#142 ボスの帰還
長くなったので分割します。
二学期初日は始業式を終えた後、夏休みの思い出発表会があった。
海水浴やプール、陽王山、祖父母の家、避暑地、中には海外旅行に行った子なんかもいた。
ヒメノちゃんとミホシちゃんのご家族は、一緒にスウェーデンの大きな遊園地に行ってきたんだって。定番?のグアムとかハワイじゃなくて北欧を選ぶなんて、なんかオシャレだね。
陽王山はジュンだけかと思いきや、ちらほらと他の子たちも登っていたよう。保護者の方々、暑い中お疲れ様でした。
僕は最終日前日のプール&バーベキュー&花火を発表。
他の子たちに比べて少々パンチ力がないが、一般家庭はこんな感じだろう。
そして午後からは避難訓練。机の下に潜った後、保護者の引き取り訓練。
車や公共交通機関が使えない想定なので徒歩帰宅。
しかし僕たちの家はみんなよりも少々遠く、大人の足でも三十分以上の距離がある。少し離れた喫茶店に停めておいた車を使って帰ったのはここだけの話。
スズカと僕はなんてことないんだけどね。
ほら、ドロケイしたり山登ったりと鍛えられてるし。
車を所望したのは母上とミオさんだ。
訓練とは言え気温三十度を超える中、長時間歩いて帰るなんて色々と危険すぎる。熱中症とか紫外線とか。
車を停めていた喫茶店では、感謝と休憩を兼ねてティーブレイク。みんなでピザを囲んだ。
それだと家で双子と留守番しているミツヒサさんが拗ねそうだったので、ハンバーガーをお土産にテイクアウトした。
そうして初日は終わり、今日からいつも通りの時間割に戻る。
幼稚園バスから降りて今日もスズカと手を繋いで園舎へと入ると――
「ボスきたぁーーー!」
「ボスがきたぞー!」
「ボス! ボス! ボス! ボ――」
――ボス、つまり僕が来たことにより、同級生が騒がしくなる。
いやはや、熱烈な歓迎だね。ボスと呼ばれるのは遺憾であるが。
何故こんなにも子どもたちのテンションが上がっているのか。
その理由は昨日、妙にしつこく絡んできたジュンを説教した際にいろいろと把握している。
『だってマコトがいなくてつまんなかったんだもん! だれもオレをつかまえてくんねぇし!』
『なら手を抜くとか……』
『それはダメだ! マスにーもいってた。ししはいかがなるときも……、えっと……なんだっけ?』
『うん、言いたいことはわかった。追っかける側やれば良かったじゃん』
『すぐつかまえれちゃうから、あんまりおもしろくない!』
『さいで』
『マコトがきたらまたドロケーやるってアイせんせーがいってたぞ! なつやすみおわるのたのしみだった!』
『休みが終わるのが待ち遠しいって……え、ドロケイやってなかったの?』
『ドロケーやらないならひおーざんのぼろーぜ!』
『おい、ちょっと……』
――なんて話をして。
ジュンは夏季保育を利用していたらしいが、どうも不完全燃焼だったよう。フラストレーションが溜まり、加えて僕の登園を心待ちにしていた結果、昨日のような奇行に走ることになってしまったんだろう。
それと夏休みが始まるまではアホみたいにやっていたドロケイもブームが終わっていたらしい。正確には一時中断か。
だからタイショーも昨日、僕の顔を見るなり不機嫌に、そして朝の挨拶も返してくれなかったんだね。活躍して目立てるドロケイがなくなったから……
せっかく仲良くなっていたのに、振り出しに戻っているじゃないか……
僕だって想定していなかったわけではない。
子どもたちだけで、いつものドロケイをすることが出来ないのは。
だから策を講じ、夏季保育はほぼ毎日利用すると”とある情報網”で仕入れていたタイショーとコタロウに伝えておいた。
泥棒と警察の人数の割合から始まり、僕が普段からよく使っていた作戦、牢屋内で退屈せずに過ごす方法、難敵であるアイ先生とジュンの捕まえ方、今後やろうと思っていた新しいルール等々。
夏季保育では普段の朝の自由時間よりも遊べる時間が長いとのことだったので、それも織り込んでおいた。
いきなり実践では流石に難しいだろうから、夏休み前から徐々に慣れさせていたつもりだったんだが……
その結果は御覧の通りだ。
コタロウからも『ミッションしっぱい』との報告を受けている。
何でもかんでも上手くいかないということ。なんちゃって策士は策に溺れたわけだ。反省。
年中さんにしては賢い友人たちだとは思うけど、それでもまだ小さな子どもだ。少々難しすぎたのだろう。
その場に居ればテコ入れもできたんだろうけど……、こればっかりはしょうがないよね。僕だってスズカと遊ぶのに忙しかったわけだし。
遊びも子どもたちの自主性を重んじる陽ノ森幼稚園ではあるが、その場は先生方が上手く収めてくれたらしい。『マコトくんが戻ってきたらドロケイをやろう。それまでは鬼ごっことかにしよう』とか言ったのだろう。
そして今日、ようやく僕が戻ってきたわけだ。
久方ぶりにドロケイができるとあって、子どもたちのテンションも上がってしまうのは無理のないことかもしれない。
……いや、ボスじゃねぇし。
「ボスー! はやくドロケーやろ!」
「はやくー!」
「ボス、ドロケイ!」
「ねぇ……、ボスはやめない?」
「えー!? でもアイせんせーもボスをボスっていってたよ!!」
「うんいってた!」
「ボス!」
Oh, No way……
Did she call me the boss?
How is it as a teacher……?
「あ、アイせんせーだ! ――ねぇねぇ、アイせんせーもボスはボスだよね!」
「ボスはボス!」
「……」
「ねぇねぇ! アイせんせーもよんでたよね!」
「……」
「アイせんせー!!」
近くにいたアイ先生を捕まえ、事実確認をし始める友人たち。無邪気な子どもは容赦ないね。
そんなアイ先生はというと、無言で眉間に皺を寄せている。
先生を困らせるなんて……とも思わなくないが、今回は事が事だけに協力できない。
僕がボスと呼ばれることを阻止しようとしていたのは、担任であるアイ先生も知っていたはずだ。
ボス呼びの始まりはローズレンジャーのローズピンク。
そこからローズレンジャーの五人は僕のことをそう呼ぶようになってしまった。
彼らがそう呼ぶのは……一万歩譲って認めよう。ジュンに対抗するため、彼らを勧誘したのは僕だ。呼べと言ったつもりはないが、五人に指示を出せるのは総司令ということなのだろう。
一年経ったしいつまでやっているんだそろそろ解散しろよ……とも思わなくもないが、身から出た錆だと思って受け入れている。
しかしその他の友人たちに対しては僕をボスと呼ぶたびに、『ボスと呼ぶのはよしてほしい』と伝えてきた。お前らのボスになったつもりはない。
そのやり取りは半ばネタになりかけてはいたけれども、そう言った直後はボスと呼ぶことはなかった。
だが夏休みが明けたらどうだろう。
もう誰も僕の名前を呼んでくれなくなってしまっているじゃないか……
読んでいただきありがとうございます。




