスの台詞を修正
2021/11/20 18:42 文章の整形




