#146 運動会(年中)2
『園児が入場します』
アナウンスと共に某ネズミのマーチの曲が流れ始める。
色とりどりの紙の花で装飾された入退場門からまず出てきたのは、陽ノ森幼稚園のシンボルである太陽のロゴが描かれた園旗を持った男女二人ずつの年長さん。
続いて年長組から各クラスごと二列で入場。
クラス名が書かれたプラカードを持つ子を先頭に、何度も練習した行進を披露する。
三回目の運動会にして最後の運動会の年長さんともなればその行進は様になっていて、微笑ましいよりも逞しいと感じるのではないだろうか。
そんな年長さんに負けず劣らずの行進を見せてくれるのは、早くも歴代才高と噂される年中組。
その先頭であるうさぎ組のプラカードを持っているのは、クラスどころか学年――幼稚園全体で最も有名な我らがボス……ではなく、元問題児のタイショウことヒロマサ。
何かと目立ちたがる彼ではあるが、練習の時とは違い沢山の大人たちに注目されているためか、緊張で顔が強張っていた。
それもそのはずで、先頭である彼は進行ルートや停止位置を覚えたり、行進速度が早くも遅くもなりすぎないように意識したりと、年中さんにとってはやることが多く中々に難しい。
気を付けることを忘れていないだけで褒めてあげたいくらいである。手と足が揃ってしまわないかと心配になって来るが、幸いにも彼の両手はプラカードで塞がっている。
そんな大役だが、トラブルもなくスムーズにこの大舞台を成し遂げたい先生側としては、安心と信頼と実績があるマコトがやってくれたらなぁ……と密かに望んでいたのは言うまでもない。
しかしプラカード役は立候補制だ。そしてその中から、運動会の練習を頑張ってくれて、難しい役回りに耐えることができて、プラカードを真っすぐ持っていられるだけの筋力があって、当日に休む可能性が低い体調を崩しにくい子……という条件で選ばれる。
残念ながらマコトは性格上、立候補で手を上げることはない。他の子が手を上げているならなおさら。
今は子どもの身ではあるけれども、大人としての分別は失っていないつもりだ。
子どもたちの晴れ舞台に、大人の自分が出しゃばるのは本意ではないのである。
敬愛する母に子が活躍する姿を見せられないのは少々心苦しくはあるが。
そういった訳で、マコトはうさぎ組の列の最後尾で殿を努めていた。行進中なので手は繋いでいないが、その隣には元気っ子の姿も見える。
このポジションもある意味重要で、そして正解だったのだろう。
立ち止まってしまって後ろが詰まり、行進全体が止まってしまうことがないよう、手がかかる子やあがり症な子は列の後方に配置する傾向にある。
そういった子たちにとっては、すぐ近くにマコトがいるということは心強いことであり、それが屈託のない笑顔に繋がっていた。
もはや園児としての存在感を超えてしまっているが、だから彼はボスと慕われるのである。
そんな彼のすぐ後ろには、”ひつじ”と書かれたプラカードを両手でしっかりと持ち、真っすぐ前方を見据えて行進をしているスズカ。少々クラスの間隔が狭い気がするが、許容範囲内だと思われる。
彼女がプラカード役に立候補した理由は……言うまでもないだろう。淑女は強かなのである。
唯一誤算だったのは親たちの目の前を練り歩きトラックを一周した後、整列する際はクラス横並びであること。開会式中――準備体操、園歌斉唱の間は、それぞれ先頭と最後尾にいることになる。
最初の合同練習で近いようで遠いことに気付き一時複雑な心境になったようだが、「写真に撮られる行進中は近くにいられるね」とマコトから言われたことで迷いはなくなったようだ。
カメラを構えるミツヒサの姿を見つけては、マコト共々しっかりと目線を向けていた。
年中組に続いて微笑ましい年少さんの行進が通り過ぎ、園児全員が入場し終えると――
「「せんせー」」
「ぼくたち」
「わたしたちは――」
年長さんの男女代表者による選手宣誓。
その後、準備体操と園歌斉唱をして一旦退場。
最初のプログラムは例年通り、年少組のかけっこだ。
マコトたちも待機席から後輩たちの応援をする。
『高木伊吹くん』
『葉桐由奈ちゃん』
『平川大和くん』
(ユナちゃんの番か)
立ち上がって応援する友人たちの隙間から、見知った顔を見つける。応援も他の子たちよりも少々熱が入る。
もともとユナの運動能力は悪くない。
加えて夏休み中にマコトたちと一緒に追いかけっこをしていたおかげか、クラスの中でも足が速い方に入っているようだ。
運動会の練習中も、毎日のように「○○ちゃんをぬいたよ!」とか「○○くんにかったよ!」と自慢気にマコトに教えていた。今日の朝も「ぜったいにいちばんになる!」と気合が入っていた。
(頑張って)
ばら組の二組目として出てきたユナは、ピストルの乾いた音と共に先頭で飛び出す。マコトの陰ながらの応援が伝わったのか、そのまま転ぶこともなくその身でゴールテープを切る。
(さてと……、ユナちゃんが頑張ったんだし、僕も頑張らないとね……)
年少組のかけっこが終わると、いよいよ年中組の障害物競争だ。先生に呼ばれた年中組の子どもたちは立ち上がりお尻に付いた砂を払うと、入場門の前に整列し始める。
何もなかったトラックには、男性の先生が駆け足で障害物を設置していく。フラフープ。跳び箱。マット。麻袋。木の格子。ネット。カラーコーンとバー。
年少組とは異なり、年中組と年長組のかけっこは障害物が設置される。
これは園長の方針だった。人生に平坦な道などなく、どんな障害があろうとも立ち向かって乗り越えられるようになって欲しい、という願いがあるとかないとか。
それが子どもたちに伝わっているかどうかは分からないが、少なくともただ走るよりは障害物があった方が楽しいと好評のようである。
(……人生の障害もこんな風に簡単だったらな……)
そして園長の願いを知ってか知らずか、人生の大変さを多少は知っているマコトの感想は辛辣であったが、幼稚園の運動会なのだからそんなものである。
ものの数分でコースが完成すると、トラック内に入場する年中組。その一番手がスタートラインに並ぶ。
『まずはうさぎ組の子どもたちが走ります――』
アナウンスも担任のアイに変わる。
『今井純ちゃん』
「はい!!」
『黒田大将くん』
「はい!!」
『八代誠くん』
「はい」
名前が呼ばれると、沢山のカメラが彼ら――マコトの姿を逃がすまいとレンズを向ける。
去年の運動会では熱い接戦を演じ、最後は転んでしまった女の子をゴールで抱き留めてあげるといった、幼稚園児(年少)らしからぬ紳士ぶりを見せたことも保護者たちの記憶に新しい。彼の顔と名前が爆発的に広まったきっかけはこれだろう。
そんな人気者のマコトが映っていると、我が子からの受けが良いのだ。ビデオを見ながら嬉しそうに『これがマコト』と紹介してくれる。
そして子どもだけでなく、ファンクラブ会員の機嫌も良くなるとか……
ビデオカメラを手にする父親たちの気合が入るのも納得だろう。我が子の次に撮らねばならない人物である。
そんな状況の中、目の前の勝負に集中しスタンバイする三人。
「きょうこそまけねぇからな!」
「おーじゃのかんろくをみせてやる!」
「……」
直近の練習では、ジュンが一位、ヒロマサが二位、そしてマコトが三位である。ただしあくまで練習。
(今日は本気を出さないとね……)
マコトも別に順位にこだわりはない。
所詮は幼稚園の運動会。一位だろうが三位だろうが、今後の人生に影響する……可能性が完全にゼロとは言い切れないが、そこそこの人生経験の記憶があるマコトには限りなくゼロに近いはず。
しかしながら、母が応援に来ている。スズカからも応援されている。ビデオにも残る。ゆえにあまりに情けない競争にはしたくないものである。
友人たちも真剣勝負を望んでいるはずだ。
マコトは自分の事のように気合の入った表情を向けてくるスズカに「頑張るよ」とアイコンタクトを送ると、半身を引いてスタート体勢になる。
『いちについてー……、よーい……』
――パァン!
ピストルの音が響き、煙が上がった。
読んでいただきありがとうございます。
何とか文章っぽくなった…
参考までにどうぞ↓
項番/直前順位/身長(cm)/名前
1/1/114/ジュンジュン
2/2/119/クロダイショー
3/3/104/ワレラガボス
 




